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【短編小説】 優しいお神輿。

分からなくは無いけど、酷いことをするね。


隣の上辺村に大手商社がゴルフ場を造成するらしいと、数年前から噂には聞いていた。同じように何にもない我が下辺村に話が来ても良さそうなものだと思っていた。

だが、上辺村の山に連なる四季折々に咲く花や木々を鑑みると、我が村には話がやって来ないらしい。

山の栄養が足りないのか、楓やイチョウ、コナラなどは紅葉の季節でも色付きにムラがあり、村の位置関係で気象条件が違うのか、上辺村の華やかなるグラデーションを展開するようには望めない。

山の手入れは下辺村の方が熱心に行っているのだが、木の根元には陽当たりが悪くても元気なヤツデだけが手を振るように自生している。花は咲くけど華やかでも無し。


そして、どうやら上辺村にゴルフ場造成計画の白羽の矢が立った。

双方の村はこれといった産業も無く、観光地でも無いため、実入りが厳しい。細々とした農業としんみりとした漁業が生業である。

このゴルフ場造成により人の流れが出来れば、自ずと村の雇用が増え、これに伴い産業的に発展するんじゃないかと上辺村は期待に胸を膨らませている状態らしい。

田舎者の希望を乗せて、ゴルフ場の造成は始まった。


我が下辺村は特に何も変わらず、日々、田畑に出るし、海に出て行く。

上辺村は車の往来が激しくなり、山がどんどん切り拓かれている様子がはた目にもハッキリわかる状態になって来た。


そんなある日。

上辺村の長老が驚くべき話を持ってきた。

延々と「これからの上辺村の繁栄」を上機嫌に話した後、村のお社を潰してゴルフ場を整備する、と。

下辺村の長老はもちろん止めた。

先祖代々守って来た神社にそんなことをしたら罰が当たるぞ、と。

上辺村の長老は新しい時代の流れに乗るべきであり、きっとご先祖様も納得してくれるだろう、村民みんなの希望でもあるからやるべきことだと、全く意に介さない様子であった。

差し当ってひとつだけ頼みがある、神輿だけは残しておこうと思う。

譲ってやるが、どうする?っと。

とても頼みごとをしに来ているとは思えない態度ではあったが、神輿まで潰してしまうなんて隣村のことであっても忍びない。

我が長老は快諾し、村の若者達が譲り受けに行った。


春先から始まった造成工事は初夏になるにつれて、上辺村の山が相当拓かれ、あれだけ見事だった木々は見るも無残な状態に。本当にあれで四季折々を堪能出来る場所となるのだろうか?と、下辺村のみんなで噂した。

秋祭りの時期が近づき、せっかくなので上辺村から譲り受けた神輿は、少し手直しして「子供神輿」として頑張って貰うことになった。

元宮大工のじいさんが「ワシに任せろ!!」と偉く張り切り、子供でも担ぎやすい形へ違和感無く改修してくれた。「こんなに良く出来た神輿を潰そうとしていたとはなぁ。」と、じいさんは自分の仕事に満足しながら呟いていた。

村の子供達は興味津々で、神社に安置されている自分達の子供神輿を入れ替わり立ち変わりで見に来ては大喜び。担ぐことの出来ない小さな子供にも参加出来るように、神輿だが綱を引くことが出来るように改造されている。

みんなが祭りを楽しみにしている様子を横目に、上辺村では神輿の代わりに大型車が行き来していた。


祭りの朝。

家々から腹掛けや股引、ねじり鉢巻きなど一丁前に正装した子供たちが元気良く神社に集まって来た。

扉の開かれた子供神輿の安置場所へ大騒ぎしながら我先に入って行く。

準備に忙しい大人たちは、ふと安置場所がとても静かなことに気付いた。心配した大人が見に行くと、子供神輿の中を覗き込んでは子供たちがヒソヒソと。「どうしたの?」っと聞く大人に、子供たちは「しー」っとクチの前に指を立てる。

小さな女の子が子供神輿の中を指差す。

大人が覗くと小さな赤ちゃんが寝息を立て、その横に男女の天狗がぎゅうぎゅうに座っていた。

「あっ!!」っと大人が声を上げると、天狗が申し訳無さそうに小さく頭を下げた。

驚いた大人達は長老に相談に走った。


長老を先頭に大人達が子供神輿に集まって来た。

長老が子供神輿を覗くと、女の天狗が赤ちゃんを抱き抱えてあやしていた。赤ちゃんはなかなか泣き止まない様子だった。

長老は「すまんが、子供たちみんなが楽しみにしておって。少しだけでも神輿を担がせてあげて貰えないものかの。」と男の天狗に頼んでみた。

男の天狗が頷いてくれたので、静かに子供神輿を外へ出した。

赤ちゃんの泣き声が小さく聞こえる中、子供たちは子供神輿をゆりかごのように優しく引いて村を回った。

回る場所を少し間引いて、神社にゆっくりゆっくりと子供神輿が戻って来た頃には、赤ちゃんの泣き声は寝息に変わっていた。


話しを聞いた元宮大工のじいさんは「ワシに任せろ!!」と、またも張り切り、掘立小屋みたいだった安置場所を簡易的だが、丁寧な造りのお社風に改造した。

子供たちは祭りの後も、お社風になった安置場所へ遊びに行っては、自分のオヤツをちょっと分けて置いて行く。そして誰が始めたのか、大人たちは質素だが心のこもったお供え物をしては掃除をするなど、みんなで大切に扱った。


秋の終わり頃、上辺村にゴルフ場がオープンとなった。


異変が起きたのは翌年の春だった。

上辺村の山には色が無くなり、辺鄙な寒村のゴルフ場へ訪れる客は当初の見込みを相当下回っているとの噂が流れた。期待の四季折々の自然も皮算用と共に散ってしまったのだ。芝の保全の為に散布されたらしい農薬により、桜は寂しい様子で咲いていた。


驚いたのは我が下辺村だった。

上辺村の相当数の木々の伐採の為なのか、風向きが変わったように、毎年しんみりと咲くような状態だった花々は一斉に咲き誇り、まるで景色が変わった。木々に実った果実は甘みを増し、痩せていたはずの田畑の野菜はたっぷり栄養を纏っていた。漁に出ては大漁と行かずとも、型の良い魚が良く捕れるようになった。


夏が過ぎ、秋になった。

今年も秋祭りの準備が始まった。

この頃までに元宮大工のじいさんが「オレに任せろ!!」と、お社風とは別に子供神輿用の安置場所をコツコツと作っていたので、子供神輿で村を回ったら、お社風は「お社」へ格上げすることになった。

今年も子供神輿は優しく村内を引き周り、神社へ戻ってから子供神輿を一旦「お社」へ戻してから、安置場所へ引っ越しすることにした。

少し軽くなった子供神輿を「お社」から出した時、フワっと中から外に向けて優しく風が吹いた。


上辺村では大手商社とゴルフ場をどうしていくかで、激しい罵り合いが始まっていると聞く。

我が村の山のヤツデは地味ながら、この秋、満開の花を咲かせている。

神社の境内にあるヤツデの花も仲睦まじく、風に揺れている。


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