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ショーケースには並ばない夜

「ねえマカロン食べよ」
「先輩に買ってきたやつですか?」
「うん、いっぱい買ってきてくれたから」
「いや、いいですよ。先輩用なんですから」
「なんで」
「一個ずつしか買ってないんで」
「半分こでいいじゃん」
「俺食べたことないから食べてもわかんないですし」
「いいのいいの、おいしいよ」
「甘いし」
「私より甘いの好きなくせに」
「......じゃあひとかけだけ」
「おっけ〜。てかたくさん買ってくれたんだね。こんなにありがとう、高かったでしょ」
「高い、まじで」
「マカロン高いんだよ〜」
「色代ですかね」
「イロダイ?ああ、色代。」
「青とか緑とかピンクとか」
「どっちかっていうと味代じゃない?かわいいよね」
「先輩がスイーツに可愛いとか、なんか、意外ですわ」
「マカロンはかわいい」
「店と装飾に騙されてんじゃないですか。こんなん露店で売ってたら人形焼と似たようなもんでしょ」
「全然違くない!?どっちかっていうとクッキーの仲間でしょ!」
「だから食べたことないんですって」
「じゃあ食べよ。何から食べる?この黄色いの何味?」
「.........レモン?」
「レモンか。ピンクは?」
「なんだったっけ...ピンクは2個あったんですよね」
「いちご?フランボワーズ?ローズ?」
「ローズだ、花でした」
「あれだね、カタログみたいなの入ってないんだね」
「ですね」
「まあいいや、緑はピスタチオでしょ。この青いの何?」
「なんかの紅茶です」
「へぇ、紅茶が青なんだ。きれいだね」
「白はバニラですよ。それだけ覚えてます」
「さすが。バニラ好きだから」
「バニラアイスが一番美味いでしょ」
「チョコミントだね」
「あれは歯磨き粉ですって」
「戦争」
「青、チョコミントかと思ったんですよ最初」
「私も思った。じゃあせっかくだし青から食べようかなぁ。でももうちょっとわかりやすい方がいいか、初めてだし」
「なんでもいいですよ、どうせ色が違うだけでしょうし」
「そんなことないからバニラからにしましょう。ちょっとボロボロになるけど許してね。......はい」
「そっちのちっちゃい方でいいです」
「最初だから」
「...先輩に買ってきたのに」
「もらった先輩がそっちをあげたいの。食べてみて。どう?」
「ん、なんか、なんだ、......ほろほろ?ほろほろじゃないか、もったり?なんだろ、俺の語彙にない感じ...?」
「あはは、語彙にないか。私もないかも。おいしい?」
「思ってたより美味いです」
「でしょ〜?次何食べる?」
「先輩どれ食べたいですか?」
「わかりやすいのなんだろうな......」
「食べたいの食べてくださいよ」
「う〜ん、全部食べたいもん」
「まずそのバニラ食べたらいいのに」
「たしかに」
「忘れてましたね」
「覚えてたけど」
「忘れてたじゃないですか」
「覚えてました、食べます〜」
「...どうです?」
「おいしい...あ〜、おいしい...」
「それはよかったです」
「え、めっちゃおいしい」
「そんなに?」
「うん、いつもここのマカロンおいしそうだよなと思っても素通りしてたの。初めて食べた。おいしい......ありがとう」
「そんなに喜んでもらえると買った甲斐がありますね」
「次食べたいの選んでいいよ。私もうちょい余韻に浸ってる」
「ガチ勢」
「おいしいものは最後まで味わう派」
「へえ」
「興味な」
「無いです」
「おいしいなぁ......、しあわせ。次は味の違いがわかりやすいのにしようか。レモンかな」
「レモン味って美味いんですか?」
「まあまあ、食べてみなさいよ。はい」
「......レモンじゃん」
「レモンなのよ。味違うでしょ?」
「意外にも」
「全部ちゃんと味も香りも違うの。ここのは初めて食べるけど」
「思ってたよりいい食べ物ですね」
「でしょ!?小さいし高いけど好きなの」
「あとは先輩が食べてください」
「じゃあ明日家出る前にまたいくつか食べよ」
「先輩に買ってきたんですって」
「わかってるけどおいしいんだから一緒に食べたいの」
「ふぅん、まあ先輩がいいならありがたくもらいます」
「そうして」


「歯ブラシさっき買ったよね?」
「袋どこやりました?」
「どこやったっけ。あ、私のカバンの中かも。開けて取って」
「うす」
「......あった?」
「いやまだカバンすら見つけてないですけど」
「あった?」
「どこ置きました?」
「そのさ、クローゼットの横に椅子あるでしょ?その後ろ」
「椅子の後ろ?...あ、あったわ。中無いですけど」
「あれ?あ、袋もらってないじゃん、そのまま歯ブラシ突っ込んだわ」
「ほんとだ。ありましたありました」
「袋もらわなかったっけ。さっきの記憶がもう無いんだけど」
「てか先輩のカバンの中、紙がぐちゃぐちゃしてんですけど何ですかこれ。映画?」
「あー、映画かな?映画かも。会う前に3本観たから」
「朝から?」
「朝から。だからもう眠い」
「早く寝ましょ」
「早く寝ましょう」
「ぐちゃぐちゃしてんのこのままでいいんですか」
「いいよいいよ、明日出かける前に出す」
「明日何時に起きます?」
「逆に何時に帰りたい?」
「俺は何時でも」
「朝ごはん食べないでしょ?お昼は?」
「流石に昼は食べようかな」
「どこで食べる?てか明日何も無いの?」
「強いて言えば荷造りですかね」
「どっか行くの?」
「実家に」
「実家?何かあったの?」
「や、帰るんで」
「何しに?」
「......暮らしに?」
「は?」
「暮らしに」
「あっちで暮らすの?」
「です。向こうで転職するんで」
「え、......え!?聞いてないけど!!」
「言ってなかったでしたっけ」
「言ってませんけど!!」
「あはは、こっちの仕事やめたんです」
「それは知ってるしその前から転職活動やってるのも聞いてたけど、あっちで就職するとは聞いてない」
「あれ〜、言ったと思ってました。はは」
「はは、じゃないでしょ。いつ行くの?」
「来週」
「来週!?!?えっ、会えるの今日が最後!?」
「明日がありますよ」
「いや、今日も明日も変わんない」
「言ってなかったかぁ」
「うわ......えっ、どうすんの、もう会えないじゃん」
「先輩が帰ってきたら会えますね」
「帰ればそりゃ会うけど、そういうことじゃなくて」
「そういうことじゃないんですけどね、そういうことになったんです」
「.........荷造りあとどのくらい残ってんの」
「ほぼほぼ終わってます」
「明日のお昼はUberでいいよね」
「いいですよ」
「......聞いてない、ほんとに!」
「うわ!ちょっと、水!!濡れるじゃないですか!!」
「濡らしたの!!聞いてないから!!」
「ごめんなさい〜」
「謝らなくていいけど聞いてないのはムカつく」
「さっきのマカロンで許してください」
「マカロンはもらうし許すけどムカつく」
「あはは」


「先輩ネイルとかしないんですか」
「しないね」
「昔ちょっとだけしてましたよね?」
「大学生の頃に一瞬ね」
「足が真っ赤で血豆かと思ったやつ」
「血豆?足なんかやってたっけ」
「やってましたよ、社会人1年目の時」
「やったっけ」
「一瞬付き合ってた人がいたじゃないですか」
「うわ、一瞬すぎて忘れてたけどやってたわ」
「かわいそ」
「元カノの置いてったマニキュアを彼氏の手で塗られて何も知らずに喜んでた私の方が可哀想でしょ」
「喜んだんですか」
「礼儀上?」
「かわいそう、先輩じゃなくて元彼が」
「それ以来マニキュアなんか買ってもないな」
「したくならないんですか?」
「ん〜、私爪使って何でもやっちゃうから取れてきちゃうんだよね。あと乾くの待てない」
「へえ」
「興味無いな、自分から聞いたくせに」
「思いの外無かったです」
「前から思ってたけど爪きれいだよね、長いし」
「そうですか?」
「切らないの?」
「爪切り怖くないですか?」
「こわいの?」
「や、なんかこう、うまくできないんですよ」
「伸びてきたらどうしてるの」
「折れるんで、折れたところから剥きます」
「......そっちの方が怖いけど」
「まあ慣れれば」
「切る?」
「だから、爪切り使えないんですって」
「切ってあげようか?」
「人の切るの怖くないですか?」
「切ったことないけどこわくないよ」
「それはそれで俺が怖い」
「切るね、ちょっと待って、私の硬い親指が終わってから」
「もうその音が怖いもん、痛そうで」
「爪だけ切るんだから痛くないよ。......できた。はい、指貸して?」
「右ですか?」
「どっちでも」
「じゃあ痛くなってもいい左で」
「信用ないな」
「信用とかじゃなくて恐怖です」
「力抜いて、ほら、そんなガチガチだと振動響いて逆に痛いよ」
「真正面から切るの!?」
「うん、なんで?」
「いや......先輩が失敗しなければなんでもいいですけど......」
「じゃあこっちきて横座って。腕こっちちょうだい」
「これはこれで身動き取れなくて怖い」
「腕ホールドしてないと動かされて事故りそうだから」
「恐怖増したんですけど」
「うるさいな、静かに切られてて。爪に痛覚はないの、ただ指に振動が伝わってるだけ」
「そうなんですか?」
「知らない。けどそうでしょ」
「適当......」
「爪に痛覚あったら爪切りなんて拷問でしょ。......指長いね、やっぱり」
「自分じゃよくわかんないです」
「まっすぐ伸びててきれい。爪剥いちゃだめだよ、もったいない」
「自分じゃ切れないから」
「自分で帰るんじゃん」
「そうですけど」
「自分で切れるようになりな」
「無理」
「無理じゃない。剥く方が痛いよ」
「慣れてますから」
「そんな変なこと慣れないでよ」
「何でも慣れればなんとかなるし」
「慣れない方がいいこともあるよ」
「あります?」
「ある。こっちの手終わり。右ちょうだい」
「......腕痛い」
「遠いのよ。もうちょいこっち、まだ遠いな。後ろきて」
「うわ、手元見えないのめっちゃ怖い」
「左で平気にならなかった?」
「見えてたんで」
「慣れて」
「慣れた方がいいのか慣れない方がいいのか、どっちなんです」
「慣れたいことは慣れないで、慣れないことには慣れて」
「無茶振り」
「無茶振りでもなんでも、爪は切れるようになりなよ。怪我しちゃう」
「まあ、善処します」
「よろしい。はい、おわり」
「意外と痛くなかったですね」
「でしょ?剥いちゃだめだよ」


「エアコンどうするんですか?」
「つけといて。寒い?」
「いや、大丈夫です。でも電気代とか大丈夫なんですか」
「夏の電気代のために冬節約してるから」
「はは、どんな理屈ですかそれ」
「いいの、快適に寝たいの」
「まあそれはわかる」
「でしょ、キンキンに冷やして布団かぶって寝るのが気持ちいいんだから」
「うわ、贅沢だ」
「布団一枚しかないけどいい?」
「いいですよ、何を今更」
「今私それなりにセンチメンタルな気持ちなの。最後の親切のつもりで聞いたのに」
「最後の親切がそれ?何年も同じ布団で寝かせておいて」
「友達いないし客用布団なんか持ってても使わないんだもん」
「今更気にするような仲でもないでしょ」
「まあそうなんだけど。未来の彼女が気にするかもしれないじゃん」
「未来の彼氏はいいんですか」
「会わないでって言われたら別れるから」
「かわいそ」
「過去にまで嫉妬される私の方が可哀想でしょ」
「明日何時に起きます?」
「聞いといて流すの。何時に起きる?」
「俺は何時でも」
「起きたら起きよう」
「おけです」
「電気消してくれる?リモコンそこにあるから」
「これ?」
「それ、グレーのボタン」
「ん。リモコンあると便利ですね」
「いいよね、ベッドから遠いところのスイッチ押さなくていいって」
「向こうで住む家は電気のリモコンあるところにしよう」
「あと追い焚きあるところがいいよ」
「俺基本シャワーしか浴びないからそれはなくてもいいかな」
「疲れ取れないよ」
「先輩より体力あるんで」
「それはそうだけど」
「......眠くないんですか?」
「眠いけど、最後だからできるだけ喋ろうとしてるの」
「あは、明日もあるのに」
「明日しかないの」
「先輩が会いにきてくれたらいいじゃん」
「そっちが会いにきてくれてもいいんだよ」
「転職一年目がそうやすやすと休みが取れるとでも?」
「がんばろ、そこは」
「先輩も頑張って」
「ん」
「......寝そうですね」
「おきてるよ」
「寝ていいですよ」
「起きてる。さみしいこといわないでよ」
「まだ明日もいるんだし」
「今日は今日、あしたは、あした」
「爪が短いのに平らなのなんか変な感じ」
「それが、本来の、あるべきすがたなの」
「慣れないと思うんですけど」
「......なれないで」
「はは、どっち?」
「......」
「寝ました?」
「......寝てない」
「寝てましたね」
「......ねてないよ」


「寝ました?」
 寝てないよ

「寝てる」
 寝てないって、たぶん

「......もうちょい早く言っとけばよかったかな」
 絶対そう

「爪、ちょっと痛かったんだけど」
 切る瞬間の衝撃が伝わってるだけだからそれ

「爪も痛覚あるよ」
 振動だって

「......痛くない?」
 痛くないよ

「本当に硬い爪だな。俺よりも硬いかも」
 親指はそうかも

「帰るって言ったら引き留めた?」
 どうかな

「行かないでくらい言ってくれないの」
 言わないよ

「泣くとかさ」
 泣いていいなら泣くけど

「泣かないか。泣かれても困るな」
 でしょうね

「この人は向こうで暮らしたりしないよな、都会じゃないと無理な人だし」
 よくわかってるじゃん

「......はは、壁に顔くっつけて寝てる」
 狭いんだもん

「こっち向いてよ」
 なんで、やだよ

「うわ、泣いてる」
 泣いてません

「泣きながら寝るとか器用か」
 泣いてません

「はは、泣いてる」
 泣いてないってば、うるさいな

「本当に寝てる?」
 寝てるよ

「.........寝てるな」
 寝てるよ、ちゃんと

「聞かれてたら困る」
 これだけ散々口に出しておいて?

「......そっち向きながら泣かないで」
 今寝返り打てるわけないでしょ

「明日の朝にはこっち向いてるくせに」
 向いてないかもしれないじゃん

「いつも朝こっちに寄ってきてるの知ってるから」
 そんなこと知らなくていいよ

「知ってて黙ってる俺も俺だけど」
 知ってる

「寝たふりしてる先輩も先輩だから」
 せめて寝ぼけてるって言って

「だから全部あのマカロンで許して」
 全部半分こね

「おやすみなさい」
 うん、おやすみ

「マニキュア、先輩は青が似合うよ」
 青かぁ、じゃあチョコミントだね






たのしく生きます