SmartHR:労務管理を圧倒的に効率化した会社
SmartHR社は労務管理クラウド・SmartHRを提供する日本国内のベンチャー企業です。先日SmartHR社のセミナールームをお借りして、弊社の「Brownies FES. #1」というイベントを開催してきました。
その成長スピードは脅威的で、大手企業への導入も進んでいます。まだサービス開始からわずか4年で導入社数は26000社を突破。国内でBtoB SaaSを展開する企業にとって、プロダクト開発、営業手法、サポート品質などのすべての面でお手本となる素晴らしい企業です。
SmartHRは労務管理クラウドという新しい分野を開拓し、従業員の入退社、結婚や出産、転居などの情報更新、社会保険の申請、年末調整などを効率化しました。これまでは紙の処理が当たり前で、情報もExcelなどで社内に点在していたこの領域。手続きも分かりにくく、従業員も労務管理者も社労士でさえも本当にペインが大きかった領域に正面から向き合い、解決してきた実績は本当に素晴らしいというしかありません。
SmartHRが登場するまでは「労務管理のためのDB」というものはほとんど存在しませんでした。従業員の情報は、給与計算や年末調整、社会保険の手続きのため活用するもので、社内のExcelや社労士のところにバラバラで存在しており、同期も取られていないため、情報の更新漏れも頻繁に起きていたことでしょう。SmartHRを導入することによってその非効率な部分が一気に解決されたのです。
僕はSmartHR初期の頃からのユーザーで、今ではBrownies Worksという自社サービスの中にも労務管理領域を効率化するためにSmartHRを組み込んでいます。SmartHRのサービス自体は今更説明するまでもない部分は多いのですが、機能だけではないSmartHRの「圧倒的なUX」という強みをクローズアップしてみたいと思い、先日のイベントで紹介してみました。
このnoteでは、SmartHRのUXとそれを支えるSmartHR社について書いていきます。
1.UXの重要性
UXは「User Experience(ユーザー体験)」の略語です。ボタンの配置や、システムの使い勝手、機能の良さなどを総合して、ユーザーがそのプロダクトを使って得られる体験全体を指します。機能がたくさんあっても、どうやって使えばいいか分からなければ使えません。スマートフォンが登場してから、特に「説明書やヘルプを読まなくても使える」ことが求められるようになり、UXデザインの重要性はアプリケーション開発においても非常に高まっています。
その対局として、いまだに機能だけを詰め込み、ユーザーのことをまったく考えていないのが国が提供する各種サービスです。代表格がe-TaxやeLTAXなどの税金系のサービスでしょう。機能はたくさんあるはずなのに、専門家でも使い方に迷うし、わざと分かりにくくしているのではないかと思えるほど最悪のUXを提供してくれます。ただ、これは電子手続きができるようなっただけましで、紙の書類しか受け付けてくれないお役所の各種手続きは、本当に絶望しか感じません。
労務管理領域も社会保険の申請や年末調整といった、これまた紙&手書きで分かりにくい書類と煩雑な手続きが存在し、多くの人たちがペインを感じてはいましたが、「それは仕方ない」という風に諦めていて、何のイノベーションも起きていない領域でした。そこに労務管理クラウドという分野を創出し、イノベーションを起こしたのがSmartHR社(旧KUFU社)でした。
UberやAirBnB、メルカリなどの世の中に大きなインパクトもたらすサービスは、機能やコンセプトが優れていることはもちろん、UXも徹底的に磨き込まれていて、ユーザーにほとんどストレスを与えません。SmartHRは労務管理というBtoB領域で、特に従業員側のユーザーのUXを圧倒的に良くすることで、本当に感動を呼ぶサービスとして一気にユーザーを獲得してきました。
ペーパーレス年末調整や労務管理領域では、オフィスステーションや人事労務freeeなどの競合は出てきていますが、理解しやすい日本語の書き方、機能配置のわかりやすさ、ヘルプの充実度、サービス全体として使いやすさなど、従業員目線で考えると、UXに関してはまだまだSmartHRの圧勝だと言わざるをえません。
また、UXが秀逸だと従業員が自分でサクサクと手続きを進められるため、労務管理者側の質問対応や期限超過の催促などの手間が減り、結果として全体の管理コストは下がります。例えば、年末調整がペーパーレス化することで紙の書類を印刷・回収しなくて良くなることは他のシステムでも同様ですが、UXが優れているため従業員がサクサク進められる、質問が来ない、対応を後回しにせず期限内に完了してくれる、というレベルでのUXを提供しているのはSmartHRだけでしょう。
単なる機能比較では現れないこの満足度の高いUXこそがSmartHRの最大の強みであり、他のサービスがまだまだ追いつけないところだと言えます。機能はパクれても、ユーザー目線で徹底的に考え抜かれたUXは一朝一夕では実装することはできないからです。昨年度は、SmartHRと人事労務freeeの年末調整機能を比較したスライドを出しましたが、今年度もUXにおける差は縮まっていないと感じました。
2.ユーザーのペインに全員で向き合う
SmartHR社には人事労務研究所という労務管理クラウドを提供する会社ならではの組織があります。自社の人事労務とプロダクトとしてのSmartHRの企画や人事労務領域のベストプラクティスを追求するというミッションを持ったこの組織があることで、他の人事労務系サービスを提供する会社とSmartHR社では、労務管理領域における課題の解像度や解決レベルの差はますます広がっていきそうです。給与計算や社会保険関連のプロダクトを作っている会社でも、せいぜい社労士に監修をお願いしている程度で、ここにもSmartHR社の本気がうかがえます。
また、人事労務研究所のスタッフだけでなく、営業、カスタマー・サクセス、マーケター、広報からエンジニアに至るまで、労務領域に対する理解の解像度が高いのもSmartHR社の特徴です。会計や労務などの専門領域の要件定義は難易度も高く、前提となる知識も必要になるため、特にエンジニアは「要件通りに作る」という対応になりがちです。しかし、SmartHR社においてはそういうことはなく、しっかりとエンジニア自身が作っているものを理解した上でシステムとして実装しようとしているように感じます。だからこそ、これだけUXが高いプロダクトであり続けられる、ということを新機能のリリースをみるたびに感嘆させられます。
特に2019年度の年末調整からリリースした、住宅ローン控除申告書の作成サポート機能にはSmartHR社の本気を感じました。住宅ローン控除申告書は、銀行から発行される残高証明書を見れば誰でも簡単に書けるわけではありません。Web上にもこの書き方に関する十分な情報はなく、毎年書いている人も年に1回のことなので「あれ?去年どうやって書いたっけ?」となってしまいます。労務管理側も書き方に関する情報がないので質問されても困るし、税理士もこの書式に特に詳しいわけでもない、という誰もがペインを感じている状態でした。
この書類自体は税務署から発行された原本を提出しないといけないので、SmartHRから印字して出力することはできないのですが、残高証明書と控除申告書の内容を入力すれば、SmartHR上でサンプル(記入例)を表示してくれるのがこのサポート作成機能です。内容としてはあまり難しくないのに、書き方が分からないというペインをこの機能で一気に解決してくれました。それによって従業員もhappyだし、労務管理側も質問がこなくなるのでhappyになります。これもユーザーのペインに向き合ったから実現できた機能だと思います。
3.オープンな社風が生み出すプロダクト
こんなプロダクトを生み出し、ずっと成長させ続けられるSmartHR社というのはどんな会社なのでしょう。SmartHR社で働いたことはないので、実体験では語れないのですが、Webで流れてくる色々な情報を見る限りはオープンすぎるぐらいオープンな会社である、ということは分かります。
OPENNESS(風通しの良さ)は北野唯我さんの本のタイトルにもなっていますが、従来の日本の組織が重視してきた価値観を大きく覆すな自由でフラットな雰囲気が、「自由闊達な議論をよび、イノベーションなプロダクトを生み出す」という風に教科書通りの説明をすることは簡単ですが、これを組織やプロダクトが急拡大するなかできちんとマネージし、オープンな雰囲気を維持したまま成長させるというのは、ものすごく難しいことです。
また、労務管理という固くなりがちな事業領域なのに、発信される情報には遊び心があります。速水もこみちさんを起用したCMもそうだし、オープン社内報という取り組みも、大企業はもちろん、他のベンチャー企業でもあっという間にお蔵入りになりそうなアイデアなのに、それを発信してしまえるところがSmartHRっぽさだと感じています。
給与計算や勤怠管理というこれまで労務領域のコアだと思われていた機能は自社開発せずに他サービスと連携し、労務管理クラウドとしての情報管理や回収側に振り切るという判断は、結果としては正しかったことが証明されましたが、それをやり切った経営陣には、尊敬しかありません。リリース前に社労士に意見を求めたら「労務管理ソフトなのに、給与計算も勤怠管理もないの?絶対ダメだと思う」ときっと言われていたでしょう。しかし、ユーザーにとって重要なのは給与計算でも勤怠管理でもなくて、労務管理という領域全体のUXを大きく改善することでした。SmartHR社とはそういうことができる希有な会社なのです。
懸念材料としては、SmartHRというプロダクトが日本の労務領域に特化しているため、国外展開ができません。ただ、SmartHR社の経営陣がたまたま最初に目をつけたのが労務領域の非効率さだっただけで、次のSmartHRに匹敵するプロダクトがこの会社から出てくることは十分に期待ができるはずです。
SmartHR社の次のプロダクトも気になりますが、国内の労務管理領域はまだまだユーザーがペインを感じる要素が無数にあります。それをどんどん解決していくことで、ますますSmartHRは日本企業のバックオフィスにとってなくてはならないツールになっていくでしょう。SmartHRを使えばみんながhappyになる、だから使った人が「感動した」とシェアしたくなる、そういう希有なBtoBプロダクトを提供しているSmartHR社をこれからも応援していきたいと思います。
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