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事務品質とお膳立てとコミュニケーション

こんにちは、Backyardの武内です。
SmartHRグループにジョインしてから4ヶ月が経過しました。

自分が立ち上げた事業を売却するのでもなく、SmartHR社員が社内起業として新しい事業を立ち上げるのでもなく、「新しい事業をやるグループ会社の社長を募集して、ゼロから事業を立ち上げる」という新しい試みのもとで、仮説検証を繰り返し、少しずつ少しずつですがプロダクトができてきています。

グループ会社ではありますが、事業の運営や意思決定の独立性を担保してもらっているかたちで、定期的にSmartHR・CEOの宮田さんと1on1をしつつ、様々な相談やディスカッションから、Webサイトやロゴのデザイン面、そしてバックオフィス業務などの手を動かすところまで、必要に応じてSmartHRの支援を受けながら、新しいプロダクトの開発を進めているところです。

私自身が様々なバックオフィスの再構築を支援する中感じた課題は、会計、労務、法務などの専門ツールがデジタル化して、便利になっていく中で、業務全体を運用する部分での本質的な問題が放置されていることでした。「業務フローを固めることの難しさ」や「全体の状況をタイムリーに把握できないという課題」、「大量のやり取りがチャットで何往復もする問題」などがほとんど解決されておらず、属人化からなかなか抜け出せていません。

表向きはデジタル化しても、その裏側が誰かの属人的な対応によって支えられているのであれば、まったく意味がないわけでして、頑張ってしまう人が多いバックオフィスこそ、このへんをサポートするためのツールが必要だと思っています。

新しいプロダクトをお披露目できるのはもう少し先になりそうですが、デジタルと人間のいいところをなめらかに繋ぐようなものを作りたいと思っています。開発までの経緯や将来のビジョンなどの話は、リリース後にまたnoteで書くつもりです。

さて、前置きが長くなりましたが、プロダクト開発のためにバックオフィスの裏側についてずっと考えている中で感じた雑感を今回は書いてみたいと思います。

テクノロジーの進化と事務品質

「事務品質」という言葉はあまり聞かないかもしれませんが、どんな仕事にも「品質」はあります。ただ、その定義はわりと曖昧で感覚的だったりします。

事務的な業務においては、これまでは割と「正確性」や「期日遵守」などがなんとなく「品質が高い」基準だったと思います。経理や給与計算の業務において、正しいアウトプットを期日までに仕上げられること。

ITツールの進化により、これまで紙とペンと電卓で行っていた業務の処理が、デジタル上で行えるようになってきました。システムを使えば、人間と違って転記や集計をミスをしてしまうということは起こりません。多くの事務オペレーションが「人間はミスをする可能性がある」という前提で複数人で検算やチェックをする仕組みになっていますが、システムを通せばその必要がなくなります。

ここで多くの人は「システムを使えば誰でも簡単に事務品質が高い業務ができるようになる」という幻想を抱きました。しかし、実態はそんなに単純ではありません。

絶対にミスをしないはずのシステムに計算処理を任せたとしても、成果物の品質は必ずしも担保されなかったのです。業務においては、テストのように1つの正解を誰かが決めてくれるわけではなく、様々な変数がある中で自ら正解を定義し、かつ、それらが正しいことを確認・証明しなければいけません。

計算式を作れば自動的に正解が導き出されるほど単純ではないのです。入力した情報そのものが間違っていたり、誤った数式を用いてしまったら、システムが正しく処理をしたとしても、結果は間違ってしまうと言うことです。そして、最適解は状況によって変わりうるのです。

ドラえもんのように人間と遜色ないレベルで考えて行動するようなシステムでない限り、テクノロジーが解決するのはあくまでも業務プロセスの一部分の自動化や効率化でしかありません。「自動処理」「DX化」などといったところで、正しいアウトプットを行うためには人間がきちんと情報を整理し、かつ、出てきた結果に対しても確認をしていくことが不可欠です。

つまり、「品質」という文脈においては人間が果たすべき役割はまだまだ大きいままなのです。テクノロジーによって計算ミスや転記ミスはなくなったかもしれませんが、数学のテストで計算問題が解けることと応用問題が解けることがイコールではないように、それだけで「品質が上がった」ことにはならないのです。

テクノロジーが得意なのは、「人間よりも早く正確に計算処理をすること」であり、そこにおいての貢献度は計り知れませんが、計算問題を解くことは業務プロセスの一部にすぎないということを忘れてはならないのです。いくら早く正確に計算問題を解いたところで、解くべき問題が間違っていれば意味がありません。

バックオフィスにおいては、テクノロジーの進化によって集計したり計算したり(例えば、消費税額の計算と集計など)は圧倒的に楽になりましたが、だからといって担当者が不要になるほどの変化は起こっていません。業務とは常に応用問題であり、システム導入だけで要求される品質を満たすことは困難な場合が多いのです。

お膳立ての重要性

これから起こってくることは、「早く正確に処理をすること」が重要な仕事においては、その処理プロセスはシステムに置き換えられていくということです。処理プロセスは全体の業務の中では一部にすぎませんが、業務を分業する過程において、その処理だけを担っている人は、その仕事はなくなる可能性が高いということです。

有名なイソップ寓話で「3人のレンガ職人」という話があります。旅人が3人のレンガ職人に「そこで何をしているのかね?」と尋ねた際の答えがこちらです。

職人A
「何って、見ればわかるだろう。レンガ積みに決まっているだろ。」
職人B
「俺はね、ここで大きな壁を作っているんだよ。これが俺の仕事でね。」
職人C
「ああ、俺達のことかい?俺たちは、歴史に残る偉大な大聖堂を造っているんだ!」

システムに仕事を奪われるのはもちろん職人Aです。職人Bもシステムが進化して「壁」を作れるようになると苦しくなります。逆に職人Cは単純作業を素早く正確にやってくれるシステムを活用して、より品質の高い建物を作るでしょう。

バックオフィス業務においてテクノロジーの進化が明確にしたのは、真に優秀な人材の定義です。すべてを手作業で行っていた時代は「早く正確に」作業をこなすだけでも優秀に見えたかもしれませんが、そこをシステムが代替するようになってくると、事前の情報収集や整理、仮説検証などを自ら考えて行える人材だけが本当に優秀だったということがあぶり出されます。

私が会計業界に入ったのは約10年前ですが、その当時から優秀だと言われる人はみんな自ら問題を定義し、考え、調査し、答えを導き出していました。その方々は現在の環境下においてももちろん優秀な人材であることに加えて、オペレーションの効率化ができることによって、更に高いアウトプットを出していることでしょう。

テクノロジーは常に能力を拡張する方に作用します。多くのクラウド会計ソフトが「誰にでもできる」とうたっているのは実は大きな間違いで、正しい知識と経験がある人が使いこなすことで真価を発揮するのが実態です。

簿記検定などが正解を求める問題ばかりなので勘違いしてしまいがちなのですが、仮説思考で物事を捉え、正しい情報が集まるような業務プロセスを組み立て、きちんと情報整理ができることの方が、正確な計算処理ができることよりも遙かに重要です。

私はこれらを「お膳立て」と呼んでいますが、優秀な人と普通の人との差はここだと思っています。テクノロジーが処理の自動化や大量のデータの分類に強みを発揮する現状においても、ここは今も昔も変わりません。

システムがオペレーションの支援として機能すればするほど、ますますお膳立てが重要なスキルになってくるのです。

結局はコミュニケーション設計がすべて

SaaS導入の成功事例に共通するのが「導入を推進するキーマンがいたかどうか」です。キーマンは、ほとんどの場合、前述のお膳立てができる人です。

では、キーマンはどのようにしてSaaS導入を成功に導いているのでしょうか。ポイントは3つあります。1つ目は、SaaS導入によって何ができるようになるのか、同時に何ができないのか、をきちんと把握することです。

SaaS導入の失敗でよくあるのケースが、機能として提供されていないことやシステム導入だけで実現されるわけもないことを、勝手にあれこれ過剰に期待してしまって、導入後に大きく失望してしまうことです。特にバックオフィスの仕事の本質を理解しておらず、「オペレーションの効率化をすれば業務が効率化するだろう」という素人の浅知恵で導入してしまう場合は、現場とのミスマッチも大きく悲劇です。

そのようなことが起こらないように、何ができて何ができないのか、を理解した上で、業務プロセスの中のどのピースをSaaSによって置き換えるのかを正確に把握することは不可欠です。SaaS側の営業担当者は、バックオフィス業務を深く理解しているケースはほとんどないので、これはユーザー側で解決しなければなりません。ここが営業やマーケティング系のSaaSとの大きな違いでもあります。

2つ目は、SaaS導入後のオペレーションや業務プロセスの再設計です。新しいツールを導入したとしても、そのカバー範囲は業務プロセスの一部に過ぎず、お膳立てや品質の担保は人間が行わなければならないことには変わりありません。

一方で、SaaS導入よって処理やオペレーションの限界値が引き上げられる部分もあるはずです。例えば、オンラインミーティングができなかった世界線では、1アポ1時間としても、移動時間のために前後1時間を確保する必要があるため、8時間の業務時間の中でこなせるアポは4〜5件が限界でしたが、オンラインミーティングで移動時間がゼロになると、MAX8件こなせるようになります(あくまでも数値上の話です)。

アポの件数の場合は分かりやすいのですが、こういう「前提条件が変わる」ことよって、変更しなければならない業務プロセスや運用ルールは無限にあるにも関わらず、現場においてはその再設計が行われていない、ということはよく起こります。

テクノロジーは導入するだけでは十分ではありません。活用するためには、その運用やフローも含めて見直すことが必要不可欠です。

3つ目は、コミュニケーションの再設計です。広義にはこれも業務プロセスの再設計に含めることができるのですが、かなり確率で見落とされているので、あえて分けてみました。

業務を進める上でのコミュニケーションの重要性は語るまでもないでしょう。しかし、普段当たり前に行っているからこそ、見直されないのがコミュニケーションです。コロナ禍において多くの人達が強制的に在宅勤務に移行しましたが、リモートワークになっても従来型のコミュニケーションスタイルを続けようとしても、うまくいかなかったはずです。

これまでアナログで行っていた業務は、(いい意味で)柔軟にコミュニケーションやあうんの呼吸を通して、担当者が様々な微調整を行うことで支えられていた部分が多くあります。そこを無視して表面上のデジタル化だけを押し進めてしまい、運用が硬直的になりむしろ効率が落ちてしまう事例がなんと多いことか。

私たちが行っている業務の多くは情報処理だけでは完結していません。人間による杓子定規な対応を「機械的」だと揶揄するように、白か黒かだけではないからこそ、人間がコミュニケーションを取りながら業務をするべき部分が多くあります。

そういったことも加味した上で、デジタル化を進める。システムにのせることで不要になるコミュニケーションはなにか、逆にこれまでよりも丁寧にケアするべき部分はどこか。いきなりちょうどいいバランスを見つけることは困難なので、これらは移行後も少しずつ調整して落とし所を探っていくべき事項です。

重要なのは、コミュニケーションも含めて再設計が必要になることを念頭に置いて、移行を進めているかどうかです。単にslackやTeamsなどのチャットツールを使うという話ではなく、何をどのようにやり取りするべきか、何が変わって何を諦めるのか、等を丁寧にフォローしていくことが重要です。

いくらチャットが便利だとはいえ、デジタル化によって浮いた現場の工数を、個々人がチャットで好き勝手にコミュニケーションを取ることによって、帳消しにしてしまっては意味がありません。

システムがすべてを全自動で処理してくれるわけがないからこそ、人間同士のコミュニケーションの部分をデジタルシフトに応じてどのように再設計していくか。最適解はなく、当事者がこの課題にしっかりと向き合いながら対応していくしかありません。

デジタルシフトとはツール導入のことではない

「DX」というバズワードの加熱ぶりが少し落ち着いてきて、ようやく、「ツール導入するだけでは課題は解決しない」という事実が少しずつ共有されはじめています。

私自身も、少し前までは業務プロセスをデジタルシフトに最適化した形に変えていければ、問題は解決すると思っていました。しかし、それもあくまでも入れ物の話にすぎず、結局はその中で業務を担う人間同士のコミュニケーション部分を解決する必要性を今は痛感しています。

この問題は企業の文化やコミュニケーションスタイルによって取るべき対応策が変わります。また、ある日突然「やり方をこう変える!」とトップダウンで方針を落としてもうまくものでもありません。時間をかけて少しずつ仮説検証を繰り返して、最適化させていく必要があります。

”to be”というのは、”to do”というよりもはるかに重んずべきものぞ。
新渡戸稲造

業務改善、効率化、システム導入などの対応はやることが多く、スケジュールもタイトなため、どうしてもTODO(こうする)に終われてしまいがちですが、本来はTOBE(こうありたい)と向き合い続けることこそが重要であり、システム導入はその手段の1つにすぎません。

SaaSの普及によって、安価で便利なツールを様々な業務で活用することができるようになったからこそ、業務プロセスやコミュニケーションはどうあるべきか、という問いから目をそらさずに、PDCAを回し続けることが重要です。

こんなことを考えているので、大きな改革をトップダウンで一気にやりきるようなコンサルティングサービスではなく、小さな改善を回し続けられる仕組みを提供できるツールを提供したい、という風に私自身の考え方も少しずつ変わってきました。

だいぶ抽象的な話になってしまいましたが、デジタルと人間がもっとなめらかに繋がることができるように、頑張っていきますので応援をよろしくお願いします。



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