PCA_中小企業のバックオフィス効率化の手順_20200213

中小企業のバックオフィス効率化の手順

先日、PCAさんのユーザー会で登壇してきました。会計ソフトとか、経理ををどうするか、という話ではなく、「業務プロセス全体を俯瞰的に捉え、いかにデータフローを意識した構築ができるか」という話をしてきました。

今回の登壇のきっかけになったのはPCAさんのオウンドメディアで連載していた「月次決算早期化のための業務設計」というシリーズです。月次決算早期化は経理だけが頑張るのではなく、全社プロジェクトして、業務プロセス全部を再設計する必要がある、というのがここで伝えたいことです。

さて、最近また「デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)」という言葉を聞くようになりました。SaaSも少しずつ普及してきて、テクノロジーを活用して業務を効率化しようという機運が高まってきているのは非常にいいことです。ただし、DXの意味をきちんと理解して使っている人は実は少ないのではないか、というのが私の実感です。今回のnoteではそのあたりの話をしてみたいと思います。

1.DXのもたらすインパクト

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「これからはDXが必要不可欠だ」ということをおっしゃる方は多いのですが、言葉の意味を本当に理解しているでしょうか。今まで紙(アナログ)でやっていたことをデジタル化することがDXではありません。それは単なる「デジタライゼーション」です。DXはシステム全体をデジタル化し、根本的な価値観や流れを変えるほどのインパクトがあるものです。

分かりやすい例として「写真」を例にお話しをします。写真は初めはフィルムに焼き付けるという形式しかなく、撮って現像する、というプロセスを経ないと写真という形で見ることができませんでした。そこにデジカメが登場し、デジタルデータとして写真を見たり保存することができるようになりました。これが「デジタライゼーション」です。

そこから更に発展して、携帯電話にカメラ機能が搭載され、今ではスマホのCMで強調されるメイン機能が「キレイな写真が撮れる」ということになり、おそらくデジカメを持ち歩く人の割合も減少しているでしょう。スマホにカメラ機能が搭載されていること加えて、InstagramやTikTokというアプリが撮るという概念を大きく変えます。撮った写真を保存する、SNSにあげるという発想から、Instagramでシェアするために撮る、という風に価値観が大きく変わったのです。ここまで到達して初めてDXと言えます。

デジカメ

日本のバックオフィス(特に中小企業)は、アナログな処理が多すぎて生産性がものすごく低いです。そこに課題感を持ち、SaaSを導入してデジタル化しようとするのはいいのですが、単に現状のプロセスをデジタルツール上で再現しただけではデジタライゼーション止まりです。

人間はミスをします。アナログな処理をするしかなかった時代に考案された簿記という仕組みは、ミスをするかもしれないことが前提(修正仕訳など)として組み込まれていますし、給与計算や勤怠管理などの多くの業務プロセスにもミスをチェックするための多くの確認プロセスが組み込まれています。それはそれで素晴らしいことなのですが、せっかくデジタル化したのにアナログな処理プロセスを引きずってしまうと、デジタル化のインパクトはちょっとした効率化にしか繋がりません。

DXのインパクトについて、非常に示唆を与えてくれる良書『アフターデジタル』からいくつか引用してみます。

本書のタイトルになっている「アフターデジタル」という世界観について説明します。これまでのリアルとデジタルの認識は、「オフラインのリアル世界が中心で、付加価値的な存在として新たなデジタル領域が広がっている」という図式でした。この状態を「ビフォアデジタル」と呼んでいます。  しかし、 モバイルやIoT、センサーが偏在し、現実世界でもオフラインがなくなるような状況になると、「リアル世界がデジタル世界に包含される」という図式に再編成されます。こうした現象の捉え方を、私たちは「アフターデジタル」と呼んでいます
「デジタライゼーション」の本質は、デジタルやオンラインを「付加価値」として活用するのではなく、「オフラインとオンラインの主従関係が逆転した世界」という視点転換にあると考えます。完全なオフラインはもはや存在せず、デジタルが基盤になるという前提に立った上で、いかに戦略を組み立てていけるかという思考法が必要不可欠になります。
「デジタルトランスフォーメーション」という言葉は、企業のためにあるのではありません。社会インフラやビジネスの基盤がデジタルに変容(トランスフォーム)することを指している のです。基盤が変化するわけですから、私たちの視点もそれに合わせて変えていかないといけない、ということだと思います。ビフォアデジタル的な世界の捉え方や視座を持ったまま、デジタルトランスフォーメーションを叫んでいる。

業務の話に変換すると、アナログな業務がメインで、それを効率化するためにデジタルを活用するのではなく、業務プロセス全体がデジタル化されたシステムの上で行われることで、仕事のやり方そのものが大きく変わる。それがDXなのです。ERPなども本来はこの発想で作られているはずですが、ビフォアデジタルの世界から抜け出せなかった日本企業にはまったく使いこなせませんでした。

そして、また今SaaSによってデジタル化の流れが来ています。今度こそERPの時のような失敗をせずに、DXをしなければいけません。労働人口の減少にすでに直面している日本で、ビフォアデジタルの世界にこだわって非効率な運用フローを維持するような余裕はもうないのです。

2.紙とExcelを業務フローから排除する

では、業務プロセスをDXするためにまず何から手をつけるかといえば、王道ですが、まずは「紙」の排除でしょう。電子帳簿保存法が領収書の改竄を防ぐことを意識しすぎて、業務プロセスがむしろ複雑になり、使い物にならないのも一因だと思いますが、業務プロセス上に紙が登場している限り、DXは無理です。

なお、「パソコンの画面上で見るよりも紙で見る方が記憶に残りやすい」という研究結果があるようですが、これと業務プロセスをデジタル化することは全く別です。書類の正誤チェックや決算書の最終チェックなどは私も紙でやった方が効率的で、正確だと思います。ただし、これはチェックするという点の話であって、業務プロセスという線をアナログなままにすると言う話ではありません。

アナログは悪、絶対に紙は排除する、そうしなければDXは絶対に出来ない、という強い意志で紙が登場しない業務プロセスにする必要があります。そしてもう1つ排除すべきなのが、Excel(Googleスプレッドシートも含む)を使った業務です。Excelはデジタルだと思われるかもしれませんが、データになっていてもシステムではなくローカルに存在する形になること、レイアウト内容が自由すぎることによって、データフローを上流から下流まで一気通貫で構築しようとする際の障害になります。

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Excelは文字通り「表計算ソフト」として一時的なデータ加工や集計に使うにはいいのですが、データベース的な使い方をしてしまうとそこでデータフローが分断されてしまいます。VBAやGASなどを活用してガチガチに作ったとしても、しょせんはただのファイル。業務プロセス全体をDXするならやはりSaaSをフル活用し、Excelを排除するべきでしょう。(オペレーションの効率化のためのサポート機能としてVBAやGASの活用を否定しているわけではありません)

3.DXを達成したバックオフィスのイメージ

業務フロー

アフターデジタルな世界において、絶対にやってはいけないのが「現在の業務フローに合わせてシステムを選ぶ(開発する)」ということです。アナログを前提にした今の業務フローは、アナログに最適化されているわけで、その処理をデジタルに置き換えるだけでは効果は限定的などころか、むしろ余計な手間が増えることにもなりかねません。

優れたERPやSaaSは、基本的にはベストプラクティスと呼ばれる「最適な業務プロセス」に合わせて構築されています。誤ったシステムを選んでしまうと、まったくベストプラクティスの思想がなかったりするので、すべてのSaaSがこれを実現できているわけではないのですが、freeeやSmartHRなどはしっかりとした思想を持って、ベストプラクティスを定義し、それに応じてシステムが構築されてします。

またSaaSはずっと進化し続けるので、今一部の機能が足りないとしても、将来のアップデートの期待値も加味して選ばないといけません。私が常に「思想で選べ」と言っているのはそういう意味です。

ただし、SaaSの思想を理解したり、業務のベストプラクティスを仮説・検証していくためには、かなりの知識と経験が必要です。すべてのバックオフィスの人がこれを完璧にできるようにならなければいけない、とは私も思っていません。なので、弊社は「業務設計士」という肩書きを打ち出し、そのためのサービスを提供しているのです。

では、DXが達成されたバックオフィスとはどんなイメージなのでしょうか。少し古い記事ですし、上場された現在はさすがに1営業日では締めれていないかもしれないのですが、すべてのプロセスを経理が掌握し、デジタル上で一気通貫して業務が構築されるというと、ここまで効率化できるという最もいい事例はfreeeさんのこちらの月次決算の記事でしょう。

月初になってから、データを集めたり、中身を確認するのがビフォアデジタルの経理なら、freeeはすべてのデータが月次決算が1営業日で可能な形でfreeeに集約されるように、社内のすべての業務を構築しているアフターデジタルな経理、というわけです。

エビデンスを見ながら仕訳を登録することが、経理の仕事の本質ではありません。それは作業にすぎず、会社の活動を会計ルールに従って素早く正確に集計するのが経理の本来の仕事です。アフターデジタルな世界では仕訳入力をせずに、いかにデータが適切な形で会計ソフトという箱に流れてくるようにするかを設計し、実現することが経理の重要なスキルになってくるのです。

会計知識はもちろん重要です。ただ、今の簿記検定や税理士試験などは手で仕訳を入力する前提で、早く正確に登録する能力を問うという側面が強くなりすぎています。アフターデジタルの世界では、簿記1級や税理士の資格を持っている人よりも、簿記3級も持っていないけれど、一定以上の会計知識があり、DXされたバックオフィスを構築できるスキルがある人の方が価値があります。バックオフィス界隈の有名人・乙津さんなどがこれにあたります。

DXとはそれぐらいの大きな転換が必要であるということが理解いただけたでしょうか。知識を体系的に理解するために一定の反復練習が必要であることは認めますが、今の会計資格が求めるレベルはビフォアデジタルの世界では必要だったかもしれませんが、一定以上の知識があり、アフターデジタルな視点で物事が考えられる人にとっては不要なスキルが多数あるのです。

税理士や公認会計士の資格があることと、DXしたバックオフィスが構築できることは全く別の能力です。国家試験を突破できるだけの知識はもちろん1つの武器にはなりますが、ビフォアデジタルの世界から抜け出せなければこれからは全く使いものになりません。

一昔前であれば、数百万〜数千万円かけて開発・導入しなければいけなかったシステムが、SaaSによって月額数千円〜数万円で活用できる時代になりました。ただ、SaaSを導入することがゴールではなく、それによって業務全体をDXさせ、運用プロセスを再構築することではじめて、大きな効果をあげられるのです。

ビフォアデジタルの世界から抜け出せない企業は淘汰されていくでしょう。DXは企業の生産性、競争力に確実に影響します。バックオフィスの人たちも「いかに作業を排除するか」という観点で業務プロセス全体を掌握するという目線を持たなければ、生き残れない世界がもうすぐくると私は考えています。


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