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キューバ旅行記⑤ シークレットパーティ 2020.01.21

そろそろ日も暮れる頃合い、一度宿に戻ろうかと広場に続く信号を待っていると、ふと視線を感じた。
ちょうど、通りを挟んで信号を待っている男が明らかにこちらを見ている。洗練された雰囲気に人懐っこい笑顔を浮かべているが、パーカーのフードを目深に被り、どこか人の目を気にしているようにも感じられる。
厄介ごとはご免だな。青になった信号をはや足で渡り切ってしまおうと歩き出すと、男は案の定こちらに向かって来るではないか。すれ違う刹那、パーカーのポケットから素早く右手をこちらに差し出した。

果たして男の手には一片の紙きれ、あまりに自然に渡されるものだからつい受け取ってしまった。まさか刃物でも出されるのかと思っていただけ、拍子抜けした。

男は決して立ち止まることなく、去り際に一言。
「サイコーだから、きっと気に入るよ」

何がなんだかわからないまま、街灯の下で渡された紙片に目を落とす。
“観光客向けのサルサクラブには飽き飽きだろう。本物のナイトライフはここにある”
書かれているのは短いメッセージと、住所のみ。どうやらイベント、それもシークレットパーティのインビテーションらしい。


既に一日で、“秘密のバーで楽しめる合法で格安の葉巻とカクテル“×2に、”日本に興味がある美人による合法マッサージ“を、特に後者において毅然とした態度で断ったぼくだが、こと今回のパーティについては多少なりとも興味が沸いた。


Casaに戻り、住み込みで働いているスタッフにそれとなく尋ねてみる。
「街中で突然こんなものを渡されたんだけど、何か知ってる?まあ、大方良からぬもんかとは思うんだけどさ、、」疑心暗鬼からつい中途半端な聞き方になったが、彼女の回答は意外なものだった。
「ああ!これね!知ってるも何も、私も休みの日は行くのよ!パーティ!パーティ!!」
ぼくに負けず劣らずつたない英語ながら、全身で“パーティ!パーティ!”を表現する彼女の勢いにつられ、ついぞ決心がつく。

「じゃあ、、行ってみるよ。ありがとう!すぐ帰るかもしれないけど、、」
最後まで自分に保険をかける。煮え切らない男である。
「何時になってもいいわ!楽しんでねー」

灯りの消えた旧市街の路地裏を歩くと、確かに指定された住所に人影が見える。
エントランスで待ち受けていたのは、例のパーカー男だった。彼に返す形でインビテーションを渡し、狭い階段を上がると、確かにそこは小さいながらも立派なクラブであった。低い天井に薄明り、ローカルも観光客も、洒落た身なりで思い思い楽しんでいる。

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何をここまでひっそりやる必要があるのかと、このときは疑問に思ったが、一通りの旅を終えてひとつの仮説に行き着いた。キューバではもしかしたら、”ダンスフロア”そのものが禁じられているのかもしれない。

事前に予習し、音楽を聴きながら踊れるスポット、なんてものもピックアップして実際に足を運んでみたのだが、その全ては恐らくダンスフロアであった場所に例外なく椅子が敷き詰められていた。
数年前まで、こうしたいわゆるクラブやミュージックバーには、売春の温床といった側面があったらしい。これは観光業に本腰を入れた社会主義のキューバ政府にとって許されるものではなく、この手の水商売への規制はかなり厳しくなったそうだ。
キューバの音楽に合わせて心地良くダンスがしたい、と言う人にとっては、なんともワリを食ったかたちだが、反面政府の観光業テコ入れの本気度も伝わる。売春をはじめとした犯罪の取り締まりのため、通りは24時間体勢で警官が目を光らせている。おかげで治安の面ではだいぶ良い。数年前の旅行記ですらこうした記述はなかったが、これもキューバの変化のひとつなのかもしれない。


さて、この日の夜に話を戻すと、パーティはパーカー男をはじめとした若者が何人かで運営をしているらしく、非常にセンスのいいイベントだった。


そう、センスが良すぎた。


会場探しのわくわくから、たどり着いた感動、洗練された空間まで、何を取っても完璧なのだが、しばらくすると既視感に気が付いた。
運営側も感度の高い若者なのだろう、外を出ればこちら東京は青山だ、ロンドンのイーストだと言われても何の違和感もない雰囲気が、却って判を押したようで何か、こう、気分ではないのである。
我ながら、これほど素晴らしい会場にあって何をとも思うが、もう少しバタ臭いものを期待していたのか、少し興が醒めてしまっている。華やいだ空間にあって、なんだか気分が沈みかけていた。

いま振り返れば、キューバに“自分が知っている何か”と違うものを自分勝手に求めていたにすぎない、なんとも情けない話である。


「一人で来てるんですか?」

ふと、しばらくぶりの日本語を耳にする。声の主は日本人の、それも成田から同便だった女性二人組だった。可愛らしい女子大生風のAさん+アフロにジャージ上下Bさんのペアという組み合わせが、薄暗いクラブの中でもやたらと目立っていた。
声をかけられたこちらとしては多少色めきだったが、なにひとりぐずぐずと退屈そうにしているのを見かねて声をかけた、といったところだろう。あるいは、彼女たちもまた似たようなことを感じていたらしい。揃ってイベントを後にし、町の中心まで戻ることにした。

道すがら、自然会話は旅の情報交換になるわけだが、こちらが話すことについて
「知らねえよー!」「早く教えてくれよー!」と、言われもない難癖をつけるアフロ。
かと思えば多少デキあがっているのか、突如駆けだす女子大生にぼくを加えた三人組はハバナの路上にあって極めて異様。地元の子供も、観光客も、野良犬までも、だれも目を合わせようとはしなかった。

彼女たちの、このあっけらかんとした様子に不思議と元気づけられ、おかげで明るい気持ちが戻ってきた。些細なことで不安を感じたり不満を覚えたり、かと思えばこうしてすこぶる前向きな気持ちになったりと、一人で旅に出てみるとずいぶんと感情に素直になる。三人で入ったバーで、バンドの生演奏を聴きながら、ふと自分の中に再発見した久しぶりの気持ちを思い出していた。
一緒に過ごした時間の、ほんのお礼にと飲み物代を払おうとするも固辞された。せめて紳士が廃らないように、彼女らを送るタクシーを一緒に待っている。

暗がりから男が一人、マリファナはいるかと声をかけてきた。
三人は声をそろえ、毅然とした態度で断った。

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