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六十七話「奇譚-その11-」

その1

 地元の電機製品店でアルバイトをしていた聡子さん(仮名)の体験。

 ある日、商品の埃を取り払っていると、どこからともなく子供の歌声が聞こえてきた。

「ハッピーバースデートゥユー、ハッピーバースデートゥユー、ハッピーバースデートゥユー、・・・」

 その部分しか繰り返さない女の子の声がどこからするのか辺りを見回すと、青い顔をした店員さんが首を振って「やめろ」とジェスチャーを送ってきた。

 不思議なことにお客さまには歌声が聞こえていないのか、何食わぬ顔でいるのが気味が悪かった。
 そうこうしていると、その歌声が自分の近くまでやってきた。

 店員さんが制したものの、その声が余計に気になってしまう。そこで、ちょうど配送前で埃をふき取っていたテレビの、なにも映らない画面に聡子さんは注視してしまった。

「反射した画面越しだったし、照明とかのせいで、そうみえただけかもしれないんですけどね」

 真っ黒な画面のなかで、例えるなら大きなスポンジに生クリームをでたらめに塗りたくったような、酷くヒビ割れてボロボロの白い頭をしたものが駆け去っていった。

 歌声が聞こえなくなってすぐに店員の顔をうかがったが、無言で頭を横に振ったそうだ。

 後日、出勤して更衣室で自分のロッカーを開けると、なにかがはらりと地面に落ちた。それは一枚の茶封筒で、表に返すと

「さ   こ 
  と    」

 と、汚い文字で書かれていた。
 それが、あの子どもが差しだしてきたお誕生日カードのように思えた。
 なんとなく「もうここにはいれないな・・・」と感じた聡子さんは、中身をみないまま封筒をゴミ箱に叩き込み、早々にバイトを辞めてしまったという。

 その後、聡子さんになにかあった・・・ということはない。
 いまはもうない、ある電気製品店での話。




その2

 達也さん(仮名)が小学生だった頃に、かっちゃんと呼んでいる親友がいた。

 ある日、新作のゲームが出たからみにいこうと、かっちゃんが言うので二人して近所の家電屋に駆け込んだという。

 まっさきにお目当てのゲームが並んでいるコーナーに向かうが、達也さんはおろか、かっちゃんすらお金を持っておらず、ウィンドウショッピングするだけで終わってしまった。
 目的を果たしてあとは帰るだけ・・・なのだが、かっちゃんがしきりに「あれもみたい」「これもみたい」という。

 達也さんは二つ返事でそれを了承するが、それからずっと、かっちゃんがいまにも顔がくっつきそうなぐらい色んな商品に近づいて眺めている後姿を、側で見守っているだけだった。
 帰りたがっている達也さんを、この日のかっちゃんは何度も呼び止める。最初は早く公園か自宅にいって一緒に遊ぼうと考えていたが達也さんだが、「もうちょっとだけ」「つぎが最後だから」などと、かっちゃんの呼び止めがあまりにもしつこいので痺れを切らしてしまった。

「かっちゃん! 先帰るわ!」

 その怒声に、かっちゃんは振り返ることなく空返事するだけだった。


「いま思えば、変なんですよ」

 家庭用ゲーム機のならぶウィンドウ、ミシンの箱、テレビ、・・・そんなものを眺めていた かっちゃん。その姿がどう思い出しても『くっつきそうなぐらい』どころか、『頭の前半分を商品にのめり込ませていた』ようにしかみえなかったという。

 達也さんが かっちゃんと遊んだのはそれが最後で、翌日から彼は学校に来なくなり、家庭の事情で引っ越した・・・と大人に聞かされた。


「一つ、いまでも気になっていることがあるんですが・・・」

「あのとき、僕が『かっちゃん』と声かけたのは、本当に『かっちゃん』だったんでしょうか?」

「・・・というか、あのとき僕がアレを『かっちゃん』と呼んだのがダメだったんじゃないかなあ・・・って」

 そう達也さんは締めくくった。




その3

「他の人に尋ねても『そんなのなかった』というから、これはただの勘違いだと思いたいんですけどね」

 町田由美子さん(仮名)の奇妙な記憶の話。

 由美子さんには、小さい頃から気味悪がっているものがあった。

 それは近所の掲示板や交番、街中のいたるところに飾られた『行方不明者のポスター』だった。

 真ん中にプリントされているのはモノクロの写真で、それが絶妙にピンぼけしているせいか、みているとなんだか心が落ち着かない。顔のかたち、無精髭から、それがかろうじて中年男性であることは分かる。

 由美子さんがその行方不明者ポスターを気持ち悪く思っていた原因はいくつかあるのだが、一つは学校の廊下や教室の後ろの方でそれをみかけた記憶があることだ。

 彼女いわく、幼い頃から中学生頃までみかけた記憶はあるというのだが、いつからみなくなったか明確な時期は分からないという。
 そのため由美子さんは、見知らぬ白黒写真のおじさんのポスターのことをすっかり忘れていた。

 ただ、それから何年もたって結婚し、お子さんもできたあるときのこと。

 娘の真由実ちゃんが幼稚園で描いた似顔絵をみたときのこと。
 いくつかのクレヨンで中央に真由美ちゃんの顔がひとつ、横には拙い文字で名前が描かれているその画用紙をみた途端、由美子さんはあの行方不明者のポスターを思い出した。


 彼女が件のポスターを気持ち悪がっていたもう一つの理由が

 中年男性の白黒写真の下に書かれた

「すずき まゆみ を探しています」

 と、写真の人物に似つかわしくない一文であった。


「なにもないと良いんですけど・・・」

 鈴木由美子さん(仮名)から聞いた奇妙な記憶の話である。




※画像はお絵描きばりぐっどくんより
「顔が靄になっている白黒の行方不明者ポスター」


奇譚-『名前』-
 各原題『ハッピーバースデー』『かっちゃん』『ある行方不明者』