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六十四話「お眼鏡にかなう」

もしかすると、今回は怪談の類いではないかもしれない。

学生だったIさんという方の話。


彼は視力が悪く、本来は眼鏡をかけるべき人物なのだが、文字も人の顔もなんとな~く判別できるので裸眼で生活していた。

しかし、ある日、ひょんなことから車の免許をとることになった。
そうすると必然的に眼鏡を作らざるを得なくなった。

初めての眼鏡に感動を覚えたIさんは、しばらくずっと眼鏡で生活していた。


ある日、久しぶりに大学にやってきたIさんは、眼鏡をかけていなかった。

そして、「相談がある」といって、サークル友達を集めた彼は顔が暗かった。


話を聞くと

「眼鏡をかけてから、な」

「異様に人と目が合うようになったんだよ」


それはバイト先でお客様に挨拶したとき、視界の端で。
またあるときは車の教習中、対向車線の人と。
そして窓の向こうの景色を見上げたとき、そのガラスに反射した先で。

極めつけは満員電車に乗ったとき。
視線を感じて顔をあげると、車内の全員が自分を見つめていた。
それも明確に自分の眼を見つめていたそうだ。

そこまで聞いた誰かが
「じゃあ、眼鏡をかけてない今は目が合わないんだな」
と、尋ねた。

するとIさんは俯いたまま
「そうでもない」
と呟いた。


たしかに眼鏡を外してから目を合わせる人はいなくなった。
ただ、一人だけ違った。

「眼鏡かけてないから、顔とかボヤけてるんだけどさ」

「サイコロを転がす某お昼番組に、変な観客がきてるコラ画像があったよな?」

「そいつ、あんな感じで顔をぐにぃ~って曲げてんのよ。なんだろうね? 最近はもう、天気予報に出てくる台風みたいな顔になってる」


俯いているIさんの顔からは汗が垂れ、腕には鳥肌がたっていた。
その姿は、どうも演技のようにはみえない。
誰もが黙り込んでいた。

ただ、一人だけ空気の読めないいたずら好きな人物が

「じゃあ、そいつ今どこにいんの?」

と、顔を傾けながら尋ねた。
周りが質問者の彼を小突くなか、Iさんの腕が動いた。


それは質問者の彼を指差していた。

否、彼の後方、日の光差し込む窓を指差していた。


その場にいた誰もが、その方向を振り返った。




なにもなかった。


Iさんのほうに向き直って、精一杯の励ましの言葉や、謝罪の言葉を投げ掛けるが、彼はいまだにその方向を指差していた。

すると、Iさんの腕がグググ・・・と動きだし、指をさしている状態でそのまま下に折れ下がっていく。

そして地面を人差し指が真下の地面を、俯いているIさんの視線の先に向いた。

そこでIさんは雄叫びのような、叫び声のようなものを上げながら走り去っていった。



それからIさんと顔を合わせることなく、連絡をとることも出来ないまま今に至る。


「あのとき、俺が余計なことを言わなければ・・・」

あのとき余計な質問をしたUさん。
いまでは彼も目が悪くなってきたが、眼鏡やコンタクトにする勇気はないそうだ。
そんな彼から聞かせてもらった体験である。