見出し画像

勇気を出してコンフォートゾーンから出たら、想定外の元気が出てきた

何事も、今より成長するにはコンフォートゾーン(今いる心地の良い居場所)から出る必要があるとよく言われる。

今日は、ほんの小さな事だけど、長年の壁を突破できたので、その記録としてnoteに書こう。

外国語学習のステップ

好きな外国語を学び初めてから、
少しずつステップを踏んできた。

どんなステップかは人それぞれだけど、
私の場合は、

・試験に受かる
・楽しく会話できる
・一人で旅行できる
・メールが書ける
・海外の友達ができる
・本が読める
・仕事(社内翻訳)で使える

これからもずっとずっと勉強は必要だけど、
そろそろ「外国語で発信する」というステップにも進むべき時だと、前から思うことがあった。

人から提案されたり、たまたま目にした記事にも書いてあったり、そういう事が続いたから。

できない理由

でも、その度に、

「いやいや、そんなまだまだのレベルで発信だなんてとんでもない。間違いだらけになるし」

「今は子育ても忙しいし、英語や翻訳の勉強もあるし、発信なんて時間はとてもとても、、、」

と、正統かつ都合のいい理由で手を出さずにいた。

まさにこれが、コンフォートゾーンだった。

だって、何もやらなければ失敗もしないし、恥もかかないし、リスクも負うことはない。
心が乱れることもない。

だから、できない理由があることに、ある意味安心していたと思う。

壁と向き合って気づく

でも、だんだん、そのままではいけないこともはっきり分かってくる。やる気を出して、

さぁやるぞ!と思っては、

やっぱりだめだぁ〜とエネルギーが切れる。

それを繰り返すうちに、できない理由は違うところにあると気づいた。

言語と記憶

これまで英語とイタリア語を勉強してきて、
楽しかったこと、嬉しかった思い出はたくさん。

でも同時に、悲しいこと、悔しいこともあって、
後悔、挫折、自信喪失、絶望、孤独、などなど、

ネガティブな感情が言語と結びついている事に気づいた。

自分が向き合う言語によって、それぞれのネガティブな感情が襲ってくる。

でも、仕事で英語を読んだり、英訳したりする時には、難しいと感じる時でも別に抵抗はない

イタリア語のニュースや映画を見ても同じ。

それは、人が書いた物を読んだり訳していたから。そこに自分の感情は入らないから落ち着いていられる。

問題は、自分の言葉で書く時

特に、自分の言葉でオープンな空間に発信するとなると、たとえそれが特定のプラットフォームでも、とたんにネガティブ感情に負けて、壁を感じる。

そう、語学レベルどうこうではない。

過去と向き合う

いつまでも過去のネガティブ感情に振り回されているのは、現在と分離しているから。

終わったこと、今とは別の時代だと、過去を否定したり、切り離したりしても、結局自分は苦しいまま。

大切なのは、
「過去があるから今があって、未来がある」

だから、その一見マイナスな過去の事も長い目で見れば必要な事で、これからの自分にはプラスに働く。

これ、語学とは全く関係ないところで学んだ事なんだけど、自分の語学の壁にも同じ事が言えるとは、意外。

だけど、原因がわかってよかった。

過去より大事なのは今

そして、そんな感情に襲われても、
今、伝えたい事がある。

いきなり何?!って思われてもいい。

ただ、みんなに元気でいてもらいたい。

ざっくり言うとそんな気持ちが急にでてきて、

(マイナス感情のせいで)長いこと連絡をとってない昔の友人知人に向けて、ほんの3行書いてみた。

何度も書いては書き直す。
この間、いろんな記憶と感情が混ざって
非常に、不快。

全くコンフォートではない。

それでも、これでいいと思えるまで書き直した。

そして、深呼吸して、投稿ボタンを押す。

壁を突き破ったら

投稿ボタンを押した瞬間、
なんとも言えない爽やかな気持ちになった。

サーっと風が吹いたような、
もやもやした曇りが吹き飛んだような。

そして、じわじわと力が湧いてきた。

なんだろう、この感覚は。

コンフォートゾーンから出てあれだけ不快だったのに、こんな感覚になるの?

それなら、また次にステップアップする時の、
不快ゾーンも怖くない。

まとめ

長年できてなかった
「自分の言葉で自分の本当の気持ちを伝える事」

記録のつもりで始めたnoteのおかげもあり、
少しずつ、抵抗なくできるようになってきた。

これを機に、外国語での発信も始めてみよう。

そしてまたコンフォートゾーンができたら、
飛び出してみよう。

今日の小さな頑張りがきっと、
明日の自分を後押ししてくれると信じて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?