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#12 いのちの灯が消える前に。

 告別式の始まる前や出棺の際に、故人の好きだった曲をBGMにしてお別れするという場面に、何度か立ち会ったことがある。しかしいくら好きでも、お坊さんがお経を唱えて下さる葬儀場で『アメージンググレイス』を歌うわけにはいかないのでは?そんなことをぐるぐる考える日々が続く。

 毎年、11月の第1日曜日に行われる教会の記念会に合わせて、母の2人の妹が故郷に戻って来る。亡くなった祖父母の家に集まり、夜通し昔の思い出を語り合う3姉妹の姿は、いつも私の理想だった。3姉妹の真ん中の叔母は、キリスト教式の幼児教育に携わり、1番下の叔母は遠く離れた他県の牧師夫人である。

 ところが昨年、真ん中の叔母が『癌』という大きな病に倒れ、余命宣告されてしまったのだ。抗がん剤治療が辛すぎて耐えることができないと言う。そして本人を含めた家族会議の結果、抗がん剤治療はやめて緩和ケアに移行したそうなのだが、それって・・・⁈
 私は大好きな叔母のことが心配でたまらなかった。入院先のホスピスはここから遥か遠く、東京にある。

『最期に一度だけ、姉妹が3人で過ごせる時間を作ってあげたい!』
姉の提案を受け、私も同意し、すぐに牧師夫人の叔母に声をかけた。コロナ禍の続く世の中ではあったが、時は待ってはくれない。心をひとつにした私達は、母を車椅子に座らせ新幹線に乗り込んだ。

 東京駅からタクシーに乗り、ホスピスに到着。日当たりの良いその部屋はとても明るく、クリスマスの装飾がされている。部屋の片隅には、1台の白い電子ピアノが置かれていた。
『ここで弾いてもいいのよ。何か一緒に歌いましょう。』
抗がん剤治療をやめた叔母は、とても元気そうに見えた。幼児教育の場で培われた叔母の即興伴奏が始まると、母も私たちも一緒になつかしい童謡を歌い出す。次は母と連弾がしたいと叔母が言う。車椅子の2人を隣り合わせでピアノの前に座らせた。

『わぁ、2人とも車椅子だね!お揃いだね!』
どんな時も超ポジティブな叔母ならではの発言に、みんな笑いながら必死に涙をこらえた。

 認知症の母が叔母と即興連弾などできるのか?と少し心配したが、叔母の弾き始めた前奏に合わせて、スラスラとメロディを弾いている。譜面など何もないのに。
『ハ長調で弾く?それともヘ長調?』
たまに装飾音符も付けたりと、アドリブも好調で私達を驚かせた。認知症を患っていても、3人揃った時にはしっかり者の長女のふるまいなのだ。
最後は牧師夫人の叔母が讃美歌を伴奏し、小さな音楽会をしめくくった。この幸せな時間がずっと続くことを祈りながら・・・。

 叔母の病気を目の当たりにした姉と私。いつか訪れる母のその日についても、どんな形にするべきなのか、今のうちにしっかり話し合っておかなければならない。
 仏教の家に嫁いできた母が望んでいる『🎵アメージンググレイス』の件についても・・・。

 


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