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罪と白色

小学生の時に、友人の弟が、砂糖を水に溶かした砂糖水のことを悪人ジュースと呼んでいた。甘いものは別腹理論が、糖分が満腹中枢を麻痺させるのであり、砂糖は麻薬です理論の実証だとすると、確かに糖分は悪人というかダークサイドを孕んでいるような感じがする。

まあそれを言い出せばスパイスだって麻薬なり媚薬の類であろうし、チョコレートだって媚薬やら催淫薬に使われていた時代もあるのだけれどもさ。


純白に生成され、不純物を削ぎ落としたものが、きな粉やらゴマやらに塗れて渾然一体となり、白く膨らんだ餅のカオスに取り込まれていく皮肉が私は逆説的に美しいと思うので、味付きのすりごまやきな粉よりも、ベーシックなそれに砂糖を振りかけることを望ましく思うのです。

白いものはうつくしいとある方がいっていたけれど、うつくしいからこそ闇やら汚れが寄ってくる皮肉も現実の写し鏡であり、不細工に生まれ育ち、イケメン美形は敵であるという価値観で過ごしてきた私も、ある時点からは与えられすぎた人は呪いを受けたようなものでもあるなと考えるようになりました。

マザーグースのきれいはきたないきたないはきれいだとか、光と影の関連性だとか、オセロの白と黒みたいなものでわかるように、うつくしい白色には双子のように汚れや闇が潜んでいる。混ざり合えば混迷のグレーとなるそれらを分つのは我々の勝手な意識なのかもしれませんね。

綺麗なもの、美しいものを求めてしまうのもまた罪のひとつだとするならば、人間の中にある原罪を黒色と仮定し、光を白色とするのもまた当然なことなのかもしれません。

なんて書きながら、白の美しさに負けぬほど泥の中の不透明さだとか、深海の暗さみたいなものにも惹かれてしまう私ではあるのですけれども。

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