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鎮守の森に近付くな

 今日、また「鎮守の森」が拡がる。3年前のある大雨の日、K地区の全域を「鎮守の森」が覆い尽くした。K地区の住民とは一切連絡が取れなくなり、調査に入った市の職員は一人も戻らなかった。行政はドローンなどで内部を調査しようと試みるも、鬱蒼とした木々が視界を遮り、状況が確認出来ないまま徒に時は過ぎた。その後、決まって大雨の日に「鎮守の森」は拡大し、ゆっくり、しかし着実に街を飲み込んでいった。「鎮守の森」からは一切の生き物の活動を伺うことは出来なかった。ただ一つ、「鎮守の森」が拡がる夜、大雨の中不気味に轟く祭囃子を除いては。

「お母さん、祭囃子が聞こえるよ。今日、また拡がるね。」

 彰は窓から外を覗きながら母に言った。秋本家は市営住宅の6階に住んでおり、昔は家の窓から街を一望することが出来たが、今となっては200メートル先にまで迫る「鎮守の森」が眺望の殆どを覆い尽くしている。

「多分今回は大丈夫だろうけど、次はここも飲み込まれるかもしれないね。」

 母は心配げに眉間に皺を寄せ、仏壇に目線を遣った。仏壇には彰の祖父母、そして妹の遺影が置かれている。3年前の「鎮守の森」拡大の際、祖父母と祖父母の家に遊びに行っていた妹が飲み込まれた。最初の1年間は父と母も生存の望みを捨てていなかったが、政府が公式に発表した「生存者0人」の声明を受けて彼らの死を受容した。が、彰自身、今になっても諦めきれていなかった。せめて、自分が妹だけでも助けにいけたなら、と。

 その晩、彰は夢を見た。彰は森と道路一本隔てた場所に立っている。祭囃子が響く中、祖父母、妹、親しかった友人、「鎮守の森」に飲まれた皆が森の中から笑顔で自分に手を振っている。こちらに何か叫んでいるが、祭囃子に阻まれて上手く聞こえない。彰が彼らのもとへ近付こうと森の中へと足を踏み入れようとした瞬間、彼らの叫んでいる言葉が彰の耳に届いた。

「鎮守の森に近付くな!!」

【続く】

#小説 #逆噴射小説大賞2019 #ホラー

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