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ひとり出版社をつくる⑩「トランスビュー」

2020年3月18日、新型コロナウイルスの影響で空きの目立つ新幹線に乗り込んで東京へ。

目的は、出版社のトランスビューさんに訪問するためです。

トランスビューは取次会社を介することなく、自社の本を書店に直接販売されている出版社です。従来からの「出版社→取次→書店」というルートではなく、トランスビューのように「出版社→書店」という流れで書籍を届ける方法を「直(ちょく)取引」といいます。

トランスビューの特徴は、直取引のしくみを他の出版社にも提供されていること。

出版社が直取引をしようとすると、書店の対応から本の発送、在庫管理まで、ぜーんぶ自社でやらないといけません。人員と予算を確保できるのならまだしも、これからぼくがやろうとしているようなひとり出版社の場合はきっと簡単ではない(ましてぼくの場合は生活環境的にも課題がある)。

直取引に希望を見出しているけれど、現実的には自分ひとりでは対応できない感じがする――そんな小規模出版社の経営者にとって、トランスビューの取り組みは期待がもてます。

ということで、トランスビューの代表・工藤さんにお話を伺ってきました。

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結論をいうと、ぼくの課題がクリアになり、具体的にひとり出版社をはじめられるのではないかということです。このしくみを生み出し、他社に提供されている工藤さんという方はすごいなと思いました。

(ちなみにトランスビューの取引代行は出版社のためというより、書店の粗利を増やしたいという思いからスタートしたそうです。現状、書店の粗利は30~32%。取次を経由する際に生じるコストをまずは書店に還元し、契約出版社、トランスビューも利益を享受できる素晴らしいしくみになっています」

具体的にどのような話をうかがったのか、しくみの根幹部分の内容はここでは差し控えます。

では、ぼくが抱いていた課題とは何なのか、それがトランスビューの取引代行のしくみを利用させていただくことで具体的にどうクリアになりそうなのか。

まず抱いていた課題とは「返品率の高さ」「売掛金回収サイトの長さ」の2つです。いずれも取次会社を介することで生じる課題です。

返品率の高さ

取次ルートで新刊本を出すと、小さな名もなき出版社の本でも全国の書店にまんべんなくそれなりにいきわたります(パターン配本)。小出版社にとってこれはすごいメリットだと思うけれど、その反面、書店にとっては「頼んでもいない本が送られてくる」状況になりかねないため(事前注文は別)、返品がどうしても多くなりがちになります(委託配本前提)。

刷り部数の多い新刊本を初速を利用してどーんと売るような場合は、一定の返品は織り込んだうえで全国の書店にどかーんとパターン配本するのもいいと思います。でも、刷り部数は多くはなくても、心を込めて編んだ本を、それを求める書店に丁寧に届けていきたいと思った場合、パターン配本ではいろいろと不都合が生じる気がします。

なかでもいちばん残念なのは、「その本を売りたい」と思ってくれる書店には届かず、「そんな本は売りたくない」と思っている書店に届けられてしまうこと。結果、前者の書店では機会損失が生じ、後者の書店では返品が生じます。

直取引は注文出荷制、つまり書店からの注文に応じて配本するしくみなので、「その本を売りたい」と思ってくれる書店に本を届けられます。一方、「そんな本は売りたくない」と思っている書店に届いてしまうことはたぶんありません。だって注文もらってないのだから。

トランスビューの取引代行は、書店からの注文であっても基本的には「委託」で配本するので返品は可能です。ですが主体的な仕入れである分、返品マインドが生じにくい。ようするに、大切に売り切ってもらえるだろう、ということです。

実際、トランスビューの契約出版社の返品率の平均は16~17%とのこと。出版業界全体では返品率は4割ともいわれているので、トランスビューの契約出版社の率は相当低いのは間違いないです。

その理由の一端は直取引にあるわけですが、もっと根本にさかのぼると、返品率が高くなりそうな本はそもそも注文があまり来ないとも。つまり結局は、いい本を出す企画力が出版社に求められるということです。

直取引にチャレンジするとは、その覚悟と自信が問われることである。工藤さんにお話を伺い、自分の胸に突き刺さった部分です。

売掛金回収サイトの長さ

新しく立ち上げた出版社が取次ルートで新刊本を委託配本すると売掛金を回収するまでに半年以上もかかるうえ、次作を出さないとその債権の一部が取次会社に保留されるといった厳しい財務処置がとられます(非難しているわけではなく、むしろ理解できます)。

そのほか、取次会社に卸す際の掛け率の条件が老舗出版社と新規の出版社とで大きく異なるといった問題もあるけど、掛け率以上に経営的に難しいと感じるのは、やはり売掛金回収サイトが超ロングという点です。

トランスビューの取引代行を利用すると、取次ルートの回収サイトと比べて感覚的には半分くらいに短縮される気がしました。実際にはそこまで条件が良くなるわけではないですが、売掛金の一部が保留されるというような措置もなく、財務的にはまだ健全かなという印象を持ちました。

もっとも取次ルート、直ルート、どちらを選択するにしても、売れるいい本を出して出版会社を継続させられるかどうかは自分の腕にかかっています。問題を他者にすり替えるのではなく、自分主体のスタンスに立たないと何ごともうまくいかないと思ってます。

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1時間くらいだーっと書いて、2500文字くらいになってしまいました。もっと端的に書いたほうがいいかもしれませんが、あえてだらだら目に書いてます。普段取り組んでいるビジネス書ではスパスパ展開しているので、その反動からか自分の文章では気が抜けます。すみません。

結論としては、繰り返しになるように、トランスビューの取引代行システムに参加させていただくことの可能性を感じたという点です。

ただし、あまり触れませんでしたが書店営業をどうするのかという悩みを抱えてます。これはぼくの生活環境に関わることなので深く触れませんが……。

それと最終的には、トランスビューさん、書店さんと志を共有できるような本を生み出していけるのか――この一点を強く問われた気がします。

帰宅の途につき、新幹線で仕事中にふと窓外に目を移すと、そこに富士山の雄姿がありました。何度も見ているはずなのに、この日はひときわ大きく、ひときわ近く感じました。冒頭の写真はそのときに撮った富士山です。

出版事業の実現が近づいてきているのかな、と思ったり思わなかったり……。

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