蔦屋書店 栞 いつもありがとう
あなたってば、サンドウィッチじゃないんだから。
読書中、手元にある物なんでも挟みたい問題。
少し読んで「あれ先にやっておくか」と思って顔をあげると、まずはページの間に指を挟む。きょろきょろと見渡して頭を掻いて「これでいいや」と側に紙切れがあればスイっとページに挟んで立ち上がる。
大した用でなければ、そのままを脇に挟んでその場を離れる。
レシート、はがき、お札、封筒。
こんなのは序の口。
コースター、ペン、タスクを書いたメモ、外袋を破ってない使い捨てメガネ拭き、布のメガネ拭き、書店でつけてくれた紙のカバーを外して挟む事もある。
そんな立体的な物を挟むと本が傷むだろうっ!!と、お叱りを受けそうだが、私にとっては本は『読んで知るもの』
なので、真剣に読んでいる時についてしまうシワや、折れてしまったページ、うっかり飛び込んでしまった蚊の跡なんかは気にしないので平気である。
でも、綺麗な丁重の本や、表紙が気に入っている本は汚さないように慎重に読んで飾る。
だが、大体は書いている内容が大切なので、本に対して無頓着な人間かも知れない。
私の相棒は本は「読み込み落とし込むもの」なので、気にせずガンガン付箋を貼ったり、マーカーを入れたり、思いつきを書き込んだりもする。
仕事の移動中に読むから、ページはよれる。
何度も何度も開きたいページには、しっかりと折り目のドックイヤー。
挟まない派。
貼って、折る派とでも言おうか。
そんな扱い!!と虫唾が走る人もいるだろうな。
でも、大切に大切に仕舞って日の目を浴びないよりは、ハードに正面から向き合って、付き合って、搾り取って、破れるまで側に置いてくれるのは、本としても幸せに思う。
相棒はアスリートの支援を生業にしている、サッカーマン。選手とチームの関係にも似ている。
私といる時も、ハードに私の脳内を駆り立て、向き合って、搾り取って、疲れ果てるまで討論してくれる。
多分、家に帰る時ちょっと私の頭皮は破れている。
そんな私達だが、絶対にしないことは、飲食のついでの読書。
なんでも挟んだり、マーカーするのに、本の間に食べ物が挟まったり、ページに油染みがつくのは許せない。
知識に払う敬意かも知れないし、私達をつないでいる価値観だとも思う。
大谷翔平のスプリットくらい話はそれたが、紙の本派を貫いていると、部屋に本が溢れかえってしまう。これを整理するのが正直億劫。
どれどれ、とりあえず今日は文庫本だけ、と本棚からごそっと抜き取り、ジャンルごとに分ける。
物語、エッセイ、その他。
そこから更に作者別と分けるのだが、こんな本読んだかな?と背表紙を読む。
ふんふんふん。読んだ、かもな?
ぱらぱらぱら。途中で、やめた?
本の真ん中より少し後ろ。起承転結の転のあたりの、一番面白いはずの部分に紙の栞が挟まったまま。
しおり紐を使わないから、何かが挟まっているところが分かりやすく終点。
途中で終わっているなら、つまらなかったんだろうな、だから記憶に残っていない。
私の気持ちや好みが変わっても、ここからはもう読まないだろう。
栞を外した。
次の本は、最後のページに挟まっていた、読了。栞を外す。
その次も、読了。読了、読了。
因みにだが、挟まっていないちゃんと抜いてある本もたくさんあるし、知識本なんかは1冊に5〜6枚挟まっていたものもある。
挟みたいシンドローム、忘れたくない、勿体無いシンドローム。
撤収!!
残念ながらお札は一枚もなかったが、紙の栞だけで51枚も挟まっていた。
これを抜いただけで短編一冊入るんじゃないの?
因みに蔦屋書店が圧倒的に多い。
ここは本を買うと会計の間にひょいひょいと、栞を入れてくれる。
よく見たら写真も違った。
出版社でなく、本屋の栞ってあんまり最近無いかも。カウンターにTake freeであっても、美術館や催事物の広告だったり、新巻案内だし。
広告のない広告と言いますか、本に挟むだけだけど洒落。そうゆうとこだぞ、蔦屋書店!
本の内容にばかり気を取られて、こんな身近なものを見落としていた。
知識を得て、視野を広げたく読んでいるのに、狭くなっている。これはいただけない。
せっかく沢山あるし、自分の読書スポットに数枚ずつ間配ってこれを期にしっかり活用しよう。
せっかく沢山頂いてるんだし、目につく場所に置いて、目についた物でなく、素敵な栞を挟もう。
数日に分けて単行本と積み本の整理も済ませ、一度読んだ本も改めてもう一度読みたくなって積み本に混ぜた。
これも読むかな、ここからが面白かったんだよな・・・あ、トイレ掃除しなきゃ忘れてた。
いや、反省ゼロかーい。
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