チャレンジャー・セールス・モデルにおける商談直結型指導のシナリオ作りの実際

1.顧客中心主義依存の弊害

某月某日とある企業の製造課長の元に初訪問した際のこと。
ひとしきり挨拶を終えた後、あなたは切り出した。
「なにかお困りのことはありませんか? 何でも解決しますよ!」
すると顧客である製造課長は少し考える素振りをした後、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「実は・・・隣の課の課長さんと仲が悪くて・・・何とか仲良くなれないものですかねぇ」

これはもちろん架空の話ですが、単なる絵空事と笑えない話でもあります。
実際、多くの商談も多かれ少なかれこのような「自社のソリューションや商品に繋がらない質問」を行うことで話が発散してしまい、結果顧客に自社サービス・商品の魅力を伝えきれずに終わってしまうことも少なくありません。
昨今「顧客中心主義」「顧客に寄り添った営業」が声高に叫ばれ、自社のサービス・商品を売り込むことが悪手とでもあるかのような風潮すらあります。無論、顧客のニーズや課題を無視して自社のサービス・商品を強引に売り込もうとするやり方では良いとは言えません。しかしながら完全受託開発のような案件では無い限り(それでも予算内での実現範囲など制限事項はありますが)、自社のサービス・商品を全く抜きにして商談を進めることは出来ません。

2.チャレンジャー・セールス・モデルによる自社の強みを活かした営業

その解決策の一つが「チャレンジャー・セールス・モデル」です。全ての商材に当てはまるものではありませんが、うまく活用することで自社の強みを最大限活かしながら成約に直結する営業を展開することが出来るようになります。

先般「チャレンチャー・セールス・モデル」の書籍の案内をした所、「全体の流れは理解したが、具体的にどうすれば良いのかわからない」というお声を頂きました。そこで今回はより具体的な進め方にフォーカスしてみたいと思います。

※「チャレンジャー・セールス・モデル」の投稿は以下になります。

https://note.com/trip_s/n/nb328997a9a76


「チャレンジャー・セールス・モデル」には「指導」、「適応」、「支配」という3つのキーワードからなる特徴的な商談の進め方があります。特に中心となるのは商談直結型とも称される「指導」です。如何に商談の序盤で顧客に対して、顧客自身が想像もしていなかった観点での「気づき」を与え、顧客の心を揺さぶることができるか、それによって以降の商談を主導的に進めることが出来ます。ここに「チャレンジャー・セールス・モデル」の成否が大きく関わってきます。

3.商談直結型指導のためのシナリオ作成方法

では、そのような商談を行方を大きく左右する「顧客自身が想像もしていなかった観点での気づき」はどのように見出せばよいのでしょうか?営業パーソンの中には多くの経験と知識、そして習熟されたスキルを備えることにより、事前の準備なく顧客との数度の会話の中で、それらを指摘し、商談を主導的に進めることが出来る方もいらっしゃいます。しかしながら大多数の営業パーソンはなかなかそうはいきません。そのため、事前に「気づき」に至るまでのシナリオ作りをする必要があります。
シナリオ作りは大きく3つのステップで行います。ステップを見て貰えばわかる通り、これは「商談直結型指導」を逆方向になぞる形で行います。つまり最初に提案の結論があり、その結論を気づかせるための質問を考える、という流れになります。

①自分たちしか提供できないベネフィットを見つけ出す

②ベネフィットが適用できる顧客の状況を想定する

③それらの問題をあぶり出すためのを考える

それぞれについて詳しく見てみましょう。

①自分たちしか提供できないベネフィットを見つけ出す
まず自分たちのサービス・商品により、顧客に対してどのような独自のベネフィット(顧客に対する価値)が提供できるかを整理・認識することが最初になります。このベネフィットを確定させるためのポイントは顧客が現時点であまり評価していないものに焦点を当てるのことです。ここが通常のマーケティングやいわゆる「顧客中心主義」の考え方と異なる点でもあります。商談直結型指導として顧客が思いもよらない新しい気付きを与えるためには、顧客の既存の考え方・知見を補強するのではなく、新しい考え方・知見を提供するものでなくてはなりません。
またそのベネフィットのインパクトについても十分に考慮する必要があります。「同業他社よりも相対的に大きい」程度ではなく、圧倒的に大きいもの、他社には負けないものであることが必要です。なぜなら最終的にはこれが顧客の問題解決のための提案となるため、「それだったら他社でも同じことができそう」「他社だったらもっと良い解決策がだせそう」という思いを抱かせてしまうと商談で主導権を握ることは出来ません。顧客に「御社に頼るべき・頼るしか無い」と思わせるだけのインパクトを持ったベネフィットを見つけることが必要となります。
そのようなベネフィットはすぐには思いつかないかもしれません。そのために、場合によっては営業部門だけでなく開発部門やマーケティング部門をも巻き込んで自社とは何であるかを徹底的に突き詰めて見出す必要があります。

ベネフィットが適用できる顧客の状況を想定する
①で考えたベネフィットが発生する顧客の条件、状況を考えます。全ての顧客、状況に当てはまれば最高ですが、必ずしもそのようにうまくいくとは限りません。むしろ全ての顧客に当てはまるようなベネフィットであれば顧客も既に適応済みか、あるいは認識出来ている可能性もあります。それでは顧客に驚きを与えることが出来ません。自社のサービス・商品によるベネフィットがどのような顧客に刺さるのか、事前に想定しておくことが重要です。

③ベネフィットに辿り着くための質問や考え方の提示方法を考える
最後に①で見出したベネフィットに辿り着くための質問や考え方の提示方法を考えます。これが「商談直結型指導」における「再構成」に相当します。
考えるポイントとしては、
「お客様がそのベネフィットを認識できていないのはなぜか?」
という点です。
それは従来からの常識かもしれませんし、慣習や思い込みかもしれません。いずれにせよ、それを顧客自身が気付くことの出来る状況を提供することが重要となります。

4.商談直結型指導のためのシナリオ作成の実例

商談直結型指導のシナリオとは具体的にはどのように作れば良いのでしょうか?2社の事例から考えてみましょう。
ここにA社、B社の2つの企業があります。どちらも業界特化のクラウド型業務管理サービスを提供しています。A社は業界の最大手であり、業務全体の管理を行う統合パッケージサービス、B社は新興のベンチャーで一部の機能に特化した業務管理サービスを提供しています。業界的には長年A社がトップシェアを維持していますが、昨今B社をはじめいくつかのベンチャー企業が機能特化型のサービスがリーズナブルな価格をウリにシェアを伸ばしており、A社のシェアは少しずつ侵食されている状況にあります。そのような状況の中で、この2社がそれぞれ「商談直結型指導」に基づきどのようなメッセージを作り出せばよいかを考えてみましょう。

4-1.A社のケース

A社は従来であれば「トータル・ソリューションを提供」「業務を一気通貫でサポート」などという謳い文句で営業を進めることが殆どでした。しかしながら、そのような文言は既に使い古されており、商談時にも顧客に特段感銘を与えるようなことはありませんでした。それどころか逆に他に特徴のないサービスとすら受け取られかねないような状況でした。

そこでA社は、現在多くの新興ベンチャーが手掛けている機能特化型のサービスでは実現出来ないような、新しい切り口でのベネフィットが無いか開発・マーケティング部門を含めて検討を行いました。
その結果、ベンチャーにはない統合パッケージサービスである強みを活かして『システム総費用でのコストダウン』が訴求出来るのではないか、という結論に至りました。利用者へのヒアリング結果などをまとめたところ、個別システムの導入は部分最適にはなるものの、業務システム全体で見た場合に、機能の重複やベンダーとのやり取りに掛かる人件費などから個別システムの積み重ねの方が結局コスト高になってしまうことが判ったのです。

これらの調査結果を踏まえ、A社は商談の冒頭に個別システムにおけるコスト構造を説明する資料を提示し、無駄コストが内在していることを示唆するメッセージとしたのです。更にA社は企業に対して、現状の費用算出を行う無料の診断セミナーも開催しました。
これらの取り組みにより、企業は自社の業務システムにおけるコスト構造を理解し、その改善策としてA社を利用する流れが自然に作られていきました。

A社における「気づき」に至るシナリオ作り
①ベネフィット:システム総費用でのコストダウン
②顧客の状況:部分的な業務システムを導入済みあるいは導入を検討している企業
③質問・提示方法:個別システムでのコスト試算を商談・セミナーで展開

4-2.B社のケース

B社は安価に業務システムを導入できるということで中小企業を対象にシェアを拡大していました。一方で中長期的な観点で見ると、同様に機能特化している競合他社もいる中でシェアが頭打ちになるのではないかという懸念点と、今後大手に適用するためには一部の機能だけではなく、業務全体をカバーできるような機能拡張をしていかないといけない、という社内主張もあり、社として今後どのような舵取りをすべきかという点で悩んでいました。

B社経営層としては、ここで機能拡充をしても今度はA社のような統合パッケージを持つ企業との競合となり、そうすると資金力・ノウハウの面でも太刀打ちできないだろうと判断しました。そこで現状の業務特化の中で競合他社に打ち勝つシナリオ作りを行うこととしました。

業界出身者でもある創業者が強く感じていた、特定業務の非効率性を改善した自社の業務システムはその業務領域においてはトップクラスの性能であると自負していました。事実それを魅力に感じて顧客がついていることも事実でした。ただそこには新たな驚きはなく、コスト競争で負けてしまう例も少なくありませんでした。

そこでB社は、直接自社の商品を売ることに拘らず、「特定業務領域における専門家集団」として企業の業務コンサルティング支援を行うことをアピールすることとしました。もちろんその実現にあたり業界出身者である創業者自らか営業・マーケティング部門に研修・指導を行いました。
その後、そこで身につけたスキルを元にB社社員はセミナー・相談を開き、参加企業に対して当該業務における非効率性と改善の方向性を説き、要望の出た企業に対しては個別訪問し具体的な業務の改善を行いました。それらは参加企業からすると非常に魅力的でしたが継続的に持続することが難しいものでした。そこでB社の社員は最後に案内をしました。「自社の商品を使うことで、今回の改善された業務プロセスを継続的に運用することが出来ますよ」
最終的にB社の商品は後発でより安価なサービスが出てくる中にあって、順調にシェアを伸ばし続けることが出来ました。

B社における「気づき」に至るシナリオ作り
①ベネフィット:特定業務における業務最適化のコンサルティング力
②顧客の状況:当該業界における企業全般。特に当該業務が未整理・未成熟な中小・ベンチャー企業
③質問・提示方法:セミナー・相談会による概論説明と個別訪問によるコンサルティング

5.終わりに

いかがでしたでしょうか?前回の投稿でも記載したように、「チャレンジャー・セールス・モデル」を自由に駆使できるようになるには相応の準備と訓練が必要となります。本投稿がその中核部分となる商談直結型指導を行うためのシナリオ作りについて少しでも参考になれば幸いです。

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