不況下でも高い営業成果を上げることのできる営業手法「チャレンジャー・セールス・モデル」とは?

著:マシュー・ディクソン、ブレント・アダムソン

本書は、4年間に渡り90社6000人もの営業パーソンを調査することで見えてきた「不況下においても高い成果を上げることのできる営業手法」を体系的にまとめた良書です。コロナにより営業活動に逆風が吹く今こそ「チャレンジャー・セールス・モデル」の導入を検討してはいかがでしょうか。


どういった営業に向いているか

「チャレンジャー」型営業は、その全てを実行することで継続的に高い営業成果を上げることが出来ます。特に取り扱う商品・サービスが単体機能ではなく複雑なものであるとより顕著になります。逆に単機能商品などの場合には、それ程優位性が見られなくなります。
また、「チャレンジャー」型営業を行うためには企業や組織をあげての仕組み化を伴うためそれなりの工数や期間を伴います。
そのため、「チャレンジャー」型営業は、以下の状況が当てはまる企業・事業において特に高い効果を発揮します。
・法人を対象とした営業(B2B営業)
個人に対する営業(B2C営業)ではなく、法人を対象にビジネスを提供する場合。
・商品・サービス導入時に複数部門や経営レベルの承認が必要
導入に寄る影響範囲が複数部門に及んだり、導入金額が高額であるなどの理由で、導入にあたり顧客側で複数部門や経営レベルでの承認が必要であり、顧客に対する組織攻略が求められる場合。
・市場の黎明期や高付加価値などにより市場価格よりも高額で提供している
市場に類似の商品・サービスがない、あるいは同様の商品・サービスはあっても高付加価値などにより市場価格よりも高額で提供しているなど、顧客に商品・サービスやその価格の妥当性を理解して貰うのに困難を伴う場合。
・営業パーソン間で売上のばらつきが大きい
ハイパフォーマーと平均的な営業パーソンの間で数倍以上の売上の差異が発生するなどの場合。

以下は本書の要約になります。

営業のタイプ分類とパフォーマンスとの相関

調査の結果、営業は5つのタイプに分類できるとしています。

・チャレンジャー(論客タイプ)
・ハードワーカー(勤勉タイプ)
・リレーションシップ・ビルダー(関係構築タイプ)
・ローンウルフ(一匹狼タイプ)
・リアクティブ・プロブレムソルバー(受動的な問題解決タイプ)

この5つのタイプの中で、ハイパフォーマーの比率が最も高いのが「チャレンジャー」タイプの営業パーソンでした。逆に一般的に良いとされる「リレーションシップ・ビルダー」タイプの営業パフォーマンスはハイパフォーマーの比率は低くが、平均的な営業成果の割合が最も高い結果となりました。
特にこれらの傾向は製品が単体機能ではなく複雑なものであるとより顕著になります。逆に単機能商品などの場合には、それぞれの営業タイプに際立った優位性が見られなくなります。

「チャレンジャー」型営業の3つの特徴「指導」「適応」「支配」

「チャレンジャー」型営業には3つの特徴があります。

1.差別化のための「指導」
2.共感を得るための「適応」
3.営業プロセスの「支配」

その中でも特に「チャレンジャー」型営業を特徴づけるのが「指導」です。「チャレンジャー」型営業では、顧客との関係性構築やニーズを引き出すことに重きを置く他の営業タイプと異なり、顧客の市場競争力アップのための知見「インサイト」を提供することに重きを置きます。

このことは、著者らが顧客に対して行った調査結果からも理にかなっています。サプライヤーの差別化要因として考えるものに関する調査結果によると顧客はブランド・製品、サービスといった要素の合計以上に、”市場に関する独自の価値ある視点の提供”や”継続的なアドバイスの提供”といった「営業体験」を求めていました。

この一つ一つが、顧客は何かを買いたいのではなく何かを知りたいのだと示している。彼らは、どうすればコストを削減し、売上を増やし、新しい市場に進出し、リスクを軽減することができるか、そのヒントを売り手から授けてもらいたいと望んでいる。

これらのことを、インサイトとして提供することが「チャレンジャー」型として重要な働きになります。ただし、顧客の事業上の重要な知見を提供した結果、その知見を元に競合他社とビジネスを進められると元も子もありません。そのため競合他社にはなく、自社のビジネスに直結する指導「商談直結型の指導」を行う必要があります。

1-1.商談直結型の指導

商談直結型の指導には4つのルールがあります。

①自社ならではの強みにつながること
どれだけ優れたインサイトでも自社のビジネスに繋がらないものは意味がありません。問題提起を行う場合には自社の商品・サービスで解決可能なものを対象とする必要があります(そのため予めインサイトは自社の事業をベースに想定しておく必要があります)

②顧客の仮説を覆すこと
指導は顧客の思いも寄らないインサイトである必要があります。そのため提示した時に「そう思っていました」「やっぱりそうですよね」などのように想定範囲内の回答を得られるようではインサイトとしては不十分です。「そんなこと考えたこともなかった!」顧客の驚きを引き起こせるようなインサイトこそが相手の興味を引き、商談を主導的に進めることが出来ます

③行動を促すこと
どれだけインサイトが優れていて、顧客が興味をそそられていても行動に移さなければそのインサイトはたちまち風化してしまいます。重要なことは行動を移さなければならない必要性・必然性を顧客に理解させることです。そのためにはそのインサイトを行動・実行することが如何に重要かをデータで示すことです。

④他の顧客への拡張性があること
顧客が思いもよらずかつ競合他社に競り負けないようにするためには、組織を挙げて時間と手間を掛けて少数の強力なインサイトを練り上げる必要があります。そのためそうしたインサイトは1社だけに当てはまるものではなく、周りの顧客にも適用可能な汎用性の高いものであることが規模の拡張や、営業パーソンの習熟度の観点からも望ましいものになります。

これらのルールを踏まえ、商談直結型の指導の具体的な進め方を見てみよう。

1-2.商談直結型の指導の進め方

商談直結型の指導は6つのステップで構成されています。

①地ならし
目的:顧客との信頼関係を築く(役に立つ存在と認めさせる)
アクション:仮説に基づき、顧客のニーズに合致する課題やチャンスの事例共有を行う

②再構成
目的:意外な着眼点で顧客の不意を突き驚かせ、もっと話を聞きたいと思わせる
アクション:新たな知見「インサイト」の提供
付記:その場での思いつきで指摘することを想定するのではなく、顧客の情報などから事前に考えておくこと

③裏付け
目的:「再構成」の必要性・有効性を認識して貰う
アクション:課題やチャンスの大きさを定量的に示す
付記:自社のソリューション・商品による期待効果ではなく、あくまでも課題やチャンスの大きさについて述べる

④心をゆさぶる
目的:顧客に当事者意識を持たせる
アクション:課題解消やチャンスをものにした事例を示す
付記:事前に会社・事業内容を把握しておき、状況的に当てはまる事例を用いる(自分のところは違う、と思われるようだとNG)

⑤新しい方法の提示
目的:課題解決やチャンスをものにする方法について納得して貰う
アクション:課題解決策やチャンスをものにするための方法の提示
付記:あくまでも解決方法であり、具体的な商品・サービスには言及しない

⑥ソリューションの提案
目的:⑤の方法を他社よりもうまく提供できることを理解して貰う
アクション:ここで初めて自社の商品・サービスと関連の提示を行う。

この一連の流れにおいて最も重要なステップは②再構成です。ここで如何に顧客自身が気づいていない、しかも顧客にとって(プラスあるいはマイナスの)インパクトが大きいアイデアを提示できるかが商談の成否を左右します。

2-1.ステークホルダーから共感を得るための「適応」

先の商談直結型の指導により、相対する顧客に対して驚きと高い納得度を持って受け入れられることが可能となります。一方で、商品・サービスが複雑なものになるに従い、それらに関与する顧客側のステークホルダーも増えるため、営業パーソンは顧客の幅広い社内関係者に対するコンセンサスを得る必要が生じます。特に意思決定者に営業を与えるキーマンである「インフルエンサー」を見つけ出し、彼ら・彼女らの支持を取り付けることが重要な働きとなります。

意思決定者がサプライヤーとの取引で一番気にするのは、そのサプライヤーが「社内で幅広く支持されている」ことである

2-2.「チャレンジャー」型営業におけるインフルエンサー、意思決定者との関係性

従来、営業パーソンは顧客企業の幹部にアプローチするために時間や経費、労力を払ってきました。その中では顧客内のキーマン=インフルエンサーは社内の情報提供者であり、営業パーソンはそこで得た顧客情報を元に意思決定者に営業をかける、という流れでした。
しかし「チャレンジャー」型営業では、営業パーソンはまずインフルエンサーと接触しインサイトを提供します。そこでインフルエンサーの支持を取り付ければ後はインフルエンサー自身が意思決定者に口を利いて貰えます。インフルエンサーと意思決定者の繋がりの強さを活かすことで商談をより優位に進めることが可能となります。
これにより営業パーソンは従来よりも多くの顧客のステークホルダーと話をする必要が生じます。業界や企業の状況を踏まえるだけではなく、一人ひとりのビジネス上の役割や懸念事項、達成したいと考えている個人目標・目的に「適応」したメッセージを使い分けることで、多くのステークホルダーそれぞれから共感を得ることができるようになります。

3-1.営業プロセスの「支配」

「チャレンジャー」型営業における特徴の3つ目が「支配」です。「チャレンジャー」型営業では、お金の話をいといませんし、顧客から割引や条件の緩和などの要求に対しても丁重にはねつけることができるなど、商談を主導的に進めることができます。また顧客が意思決定をためらう場合においても、目先の関係維持にとらわれず顧客にプレッシャーを与えつつ先に進めることが出来ます。
「支配」は商談の終盤での条件交渉のタイミングに限った話ではありません。むしろ商談冒頭において一層有効に機能します。それは例えば商談の終わりに「購買決定に関わる幹部クラスの方にいつ会わせて頂けるのか」と問うことで、顧客がインサイトだけ受け取り商談最後に一番安い業者から買うという行動を防止することができるようになります。

3-2.支配を可能とする「提供価値への自信」と交渉テクニック

「支配」は商談直結型の指導と密接に関係します。営業パーソンはインサイトによる顧客への提供価値に絶対の自信を持つことではじめて、安易な情報提供や一方的な値下げに対してNOを突きつけることが可能となります。
また、顧客との会話において要求をそのまま鵜呑みにするのではなく、要求の真意や顧客の価値観を再確認する行為を経て顧客との間で提案内容をより顧客の優先度・価値基準に合わせてカスタマイズするのも「チャレンジャー」型営業として求められる交渉テクニックです。

4.「チャレンジャー」型営業を実現するために

「チャレンジャー」型営業の要となる「インサイト」や顧客一人一人に「適用」したメッセージの作り込み、あるいは営業プロセスで主導権を握るための交渉術など、営業パーソンの個人がその場で思いつけるものではありません。そのためこれらは企業・組織が一丸となって時間と手間を掛けて練り上げていく必要があります。
特に強く求められるものが「マーケティング部門によるインサイトの策定」「営業マネージャーのスキルアップ」とになります。

4-1.マーケティング部門によるインサイトの策定

「インサイト」策定にはマーケティング部門の協力が欠かすことが出来ません。会社独自のベネフィットを明確にし、顧客の「常識」を覆すようなインサイトを生み出せるのは、その専門知識、ノウハウ、ツールなどからマーケティング部門が最適であり、一方で、インサイトを元に顧客一人一人に適応したメッセージの作り込みやそれらを踏まえた顧客に対する主導的なやり取りは現場に立つ営業部門にしか出来ません。マーケティング部門は顧客の事業環境や競争環境が目まぐるしく変わっていく中で、「インサイト生成マシン」として継続的に顧客を引きつける質の高い指導用資料を営業部門に共有し続ける役割を果たしていく必要があります。

4-2.営業マネージャーのスキルアップ

営業パーソンを「チャレンジャー」型営業として育てるためには、マネージャー自身も「チャレンジャー」型営業としての能力を身につける必要があります。加えて、営業マネージャーは営業パーソン一人ひとりの行動特性・課題に合わせたコーチングと、営業上の課題解決を行う営業イノベーションの能力が求められます。営業イノベーションでは、営業パーソンからの情報を元に顧客の状況を調査し、新たなソリューションを創造し、成功事例を広く社内に共有することで実現します。

おわりに

「チャレンジャー・セールス・モデル」は、導入にはそれなりの期間や工数、組織を挙げての対応が必要となります。そのため全ての営業組織や営業パーソンが即導入すべきものはなく、自社で導入すべきかどうかきちんと見極めることが必要です。しかしその考え方や顧客へのスタンスには活用できるものも多く、B2B営業に限らず全営業パーソン、あるいは営業以外の職種の方々にもぜひ読んでいただきたい一冊です。

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