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#4【雑記・たかが類義語されど類義語】

 世の中に似たような意味の言葉は幾つもあるがどれも微妙に違う。しかしその違いがあまり意識されず時に間違って使われているように見受けられるので、今回はその中でも自分の中では区別しているものを紹介したい。そして読んだ暁には、ぜひ同じように似たような意味の語と言えど区別して使えるようになってもらいたい。

「優しい」/「親切」

 どちらも敬愛や友愛を意味する表現であるが、私が両者に区別をつけている点は「(対象者に)厳しく在れるか」である。では、もう少しかみ砕いて説明すると、「(その人の為を思って)干渉しない」といえば分かりやすいだろうか。私見では「親切」は「優しい」の部分集合であり、「優しい」の集合の輪の方が大きいのだ。
 例えば、友達といえど言うべきことは言うことができる人は「優しい」人であり、反対に友人を気遣って手助けできる人は「親切な」人だ。
 私自身両者を完全に区別して使い分けきれているかと尋ねられれば怪しいところもあるだろう。状況によってはその人を形容するにあたりどちらでも大丈夫なことはままあるのも事実だ。しかし、きちんと区別がついていないと誤解を生みかねないし釈然としないのも事実である。

「批判」/「非難」

 「非難」は「難しく非ず」と書くだけあって簡単である。「非難」というのは感情的に自分の考えを捲し立て相手に一方的に押し付ける事であり、「批判」というのは論理的に自分の考えを説明し同時に相手を理詰めすることである。
 案外この二つが勘違いなのか正しく理解されていないのかどちらにせよ、「批判」の看板を背負った「非難」が大変に横行しているように思われる。一見見分けがつかないのも性質が悪いので注意が必要だ。

 読んでいて納得できるできないはあった事だろう。ぜひこの記事を読んだ人には今一度自分の中で概念を咀嚼し直し新たに再定義する喜びを味わってもらいたい。また、自分はこれらの言葉をこのように使い分けているというのがあればコメントして頂ければ嬉しい。
*書き始めた時幾つか案があったのだが忘れてしまったので思い出せば随時書き加えていく。

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