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香りと京都の友人

開け放った窓から微風が入り込み、和室の仏壇から白檀の抹香がふんわりと漂ってくる。

この抹香は香りにうるさい京都の友人が送ってくれたものだ。何せ、休日の殆どはお香の店で過ごすというぐらいだから、相当のこだわりがあるのだと思う。

実は私も大学時代に香道を学んだことがあるが、香りを嗅いで種類がわかるような高尚な鼻を持っていなかったため、名前を当てることよりも、純粋に香りを楽しむためだけに参加していた。その時使っていた源氏香の図は今でも大切に持っている。

大学時代、そして社会人となってから、学内や職場で女性とすれ違えば、ブルガリだイヴ・サンローランといった高級メーカーの香水と思しき香りがあちこちで漂い、それこそ、瑛人の『香水』の歌詞の如く、相手の印象とブランドの香りが一致するほどのインパクトを与えていたように思う。
そのような流行に敏感な女性たちのいるなか、私は白檀の香を家で焚き、その香炉の近くに翌日身に付けるシャツやジャケットを掛けて、その厳かな香りを楽しんでいた。何故か私には外国製の強い香りが鼻に馴染まず、仏壇やお寺で漂うお線香や抹香の匂いの方が好きだったのである。

「香りってな、人柄が出るねん」

京都の友人がポツリとそんなことを言った。

「そうなの?」
「香りの趣味って音楽と同じや。一人一人、恋愛や部活動とか、音楽の中に青春の思い出があるように、香りの記憶っちゅうのも、ほんまに千差万別でなぁ、人と重なるところがないわけ。曖昧なものなのに、何故か過去の記憶の匂いを鮮明に覚えておるんや。この間、うちがお香買いに出かけたら、東京から来たどっかのおじさんが、『この香り、昔付き合っていた人から漂っていた匂いだ」と言って、伽羅の種類を買っていったわ。いつまでも思い出の香りは身体の中に残ってる」
「よく、おばあちゃんの鏡台の香りみたいな懐かしい香りだと言うけれど、そんな感じ?」
「せやなぁ。おばあちゃんの鏡台の香りっていう表現もなんやかなぁ思うねんけど。まぁ、そんな感じや」

私の香りの記憶。
祖母の家のお線香と、蚊取り線香の混ざり合った香り。
父が祖父の月命日に焚く抹香の香り。
母のクローゼットから漂うジャスミンの匂い。

記憶に呼び起こされるのはアジアにまみれた香りばかり。

「な、eveの香りの記憶は和ばっかりやったやろ」
「勝手に人の頭の中を"視ないで"くれない? でも、その通り、和にあふれてるかも」
「その香りをもたらしてくれはった人が、eveにとってホッとできる人たちということや。それがeveの原点」

そっか。
香りの中の私も、やはり家族の中に生きていたんだ。

「ところで、〇〇ちゃん(京都の友人の名前)の香りの原点は? どんな香りが好き? いつも着物から良い香りするよね」
「うち? そんなの、ひ・み・つ」
「ちょっと! 人のばっかり分析して、自分のを教えてくれないなんて酷ーい」
「あかん、これはプライベートな話や」
「わ、英語使った!」
「なんや、プライベートぐらいの英語使うやろ!」

秘密主義の、ミステリアスな京都の友人はやはりどこから見ても、何をとっても謎に満ち溢れていた。

(完)


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