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「さらばエチオピアー日本人との出会いー」アフリカ縦断の旅〜エチオピア編⑰〜

 2018年8月27日午前7時、最悪の宿から脱獄した私たち。長らく私たちのガイド以上の役割を果たしてくれたジョンと今日でお別れ。借りていたお金を返済し、何度も頭を下げました。そしてシャワーを浴びるため、別の宿を探すこと30分、ようやくシャワー付きの宿を発見した私たち。昨晩の宿より狭く、監獄感は否めないものの、水が出るだけで十分でした。しかし、そこにあったのは、オブジェと化した蛇口。もちろん、水が出ることはありませんでした。話が違うと宿のスタッフに掛け合ったところ、雨水が溜まった大きなポリバケツの前に案内されました。私たちはこれを受け入れるしかありませんでした。枯れ葉や虫の死骸が浮いた水を全身に浴び、これがシャワーだと自分に言い聞かせました。

「(今晩までや、この生活に耐えるのは。)」

 そうです。私たちは明日の朝、このコンソの街を離れて、ケニアに入国する予定でした。偶然にも宿から徒歩5分にあったバスステーション。狭い砂利の駐車場に、所狭しと並べられた大型バス。訳のわからないバス会社の名前が、受付に名を連ねていました。しかし、受付には誰もいない様子。10分ほど待ちましたが、何の音沙汰もありません。

「ここの受付はいつ開くんですか?」

「分からんよ。まぁでも昼頃には、いつも誰かいるよ。」

 近くに居合わせたおじさんから、力無いアドバイスをもらった私たち。

「あんなけバスあったら、いつか開くよ。もうちょっとケニアについて調べたいし、しばらく宿で待機するか。」

 受付が開くことを信じて、宿に引き返した私たち。携帯を使うため、宿の受付嬢の元を訪ねました。

「Wi-Fiのパスワード教えてもらえますか?」

「あー・・ごめんね。うちはWi-Fiないのよ。」

「マジで!?!?!?」

 水も出なけりゃ、Wi-Fiも飛ばしてない。せめて何か1つ手に入れたかったとは思いましたが、あらかじめ聞いていなかった私たちの落ち度。仕方ないので、Wi-Fi探しの旅に出ることになりました。相変わらずインジェラしかメニューがない隣のレストラン、カロ族に行く際に荷物を預けていた宿、昨晩宿泊した監獄、街にある謎の建物。工事現場、向かいの仮設トイレ、ポリバケツの中。そんなとこにあるはずもないのに。

「いや、ほんまにどこにあんねん!」

 とある村人の話によると、このコンソの街にはWi-Fiが使える場所が1つしかないとのこと。私たちは携帯で地図アプリを開くと、彼が指差したのは何とほとんど森の中にあるカフェ的な場所。半信半疑ではありましたが、確実に何らかの建物があることだけは理解できたので、そこへ向かうことに。

 少し距離があったので、トゥクトゥクのような乗り物で移動。コンクリート舗装は徐々に、緑の道なき道へと変わっていきました。

「この先は徒歩でしか行けないよ。10分ぐらい歩けば着くはずだから。」

「(そんな辺鄙な場所にWi-Fi、というよりカフェって需要あるん?)」

 とは思いましたが、地図を見ればこの先の森をしばらく歩けば着きそうな予感。すでに緑に覆われている私たち。身をかがめたり、横歩きになったりと、靴を汚しながら森の奥へと進んで行きました。そして、ようやく見えてきた謎の建物。人の姿もちらほら見られました。

「おぉ、ほんまにあったんや!来てみた甲斐あったなぁ。」

 しかし、そんな安堵も束の間。

「ちょっと君たち勝手に入らないで!」

 門番のような男性の大声で、一気に高まる緊張。

「えーっと、ここにWi-Fiがあるって聞いたんですが、、、」

「入りたかったら1人500ブル払わないとダメだ。」

「(まさかの入場料とられるん!?てか500ブルて2000円やで?高すぎへん?)」

「えーっと、何とかもう少し安くならないですかね。」

「じゃあ、450!」

「もう少し、、、」

 と交渉が長引いている間に、目の前の男性の仲間であろう野次馬たちが次々と現れてきました。

「450?」「500!」「600!!」「1000!」

 まるでオークションのように、アジア人2人組から現金を巻き上げようとする彼ら。

 カンカンカーーーン

「821番の方、1500ブルでハンマープライスです。」

 落札が決定し、満面の笑みを浮かべながら近づいてくる、金の装飾品をジャラジャラと身に纏った大柄な男性。彼のゴツい手が伸びて来ましたが、アジア人の小さな手がそれを振り払いました。

「おぉっとこれは下克上の一手か!」

 戦闘の意思などは毛頭ないようで、すぐさま背中を向け、森の中を駆け出すアジア人2人組。

「これはまさかの事態です。出品者が脱走しました!」

 追いかけてくる者、慌てふためく者、大声を荒げる者。そんなオークション会場を尻目に、小回りが武器のアジア人は森の中を駆け抜けて行きました。


「いやぁ、危なかった。Wi-Fi使うだけで何千円も払ってられんよ。」
「明日の夜まで携帯使われへんけど、我慢しよか。」

 未だバスステーションの窓口は開いておらず、特にすることもなくなった私たちは、宿に戻り狭い部屋でくつろいでいました。

「うわぁぁああああ、日本人や、ほんまに日本人や!」

 まったりとした空間に凄まじい勢いで飛び込んできた日本語。

「もうエチオピアずっときつくて、ほんましんどかったんよ。日本人見かけたって聞いたから全力で走ってきた!いやぁこんなところで会えるとは!良かったぁ。日本語聞けて安心するわぁ。」

 私たちがリアクションを隙などなく、日本語はまだ発していませんでした。しかし、私たちから溢れ出る感情は同一のものでした。

 彼は私たちより2つ年上のY氏。北欧からずっと1人で南下してきて、3日前にエチオピアに入国したとのこと。ヨーロッパの人や文化と全く異なるアフリカ、特にその雰囲気がガラッと変わるエチオピアで、私たちと似通った洗礼を受けたようでした。そこで、今後ずっと1人よりも、所々で日本人と合流したいと思っていた矢先に、私たちがいることを現地人に教えてもらったとのことでした。

「僕らも嬉しいです。初めての旅で、アフリカ大陸を選んだので、もう何が何かさっぱり分からずで。しかも準備不足も準備不足。めっちゃ不安でしした。旅の大先輩と行動できるなんて心強いです!」

 ようやく私たちも同じ気持ちであると伝えられました。そして、久しぶりの日本語での会話に、しばらく話が止むことはありませんでした。どうやら彼のこれからのルートと日程は、私たちが予定しているものとほとんど一致しているらしく、今後数週間は3人で旅をすることになると予想されました。

「明日モヤレに行こうと思ってるんやけど、どうかな?」

「僕らもちょうどその予定でした。でも今チケット買えないみたいで。」

「いや、さっき人だかりできてたから、たぶんもう窓口開いてるよ。」

「(早速、頼もしいなぁ。ジョンといい、Y氏といい、出会いに恵まれてる。)」

 3人で歩くこと数分、先ほどまで閑散としていた場所が、賑わっているのが見えました。

「明日の朝、ここからケニアとの国境、モヤレに行きたいんですが、バス出てますか?」
「あぁあるよ、3人分で大丈夫?」
「じゃあそれで、お願いします。」
「はいよ。1人330ブル(当時約1300円)ね。」
「はい、じゃあこれチケット。明日の朝5時にまたここに来てくれよ。」
「分かったよ。ありがとう。」


 Y氏の驚くべき滑らかなやりとりに、自分たちの経験と知識のなさを痛感すると共に、この強力な助っ人がいる安心感と彼から学ぶ姿勢が整いました。

「今日はご飯食べて、ゆっくり寝るか。隣のレストランでいい?どうせインジェラしかないやろうけど。」

 Y氏もご存知の通り、この街にはインジェラ以外の食べ物が存在していない様子。彼の奢りに甘えて、久しぶりのアルコールで乾杯する私たち。Y氏と出会えた喜びからか、インジェラが美味しく感じ、最高級の酒のアテのように思えました。

 酒の場は盛り上がり、数時間話し込んで、そろそろ店が閉まる夜の9時。明日の長距離移動に向けて、疲労を回復させるため、宿に戻りました。Wi-Fi、水の出ない蛇口、汚い部屋。もはやそんなことはどうでも良くて、ただY氏との新しい旅を心待ちにしていました。

 狭い部屋で目一杯の大の字になり、私たちは眠りにつきました。

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