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「災難ってモンはたたみかけるのが世の常だ、という言葉は真実だ」アフリカ縦断の旅〜エチオピア編⑮〜

 2018年8月26日お昼過ぎ、カロ族の住むゴルチョ村を出て、しばらく経過したものの、未だに獣道をバイクで走っていた私たち。いつの間にか、もう1台のバイクとはぐれ、明らかに初見の道を、減速しながら運転するジョン。私たちは完全に迷子でした。何度も人に道を尋ね、何度も行き止まりにぶつかり、やっとの思いでトゥルミに到着。ジョンによればここから最終目的地、コンソまで直行のバスに乗れるとのこと。しかし、降ろされた場所はずいぶん手前の街、ディメカ。肩を落としながらも、次の経由地であるカイヤファール行きのバスを待つことにした私たち。乗り継ぎ失敗の申し訳なさから、ジョンは私たちに食事と飲み物を振舞ってくれました。そしてバス到着と同時に、突然聞こえてくる怒号。目の前で始まるエチオピア人男性2人の喧嘩。怒鳴り合うわ、殴るけるわで、最終的には岩を投げつけられた男性が倒れる始末。危うく巻き込まれそうになりながらも、まだ準備中のバスに飛び乗りました。発車したバスの窓からは、立ち上がって再戦する男性2人の姿が。倒れていた男性が生きていたことに安堵する一方で、私は旅の移動が過酷であることを、改めて痛感していました。

「(頼むから、途中で降ろさないでくれ。)」

 そう願いながら、カイヤファール行きのバスに揺られ、眠りにつきました。どれほど時間が経ったのか、ふと目が覚めた私。カーテンの隙間から、差し込んでくる夕日。時刻はすでに6時を指す頃。

「(もうこんな時間かぁ。)」

 あくびをしながら、ぼーっとしていると、どうやらバスが停車した様子。

「着いたよ。カイヤファールだ。」

 大きく背伸びをして、荷物を背負い、ゆっくりとバスを降りた私たち。行きのカイヤファールで経由した、あのバスターミナルとは、異なる場所。大きな砂地の道路沿いには、いくつかの建物。外はまだ賑やかな様子。ちらほら見られる子供たちの姿。

「(何かこの場所の雰囲気好きかも。泊まっても良さそうやけど、粘りたいよなぁ。ここからコンソまで約3時間。今から行ったとしても、着く頃には真っ暗か。そもそも行く手段はあるんか?)」

「ジョン、ここからどうする?」

「残念ながら、もうバスはないんだ。移動するとしたら、ヒッチハイクになる。でも、日没も近い。宿は案内できるよ。泊まるなら、明日の朝出発だね。」

「ヒッチハイク!!!」

 エチオピアの初夜とカロ族訪問によって、未知の循環を知った私にとって、この何も上手くいっていない状況は、興奮材料の1つとなっていました。また、日没までの時間、交通量、運次第の移動、この街の雰囲気、ジョンという後ろ盾、無一文の私たち。考え得る要素を天秤にかけた結果、即座にこの答えが導き出されたのです。

「日が落ちるまで粘ってみようか。この時間だと長距離移動のトラックが通るはず。そこに期待しよう。」

 私たちの提案を快諾してくれたジョンと共に、3人でヒッチハイクスタート。通りがかった車に、全て声をかけていく私たち。しかし、コンソまでは行かない車ばかり、そして時間と共に減っていく交通量。

「(後30分も続けられへんな。)」

 若干の焦りが見え始めたその時、1人の男性が声をかけてきました。

「何してるんだ?」

 突然の声かけに驚いたものの、コンソまで移動したい旨を伝えました。

「なんだそれ、楽しそう!俺にもやらせてくれ!」

「(・・・は?)」

 予想外の返答に理解が追いつかない私。しかし、これを断る理由は一切見当たらないことだけは分かっていました。

「じゃあ、よろしくです。。。」

 そもそもヒッチハイクの協力体制に想像はつきませんでしたが、彼は私たち以上に積極的に車を止め、運転手に掛け合ってくれました。

「(言葉通じる人が増えたって意味では良かったのかも。)」

 しかし、徐々に暗くなっていく街。気付けば、あの協力してくれていた彼はいなくなっていました。

「(あの人も帰っちゃったか。だいぶ厳しくなってきたな。)」

 すると、向かい側の道路から、何人もの声が聞こえてきました。なんと、いなくなっていたと思っていた彼が、たくさんの仲間と共に帰ってきたのでした。陽気な彼らとなぜかハイタッチ。一変する場の空気。

「この感じ、なんかいけそうやん!」

 特にヒッチハイクについて作戦を立てるわけでもなく、各々が好きな場所に散らばって、ひたすらこの状況に盛り上がる、という構図。

「(メチャクチャやけど、何か楽しいからいっか!)」

 しかし、この方法が奇跡を呼んだのです。遠目からでも分かる大きな車。私たちを照らすヘッドライト。近づくにつれて、減速するトラック。そして、ゆっくりと路肩に停車しました。急いで駆け寄るたくさんの大人たち。祈るしかない私、の代わりに交渉してくれるたくさんの協力者。聞こえてくるコンソというワード。

「お願いします!!!」

 ついに訪れる歓喜の瞬間。異常な盛り上がりを見せる協力隊。言語が分からない私たちでも、コンソまで行けると確信しました。ジョンによれば、家畜移送の長距離トラックで、目的地がちょうどコンソだとのこと。

「よっしゃぁああああああ!!!」

 再びみんなでハイタッチ。すぐさま荷物をまとめてトラックに乗せる私たち。ヒッチハイクに失敗していたとしても、協力隊のことを考えれば、それはそれで良かったのかなと思いつつ、彼らに感謝してお別れ。

「狭いけど、大丈夫?」

「全然大丈夫です!ありがとうございます!お願いします!」

 とは言ったものの、車内にはすでに3人乗っており、運転席と助手席が2つ。すでにそこは埋まっている状況。荷物置き場も席と見なし、ぎゅうぎゅう詰めの5人を乗せて、何とかトラックは出発しました。運転手は私と同じ歳ぐらいの若者。助手席には歳の離れた上司が2人といった感じでした。ジョンを介して、カロ族に会ってきたことなどを話す私たち。乗せていただいてるのに申し訳ないな、とは思いましたが、先ほどのヒッチハイクテンションと落差を感じたのか、眠気が襲ってきました。ウトウトしながらも話を続けていたその時、若者が急ブレーキ。大きく揺れるトラック。驚いて目が覚める私。

「(事故った!?)」

 そう思ってキョロキョロしましたが、車内は至って変わらない様子。徐々にスピードを取り戻すトラック。

「・・・ん?」

 ジョンによれば、今走っている道は完全に舗装されている道路ではないらしく、いきなりデコボコした道路に変わる場所がいくつもあるとのこと。タイヤのパンク回避と家畜への影響を考えて、スピードを落として走らなければいけないとのことでした。

「それにしても、彼はスピード出しすぎてるけどね。」

 そう言われて、メーターを見ると針が指す70の数字。街灯がほとんどない、真っ暗な夜道。山を越える、カーブの多い、登りや下りの坂道。対向車とは決してすれ違えない道幅。眠気と戦いながら会話することに必死だった私は、そのことに全く気が付いていませんでした。

「こっわ。」

 その後も若者は、急発進と急ブレーキを繰り返し、ヘッドライトだけを頼りに70kmで夜道を駆け抜けていきました。眠気が覚めるどころか、まばたきさえもしたくないほど、バキバキに開く私の目。恐ろしさから会話も忘れ、小さく丸まって、何も見えない窓の外を見ていました。

 そのまま何時間耐えていたのか、いくつかの山を越え、ぼんやりと見えてくる街の明かり。舗装された道路。増えてくる建物の数。

「間違いない、コンソや。やっとコンソまで来れた。」

 しばらくすると到着したコンソの街。無事辿り着けた安心感と共に、なぜか溢れる懐かしさ。私たちが荷物を置いてきた場所で降ろしてもらい、お礼を言って彼らとお別れ。しかし、ここで重要なことに気が付きました。

「泊まるところないやん!」

 時刻は22時、当然ながら人がいる様子はありません。こんな時間にATMが使えるはずもなく、無一文のままの私たち。

「ジョン、この時間から泊まれる宿とかあったりする?」

「分からないな。とりあえず行ってみよう。」

 重たい足取りで15分ほど歩き、辿り着いた監獄のような宿泊施設。受付らしいところまで行くと、作業をしている1人のおばさんがいました。私たちを見るなり、怪訝な顔を浮かべる彼女。

「(夜の10時に、若者アジア人2人とエチオピアンおじさんの訪問やもんなぁ。そりゃそんな顔するのも納得。)」

「すいません。今から泊まりたいんですが、大丈夫でしょうか?」

「あぁ、空いてるからいいよ。パスポートは?」

 なるべく腰の低い態度を意識したことと、ジョンがいたことが功を奏してか、意外にもすんなり部屋を用意してくれました。

「ジョン、本当にありがとう。振り回してしまって、ごめんなさい。お金は明日必ず返します。ゆっくり寝てください。」

 ここまで付き合ってくれたジョンにお礼を伝え、お互いに別の部屋へと案内されました。

 外観はボロボロ。壊れた鉄格子。汚い床とベッド。鼻につく異臭。塗装の剥がれた壁。蛇口をひねっても水が出ることはなく、かろうじて電気がつく程度。もちろん風呂には入れません。あまりの不気味さに、私は壁にもたれかかって、寝袋を体に巻き付けて寝ることにしました。

 体に溜まった疲労を感じながらも、中々寝付けないまま、数時間が経過した頃。便意を催した私は、携帯のライトを頼りに、鍵のかからないトイレに入りました。他人の歴史が積み重なった便器の中。ようやく分かった異臭の正体。しかし、生理現象は避けて通れません。仕方なく、ここで用を足し、ハッとしました。

「紙ないやん。」

 いかにして処理するか、私は頭をフル回転させました。

「これしかないよなぁ。」

 ズボンを下ろしたまま、携帯のライトに頼ることなく、そそくさとバックパックに駆け寄り、取り出した日記用のルーズリーフ。そして、この硬いペーパーを持って、再び地獄のトイレへ。

「はぁ。災難続きが過ぎるやろ。」


「どんな夜過ごしてんねん!」

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