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旅行の醍醐味

インターネットが普及した今日、世界中のあらゆる場所を自宅に居ながら目にすることができるようになりました。そんな状況だからこそ、実際に現地に足を運び、経験を蓄積することが必要なのではないでしょうか。

見出しの写真は陸前高田市の気仙中学校です。10年前の東日本大震災で被災し、現在は震災遺構として保存されています。3階まで津波に襲われ、壁なども破壊されていることが写真からわかると思います。ここまでは現地に行かずとも、写真を見るだけで考えることができるでしょう。
しかし、現地の空気感や雰囲気は写真や言葉だけでは伝えきれません。

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私が陸前高田行った日は雨でした。天候のせいかはわかりませんが、人はおろか車すらほぼいませんでした。地盤の嵩上げを行う重機が置かれている空き地が広がり、家屋すらほぼない空間がそこには広がっていました。これが被災地・震災の現実か、と肌で感じ恐怖しました。これは実際に行って360度を見渡すことで初めて感じることができる経験です。実際に足を運び現地の空気に触れることで机上の知識ではなく、体験や理解という1段階上の経験になるのではないでしょうか。

もちろん、旅行の醍醐味はそれだけではありません。
現地でしか味わえない料理や、現地の人との出会いも醍醐味の一つです。

長野で迫らんばかりに繫茂する緑に囲まれ食べたキュウリの浅漬けや、島根で警察官に教えて貰い予定変更していった山口の瑠璃光院など、その場・その時だからこその経験や新たな知識を得ることができました。

旅行をすることが好きな人は、新たな経験や出会いを通じて人間としての厚みを増していくことになります(自覚の有無は別としても)。現地で感じた魅力をどう言語化するか、という点で思考力も磨かれるかもしれません。ただ旅行をすることも楽しいですが、そこで何を感じたか・どう考えたかを言語化するとさらに面白く記憶に残る経験になるのではないでしょうか。

訪れた偶然のタイミングが私のその土地へのイメージを左右することも醍醐味の一つでしょう。先述の陸前高田の場合でも、晴れた日の午前中ならばもしかしたら賑わっており、別の感想を抱いたかもしれません。実際に訪れた時に感じたイメージが、私にとってはその土地のイメージになります。あのタイミングではない時に訪れていたら他の感想を持ったかもしれませんし、同じタイミングだったとしても価値観や歩んだ人生が異なる他の人は違う感想を述べるでしょう。その偶然の一瞬の積み重ねが今の私を作っている、と考えると面白くないでしょうか。

地球上のあらゆることを手元で見ることができるようになりました。しかし、そんな社会だからこそ実際に足を動かし経験することの意義が増しています。スマホで見たことをあたかも経験したかのように感じても、あなたが見た情報には発信者のバイアスが必ず存在しています。これまでの経験を土台にあなたがどう感じるか、ということに意味があるのです。見たものにどう意味付けしていくのか、という点に旅行や経験の面白さがあります。

偶然の一瞬という虚像を見たのであっても、自分で見て感じることが重要であり、なおかつ面白さになるのです。
さあ、近所でも構わないのであなたも少し出掛けてみませんか?

それでは、ごきげんよう。

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