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ワイン会にて――先輩の言葉から学ぶ


先日、知人宅で開かれたワイン会でジュヴレ・シャンベルタンを飲んだときのことだ。私よりふたまわりほど先輩の参加者Aさんがこう話していた。
「ジュヴレ・シャンベルタンといえば、昔はもっと力強いワインだったの。でもいまはずいぶんと軽くなって、これがあの産地のワインだと言われても、どうも納得できないの……。だけどワイン造りの流行がそちらに向かっているのなら、もうそういうものだってことよね」

この言葉をきいてハッとした。ワインエキスパート資格試験教本ではフィサンの項に「ジュヴレ・シャンベルタンの隣だけあって、赤は比較的力強い」と書かれている。つまり、ジュヴレ・シャンベルタンは力強いワインを生む産地と認識されているし、自分もフィサンを飲んで、こんなにしっかりとした味わいのピノ・ノワールがブルゴーニュにあるのかと驚いた経験がある。けれどこの日に飲んだジュヴレ・シャンベルタンはむしろ軽やかで飲みやすく、”力強い”という印象はなかった。

そういえば、ムルソーに関して、自分も同じような経験をしたことがある。10年ほど前のこと、ハチミツとバター香の豊かな、コクのあるムルソーを初めて飲んで、いっきにムルソーファンになった。とはいえムルソーは安くてもワイン販売店で5千円台とあって、そうめったに飲めるワインではない。幸い、販売店にはしばしば「まるでムルソー」、「もはやムルソー」などという宣伝文句とともに、ムルソーのスタイルに倣って造られた手頃な価格のワインが数多く並んでいて、見つけるたびに買っては、憧れの味の片りんをグラスのなかに探していた。そしてある日、名店と評判のワインバーで、再びムルソーを飲む機会に恵まれた際、ひとくち飲んで「おや?」と思った。以前に初めて飲んで強く惹きつけられたムルソーより明らかに軽かったのだ。もちろん造り手やヴィンテージの違いも影響したとは思うが、自分の脳内にあったムルソーとあまりに異なるので、ソムリエールさんに「思ったより軽やかですね」と言うと、「そうですね。最近のムルソーは前より軽めに造る傾向があります」との返事だった。ややがっかりしたわたしの気配を感じ取ったのか、彼女は、「でも従来のコクのあるムルソータイプを造るワイナリーがカリフォルニアなどにあるので、そちらを飲まれてもいいのではないでしょうか」と提案してくれた。わたしがムルソーを飲むようになった数年間でもこのような変化があったのだ。Aさんの数十年にわたるワイン歴におけるジュヴレ・シャンベルタンの変わりようは、これどころではなかっただろう。

「こういうものだって、受け入れるしかないわね」と、心なしか寂しそうに話していたAさんの横顔が心に残った。時代が変わればワインも変わるのだ、と痛感した。

たった1本のジュヴレ・シャンベルタンを飲んだだけで、「この産地のワインは軽くなった」などと総合的な判断はけしてできないけれど、Aさんのように、自分よりずっと前からワインをたしなんできた方々の言葉は、含蓄に富み、テキストや参考書籍などより、ときとしてずっと説得力がある。先輩たちがワインを味わってきた時間の重みと経験、そこから生まれる洞察を、同じボトルを分け合うことによって、わずかでも追体験できるのは、このうえなくありがたい。

幸運にも、この数年でワインを楽しく飲める仲間がずいぶん増えた。ワインショップを営むかたわら、毎月興味深いテーマに基づいてブラインドテイスティング会を催してくれる方、1人では買えないような少し値の張るワインを数人で負担し合って購入して、ワイン会を開催してくれる仲間、そして、難しい理屈など脇において、とにかく陽気な雑談に花を咲かせながら飲み合える飲み仲間もいる。その誰もが、かけがえのないワイン友達だけれど、ここで記したAさんのような、自分には逆立ちしても体験できないワイン歴を積んできた方とボトルを分け合える機会を、これからも大切にしていきたい。

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