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米国中間選挙:トランプの自爆

「勝ちに不思議の勝ちあり」という言葉を有名にしたのは、野村克也監督だが、米国民主党の支持者にとっては、こう言いたくなる選挙だったようだ。なんといっても、ビル・クリントン(1994年)もバラク・オバマ(2010年)も、1回目の中間選挙で大敗を喫してきたのだ。まして、彼らよりはるかに負の実績が大きいジョー・バイデンが中間選挙を乗り切れるとは、多くの人にとって想像できない事態だった。

「勝てる理由」がなかった民主党

民主党は、少なくとも連邦上院を制した。下院は、執筆時点ではまだすべて結果が判明していない(2022年11月13日)。しかし、共和党が勝ったところで過半数を若干上回る――3議席程度――といったところが関の山だろう。結果の出ていない選挙区の多くが、民主党の牙城たるカリフォルニア州であることを考えれば、差がいっそう縮小しても奇妙ではない。共和党から見れば、この下院の結果こそ悪夢だ。ケヴィン・マッカーシー下院院内総務(リーダー)は、選挙前には「60議席逆転できる」などと強気の発言をしていたほどだったのだから。

バイデン政権が中間選挙で「勝てる理由」はほとんどなかった。コロナ・パンデミックからの経済回復が終わったと言えないなかで、空前の燃料費高騰とインフレーションが起きている。これだけでも、バイデンが勝てるはずはなかった。そのうえ、忘れられ気味だが、2021年8月にはアフガニスタンからの屈辱的な撤退もあった。バイデン大統領本人も、今月で80歳になり、残念ながら認知能力に疑問符がついている。ビル・クリントンもバラク・オバマも勝利できなかった1回目の中間選挙である。彼らに比べてバイデン政権の政権運営が良かったかと言われると、答えは明らかにノーである。

トランプの逆説

さすれば、共和党の敗因は、共和党の失策に求めざるを得ない。すでに連邦上院では、ミッチ・マコーネル院内総務とリック・スコット全国委員長とのあいだで責任の擦り合いが始まっている。下院でも、共和党リーダー(つまりスムーズに事が運べば下院議長になる)ケヴィン・マッカーシーへの突き上げが始まっている。候補者選定をミスったとか、選挙資金の出し方がまずかったとか、いろいろな要因が選挙後に吹き出しているが、まあ普通に考えたら最大の敗因は、ドナルド・トランプ前大統領である。

何度も言うが、バイデン政権に対する政策評価だけだったら、共和党は勝てた選挙だった。なのに、選挙前日に「11月15日にとても重要なお知らせをしよう」とか言っちゃう。だれもが、2024年大統領選挙への出馬表明なのだろう、と思うだろう。こうなると、政策評価ではなく、「バイデンか、トランプか」という、疑似政権選択になってしまう。トランプもそういうつもりだっただろう。

だが、これは民主党にとって思うつぼである。インフレや経済政策という「争点にしたら負け」な条件ばかりのなかで(唯一の民主党にとっての好条件は人工中絶問題)、「トランプを復活させるのか」というビッグ・イシューが自分から名乗り出てくれるのだ。「ネバー・トランパー」といわれるトランプ忌避層は、民主党に行くか、投票しない。逆にバイデンに批判的な「ややリベラル」中間層は、選挙に足を運ぶことになる。皮肉なことに、トランプが目立てば目立つほど、民主党を利するという逆説的な状況が生まれていた。

外から見た中間選挙

このことは、外からの目線を見てみるとわかる。本来は内政問題としての性格が強い中間選挙が、「トランプとの戦い」にすり替わっているのである。たとえば、フランス24は、「我々は民主主義を救った」とインタビューで答えた黒人男性の声を好意的に伝えていた。ドイツのDWも、「アメリカの民主主義は中間選挙を生き延びた」と題する社説を載せた。共和党が勝利しても民意の反映なのだから、論理的には奇妙なのだが、「トランプの共和党」としての位置づけが強くなるほど、共和党は民主主義の敵とみなされてしまう。

ここで大急ぎで弁明しておくと、筆者は共和党が民主主義の敵だとは思わない。何人かの共和党議員に会ったこともあるが、彼らはこぞってアメリカ憲法と民主主義の価値を信じている。レーガンと同じくらいケネディが好きであり、個人の自由と権利が豊かに実っているのはアメリカだと確信している。ただ、「自由の実現」のさせ方が民主党(特に左派のそれ)と違っているだけだ。

しかし、2021年1月の連邦議会襲撃事件をどう振り返っても、民主主義を暴力で転覆しようとするトランプ支持者がいるのは否定できない。トランプの側近として知られるリンゼー・グラム上院議員は、今年8月に「もしトランプが起訴されたら暴動が起きるだろう」と脅迫めいた発言をしている。それ自身は客観的な情勢予測だったのかもしれないが、グラム上院議員が言ってしまうと、司法に対する脅迫と解釈されてもやむを得ない。こうした過去2年間を振り返ると、少なくとも「トランピアンは民主主義の敵だ」とは言われても仕方ない。

脱線したが、トランプが目立つほど、中間選挙を「民主主義の防衛戦」と位置づけやすくなる。外部からもそう見えているのだから、「目の前の問題」としてトランプを見ざるを得ないアメリカ国民にとってはなおのこと、だ。こうして、「トランプが民主党を勝たせてしまう」という逆説が生じたのが、今回の中間選挙だったと言っていい。

苦い後始末が始まる

想定外の負けに、共和党は早くも非難合戦を始めているが、もちろんトランプに対するそれも始まっている。

トランプのアドバイザーだったデイヴィッド・アーバンは、「トランプによって共和党は崖っぷちまで引きずられた」と発言。トランプの選対本部長を務めていたジェイソン・ミラーは、11月15日の「重大発表」(つまり大統領選挙への出馬表明)を延期すべきだ、と述べている。そりゃそうだろう。いま「大統領選に出るぜ、ヒャッハー!!」なんて声明したら、決選投票になったジョージア州選出上院議員は、やる前から負け確定である。おそらく内実は「無限に延期しろ、出てくるな」だ。しゃしゃり出てきたら負けるんだもん。

だが、トランプの後始末は、苦難の道になりそうである。共和党保守派のホープといえば、フロリダ州のロン・デサンティス州知事だが、彼が目立つのはトランプ大御所様は気に入らないようである。「あいつは俺が引き立ててやったのに、目立ちやがって」とのこと。マイク・ポンペオ元国務長官やニッキー・ヘイリー元国連大使も芽はなくなさそうだが、共和党をまとめられるかというと疑問符が付く。テッド・クルーズ上院議員やマルコ・ルビオ上院議員は賞味期限切れ。そして、誰が出てもトランプ閣下は後ろから弾を撃つだろう。なんといっても、自分が推薦した候補なのに負けたら後ろから弾を撃つような人なのだから。

とはいっても現実問題として、中間選挙で明らかになったのは、よしんばトランプが共和党予備選で勝ったところで、2024年の本選挙では絶対に勝てない、ということだ。共和党の幹部たちはおそらくそのことにすでに気付いている。「トランプ下ろし」をどう進めるのかは、喫緊の課題として意識されているだろう。最悪の手段として、2024年はあきらめても、司法によるトランプへの訴追を認めるという荒業を取るかもしれない。まあ、後ろから味方を撃つような人を担ぐからだよ、自業自得、と言いたくなるのだけれど。

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