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高卒就職 問題は情報不足(1)


(一連の記事の公開を自主的に一時ストップしておりました。最低賃金に関わる話題の一部に説明不足な点があり関係諸機関の方々にご迷惑をかけてしまう危険性に気づいたためです。もし、そのような事態がありましたら切にお詫びいたします。また、思うところあってタイトルを変更しました。)


 高卒就職問題研究のtransactorlabと申します。

 田舎の県立高校で進路指導主事をしながら個人的に調査研究をしております。高卒就職問題の実情を知っていただきたく、発信を始めました。 


 高卒就職の求人倍率は平成27年ごろから急激に上昇し、平成30年には2.5倍を超え、コロナ禍の令和2年度でも2倍以上を保っています(指定校非公開求人も含めると実際はもっとあります)。少子化の進行、大学・短大・専門学校などへの進学率の向上、就職希望の高校生の実数の減少、および団塊の世代大量退職に伴う人手不足や若手労働者不足の深刻化などが背景にあります。

高卒者人数 進路割合いと求人倍率推移

(グラフ1 平成8年から高卒生徒数の減少、就職の割合いと数の減少を示す。平成27年から求人倍率が給上昇している。令和2年はコロナ禍の影響で2.1倍程度に下がった。厚労省発表のデータをもとに作成。)


 この求人倍率の高まりは高卒で就職を希望する若者の希少価値が急激に上昇していることを意味します。求職者の立場からは「超売手市場」として歓迎されていますが初任給の統計を見るとそれに見合った上がり方はしておらず、あまり喜ばしいものではありません。むしろ、若い労働者が不当に不利益を被っていると言えます。

 バブル崩壊やリーマンショック、震災不況などの際は、求人数が減り給料も低く抑えられた。アベノミクスにより未曾有の好景気になり(と言われていますが)、人手不足で求人数は激増し、企業の人材獲得競争は激化している、しかし給料相場だけはたいして上がっていないのです。

求人倍率と給与推移


(グラフ2 縦棒は高卒初任給。折線は求人倍率推移。右の赤丸を見ると求人倍率給上昇に対して月給の上がり方が緩いことがわかる。リクルートワークス研究所のデータをもとに作成)


 市場原理の原則は需要と供給。需要が勝れば価格が上がるのが当たり前です。しかしながら、高卒就職市場にはこの市場原理が働いていない。


 何かがおかしいのです。

 何かが公正な競争の障壁となっている。


 高卒就職の割合は2割以下と市場規模は縮小傾向にあります。しかし、だからといって軽視してよいものではありません。なぜならば、高卒者の賃金は大卒や一般のベースになるもので、そのありようは社会全体に与える影響はとても大きいものだからです。高卒初任給と地域別最低賃金は強い相関関係でリンクしていますし、学歴を問わず十代から二十代の若年労働者や臨時雇い労働者の賃金と密接な関係にあります。よって、高卒初任給が不当に低く抑えられているということは、非常に多くの労働者にとっても同じことが言えます。


 令和3年3月現在、コロナ禍による経済活動の低迷が深刻な状態ではあります。しかしながら、日本という国家が長期的視点に立って本当に取り組まなければならない課題は、少子高齢化、生産年齢人口減少、地方の衰退で、こちらの方がよほど大きな問題だと私は思います。

 そしてこれらの諸課題解決のキーは、若年労働者の待遇改善、性差解消、同一労働同一賃金です。実現しなければ結婚数や出生数の上昇は期待できず、日本の衰退は進むでしょう。コロナ不況は一時的なものですが、これらの慢性疾患は悪化すれば日本を確実に死に至らしめる病です。あまり注目されていませんでしたが、高卒就職の問題は実は国の行く末を左右する重要なものなのです。


 「高卒就職問題」とは高卒者の就労に関わる様々な好ましからざる現象を総称する呼び名で、細かくあげるときりがないぐらいたくさんあるのですが、代表的なものは3年以内4割という早期離職率の高さ、およびその主な要因とされるミスマッチです。

 下がらない早期離職率問題やミスマッチへの対策として、小学校から高校までかなりの時間をキャリア教育に割くようになり、一人一社制をはじめとするルールの見直しがなされ、複数応募制を可とする制度が導入されました。しかし、目立った効果が表れていないのが実情です。

(さらに詳しくはこちら 「Manegay powered by MSN 「見直しでどうなる?高卒者の就職慣行 1人1社制https://www.manegy.com/news/detail/1278」)

 様々な議論がなされ、相当な時間と労力を要する対策が打たれているのですが、下のグラフから分かるように目立った成果は出ておりません。30年以上ほぼ横ばいです。なぜなのでしょうか?
 
 私が勤務する高校では毎年卒業生の半分ぐらいが就職します。残念ながら早期離職率は4割程度に上ります。進路関係の会議に出席すると、必ずこの早期離職問題対策がテーマに上り、「原因は?」「学校ではどのような対策をしているのか」というような質問を受けます。そのたびに責任を追及されているような気持ちになり、陳謝し弁解を述べることになります。
 3年ぐらい前、この構図がずっと続いていることに気が付き、何かがおかしいと思い始めました。これが独自調査を始めたきっかけです。
 調査を始めてすぐ、上のグラフ2と次の3の資料を見つけました。

求人倍率と給与推移 大卒

 (グラフ3 高卒に比べて大卒初任給の推移は求人倍率との相関関係が強いように見える。 リクルートワークス研究序のデータをもとに作成)

 両者を比較すると、大卒初任給と求人倍率の相関関係は高卒のそれに比べてより強いように見えます。逆に高卒は弱い。この違いはどこにあるのか考えてみました。


 高校生の就活は以下のような点で大学生の就活と大きく異なります。
①学校の関わりが深く、教職員の指導監督の下で行われること(公務員と縁 故以外の高校を通じたあっせんでは校長の推薦が必須。1人1社制や複数応募制の議論はこのカテゴリーに属するもの) 
②就職活動にかけられる時間が短いこと
③求人情報の流れ方が閉鎖的で、民間就職情報企業参入の度合いが非常に低いこと

 その他、高卒就職特有のルールや暗黙の了解を総称して「高卒就職の慣例」と呼びます。様々な高卒就職問題が結果として表れる現象なのであれば、その原因は以下のような可能性があります。
  ①高校生に起因するもの
  ②学校や教員および指導に起因するもの
  ③高卒就職の慣例に起因するもの
  ④求人事業者に起因するもの
  ⑤社会全体、文化的背景
 このように、一口に高卒就職問題と言っても実に多くのファクターがあり、しかも互いに原因と結果のループの関係にあるため、研究を始めた当初は有効な対策を見い出すのは非常に困難なことのように思われました。1人1社限定を複数可に変えたぐらいでは何ともならないとは分かっていましたが…。


 それでもまずは実態を把握することが大切と考え、調査研究を続けました。


 就職指導を行う高校では大量の求人票を扱います。7月1日に高卒就職情報提供WEBサービス上で公開が始まるのですが、そこから得られる情報を生徒に閲覧させるために加工する大仕事があります。WEBサービスに生徒が直接アクセスすることがルール上不可となっているので、学校内で生徒用の閲覧検索資料を作らないといけません。求人票と一覧表をダウンロードしてプリントアウト、ナンバリング、コピー、ファイリング、別に目録を手入力で…うちの県ではここ数年、県内求人だけで1500件を超えています。求人票はA4用紙両面刷り一枚(3年前は2枚でした)。考えるだけでゾッとします。
 あまりにも大変なので、平成30年秋、一覧表作成と求人票ダウンロードを自動で処理するコンピュータープログラムを作り、翌年運用開始、改良を施しつつ現在も使っております。(Vectorで無償公開中「高卒求人Transactor」高校の進路の先生はどうぞお使いください。)
 その自作ソフトが進化し、こういうものを作れるようになりました。待遇分析散布図と呼んでいます。

散布図の例 1

散布図の例2

(待遇分析散布図:個々の求人票記載の年間休日数を縦軸、月給額を横軸にとってプロットしたもの。ある業種の全国の求人と同業種のある県のもの。 縦軸は年間休日数 横軸は月給金額。グラフ左下が給料が安く休みも少ない、右上が給料が高く休みも多い、となる。)

 この散布図があると、自分が今手に取って見ている求人票の相対的な位置づけがどうなのか、ひと目で判断できます。同時に、全体でどういった条件の求人がどれぐらいの数あるのかも瞬時に理解できるため、条件のよいものを選ぶのに大いに役立っています。もちろん、給料の多寡と休みの数だけが全てではありません。しかし、生徒は限られた時間で何千枚の中から1枚を選ばないといけないのですから、この資料は非常に役に立ちます。生徒だけでなく、教員・企業の3者とも、こういう情報があれば効率良く動けるようになり、複数応募の可能性も広がります。しかし残念なことに現状では提供されていません。


 「それにしてもなんでこんなに低待遇の求人票がこんなにたくさん出ているんだろう? いま時、こんな条件で人が採れるわけないのに…」


 散布図を作れるようになって改めて思ったことです。求人票を一枚ずつ見ているだけではもちろん、エクセルの一覧表を見ていても感じられませんでしたが、散布図の説明力は別次元でした。

 「高卒就職市場には市場相場を示す情報が不足しており、それが全ての問題の源になっている。改善すべきは高卒就職情報提供WEBサービスの閉鎖性および紙ベースの設計思想による情報提供のあり方である。」

 これが散布図から得た発想をもとに高卒就職問題を再考し、たどりついた結論です。

 相場情報が不足しているというより、存在していない。ゆえに、それが必要性にすら人々の関心が向かず議論されることもなかった。求人事業者が相場を知る術が乏しく、自社の求人条件が低劣か良好かの客観的判断ができない状態に置かれている。人手不足、高求人倍率の状態にあるのに初任給平均の上昇が緩い。そして若年労働者が損をする世の中は続く。

 次のエピソードがこのことをよく物語っています。

 求人への応募が少なくて困っていると言う会社の採用担当者に「賃金や休日数はどのように決めておられるのですか?」と尋ねてみました。県内ではその業種のトップ企業の方。正直に答えてくださいました。
「最低賃金法にひっかからないように、前例、会社の懐事情、あとは近くの同業他社の動向を見て、ですね。」

 なるほど、これでは人材獲得が難しい時代でも賃金を上げようとはならないわけです。


「では、こういう資料があればどうでしょうか。こっちが全国で、もう一つはうちの県です。御社の求人票は・・・このあたりの点ですね」と上の散布図の赤い点を指さしました。すると絶句し「我が社の条件がこんなに低いとは知らなかった。これでは応募がないのも当然。さっそく会社で検討する」となりました。

 同様の会話を私は何度も経験しています。
 これが日本の高卒就職市場の実態なのです。

 繰り返し強調します。

 高卒就職市場の相場に関する情報が不足していることは否定しようのない事実であり、結果的に公正な競争を妨げになっていることも同様です。そしてこの問題への責任は高等学校就職問題検討会議および厚生労働省にあります。若者に対する大人の、社会の責任として喫緊に解消しなければなりません。一刻も早い対応を求めます。


 できるだけ短くしようと思っていたのですが、ついつい字数が増えてしまいます。最後までお読みいただきありがとうございました。

 次回は高卒就職の情報の流れ方の現状と課題、改善案について書きます。

(お知らせ)こちらで相場情報の提供を行っております。https://transactorlab.wixsite.com/my-site-1

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