見出し画像

コロナ禍とクーデターのなかで実現した翻訳コンテスト

2019年から日本の作家さんをエスコートしてミャンマーを訪れるようになりました。国際交流基金ヤンゴン日本文化センターさんのご尽力により、毎年ヤンゴンで開催される文学交流イベントに招待していただけることになったのです。私はそれまでシンガポールやロンドン、イタリアを含むさまざまな国に作家の方々と訪問(あるいは旅)してきましたが、ミャンマーは初めてのことでしたので、2019年に田口ランディさんとヤンゴンでイベントに参加した際は本当に興奮しました。

②国際交流基金ヤンゴンオフィス前で

国際交流基金ヤンゴンオフィス前で

③ミャンマー人作家マ・ティーダと田口ランディの対談の告知

ミャンマー人作家マ・ティーダさんと田口ランディさんの対談の告知

④筆者の講演会のあと、ミャンマーの関係者の方々と

筆者の講演会のあと、ミャンマーの関係者の方々と

そして昨年は角田光代さんとヤンゴンに行くことが決まっていました。角田さんが『源氏物語』全3巻(2014年11月に第1巻刊行、池澤夏樹訳『古事記』からスタートした「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」の最後を飾る作品)を訳し終えたタイミングということもあり、紫式部によって約1000年前に書かれた『源氏物語』をミャンマーの人たちにも知ってもらおうとさまざまな企画が予定されていました。また、『源氏物語』のほかにも、映画化された『八日目の蟬』の上映会も企画されていました。そこに、コロナ。

角田さんとヤンゴンへ出発する5日前に急遽イベントが無期延期となりました。その後もコロナ禍が深刻さを増すにつれ、文学交流どころではない状況が続いていましたが、「今出来ることをやっていこう」と国際交流基金ヤンゴン日本文化センターさんとオンラインで話し合い、日本文学をミャンマー語に翻訳する「翻訳コンテスト」の開催に切り替えました。これならコロナ禍でも参加できるのでは、と考えたのです。翻訳の課題としたのは角田さんの短編小説「さがしもの」。この作品を翻訳コンテストに使用することを角田さんは快く許可してくださいました。

⑤角田光代さんの『さがしもの』

角田光代さんの『さがしもの』

ミャンマーにおける若い世代の日本語学習熱、そして日本文化に傾倒している人口の多さには目を見張るものがあります。しかし、コロナ禍ということもあって、フェイスブックで告知するくらいしか手段はありませんので、いったいどれくらいの参加があるのか不安でした。ところが、いざふたを開けてみると131名もの参加が!

しかし、翻訳コンテストを締め切った翌日にクーデターが勃発。その後、一切の活動を停止せざるを得ず、ヤンゴンの知人の無事を祈る日々。政情が予断を許さない時期が半年あまり続いていましたが、先月、ひとりでヤンゴンに残っている国際交流基金ヤンゴン日本文化センターの松尾さんから連絡があり、翻訳コンテストの結果報告をいただいたのです。

コロナとクーデターの二重苦のなかでも翻訳コンテストの結果発表にまでこぎつけてくださったことに深く感動し、角田さんからも「たいへんな状況のなか、日本語小説の翻訳なんてまさに不要不急のことに尽力くださって、応募者のみなさんも奮闘してくださって、涙が出ます」とのお言葉をいただきました。

⑥Myanmar Association of Japan Alumni (MAJA)のフェイスブックに掲載された結果発表

Myanmar Association of Japan Alumni(MAJA)のフェイスブックに
掲載された翻訳コンテストの結果発表

翻訳の課題とした角田さんの「さがしもの」は本屋にまつわるとてもいいお話です。この作品を表題作とする短編集には、ほかにも本にまつわる素敵なお話がたくさん収録されているので、機会があればぜひお手に取ってみてください。

まだ政情不安や深刻なコロナ禍が続いており、なかなか先が見えないミャンマーですが、翻訳コンテストを受けてくださった方々や、イベントを楽しみに待っていてくださっていた人たちの期待に応えるためにも何が出来るか、模索する日々です。

翻訳出版プロデューサー 近谷浩二

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?