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転職を考えた場合に知っておきたい営業秘密のこと

最近、営業秘密侵害罪という言葉をニュースで度々聞くようになりました。では、営業秘密の侵害は他人事でしょうか?実際にはそうではありません。皆さんが転職や起業を行う場合にちょっとした出来心で前職会社が秘密としている情報を持ち出すと、刑事事件となり逮捕等される可能性があります。ここでは、企業に勤務されている皆さんが知っておくべき営業秘密侵害について解説します。

1.誰が営業秘密を持ち出すの?

下記図は、営業秘密の漏えいルートのアンケート結果(IPA「企業における営業秘密管理に関する実態調査 2020 調査実施報告書」 令和3年3月 図 2.2-26 営業秘密の漏えいルート(経年比較))です。営業秘密の漏えいで最も多いものが中途退職者(役員・正規社員)による漏えいです。これは、サイバー攻撃等による社内ネットワークの侵入に起因する漏えいに比べ、約4倍となっています。

営業秘密の漏えいルート

このように、営業秘密侵害罪は、普通に会社で働いている人たちによって行われる場合が多いことに気付きます。このことは営業秘密侵害罪は、決して常日頃から犯罪を犯しているような人ではなく、みなさんと同じ普通の人が犯してしまう可能性があるということを示唆しています。

2.どのような刑事事件があったの?

営業秘密侵害罪として多く報道されたニュースとしては、最近ではソフトバンクの元従業員がロシアの元外交官に情報を流出させた事件、ソフトバンクの元従業員が楽天モバイルへ転職する際に技術情報を持ち出した事件でしょうか。さらには、かっぱ寿司の社長が前職のはま寿司から営業秘密を不正に持ち出した事件もあります。また、大きな事件としてはベネッセの顧客情報を流出させた事件も営業秘密侵害罪で起訴されています。これらは、刑事事件となっており、被告の氏名等も報道されています。

下記は営業秘密侵害罪の一覧です。これは、私が調べたものであり、実際の刑事事件のうちの一部にすぎません。
また、以前は売却目的での顧客情報等の持ち出しが多かったものの、近年では人材の流動性が高まっていることもあり、転職に伴う技術情報の持ち出しが多くなっているようです。

刑事事件一覧2021_7_12

上記表のように営業秘密侵害罪の多くの事件では執行猶予がついているものの、執行猶予がついていない懲役刑もあります。東芝半導体製造技術漏洩事件では懲役5年です。ベネッセ個人情報流出事件では懲役2年6ヶ月です。また、近年、中国企業に情報漏えいした事件(NISSHAスマホ技術漏洩事件、富士精工営業秘密流出事件)でも、懲役2年や懲役1年2ヶ月とのように、執行猶予がついていません。このように、近年では執行猶予がない懲役刑となる場合もあり、また、中国等の海外企業への情報漏えいに対してより厳罰化となる傾向にあるように思えます。

ここで、営業秘密侵害の刑事罰としては十年以下の懲役、二千万円以下の罰金が課される可能性があります。これは、窃盗罪よりも重い罪です。さらに、日本国外において使用する目的の場合には、罰金の最大額がさらに高くなり、三千万円です。また、法人の場合は罰金刑が5億円以下、日本国外において使用する目的の場合は10億円以下となります。
このように、海外へ営業秘密を漏えいさせた場合にはより重い罪となります。この海外重罰は平成27年の不正競争防止法の法改正で追加された規定です。海外重罰の規定が追加されたこともあり、上記表のように近年では海外企業への営業秘密漏えいが特に重罰化されているようにも思えます。

また、下記のグラフは、警察による検挙事件数の推移です(警察庁「令和2年における生活経済事犯における検挙状況等について」)。多くても年間で20件を超える程度ですが、ここ数年で4倍となっています。決して多くない件数ですが、確実に増えていることが分かります。また、相談受理件数も増加傾向にあります。このように、営業秘密の侵害を刑事事件として認識し始めている企業が確実に増えており、営業秘密を不正に持ち出す人が減らない限りこの増加傾向は続くでしょう。

検挙事件数の推移

相談受理件数の推移

また、どうせ警察は動かないとのように、警察に対して懐疑的な考えを持つ人もいるでしょうが、実際に積極的に動いています。これは近年、知的財産に対する保護意識が国を挙げて高まっていることに起因していると思います。なお、営業秘密侵害の対応部署は、各都道府県警の生活安全課となります。

3.そもそも営業秘密、営業秘密侵害ってなに?

営業秘密は下記のように不正競争防止法第2条第6項に規定されています。

不正競争防止法第2条第6項
この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

まず、技術上又は営業上の情報についてです。なお、技術上の情報と営業上の情報は、法的には明確な区別はありません。通常の会社が活動する上で一般的に用いる情報は技術上又は営業上の情報に含まれるでしょう。とはいえ、一例として、下記のようなものが技術上の情報、営業上の情報となると考えられます。

・技術上の情報:図面やプログラム、特許出願する前の発明に関する情報等、技術的な情報です。また、近い将来発表されるような、例えば、自動車のデザイン、製品のデザイン等も技術上の情報に含まれると考えられます。
・営業上の情報:経営に関する情報、顧客データ、取引先の情報、仕入れ値等、会社を経営する上で必要な情報です。

そして、営業秘密は下記の3つの要件を満たした情報です。
(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)
(2)事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
(3)公然と知られていないこと(非公知性)

このうち、営業秘密であるか否かの判断基準として、秘密管理性が重要となります。秘密管理性を有している情報は、例えば、電子媒体であれば、アクセス制限、㊙マークの表示、パスワードの設定等がされた情報です。また、紙媒体であれば、㊙マークの表示、保管しているキャビネットの施錠管理、コピーやスキャン等の禁止がなされた情報です。

逆を考えると、企業が秘密としているつもりの情報であっても、実際に秘密管理していない情報は秘密管理性を満たさないためそもそも営業秘密ではありません。従って、秘密管理されていない情報を従業員が転職先等に持ち出したとしても、この従業員は営業秘密の侵害にはなりません。
典型的な例ですと、従業員自身が管理している顧客等の名刺です。これは企業が秘密管理しているとは言えないので、従業員が転職後に当該名刺を用いて顧客にアクセスしても営業秘密侵害にはなりません。

次にどのような行為が営業秘密侵害となるのでしょうか?それは2つのタイプが有ります。
そして、会社から営業秘密を不正に取得し、使用や開示する行為(第1タイプ、2条1項4号~6号、21条1項1号等)や、会社から正当に開示された営業秘密を不正の目的で持ち出し、使用や開示する行為(第2タイプ、2条1項7号~9号、21条1項3号等)営業秘密の侵害になります。

第1タイプは、詐欺等の行為だけでなく、営業秘密であるデータに対するアクセス権限がないにもかかわらず、何らかの方法でアクセスして当該データを持ち出す行為です。

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第2タイプは、仕事で使用するとして会社から営業秘密を開示されたものの、不正の利益を得る目的や会社に損害を与える目的で、使用や開示する場合です。典型的には、営業秘密を転職先に持ち出す行為や営業秘密を第三者に売り渡す行為です。逮捕等される場合は、この第2タイプの方が多いです。

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4.刑事事件だけ?民事事件は?

上記のように営業秘密侵害は、刑事事件となる可能性があります。では、民事事件となる可能性はないのでしょうか?その可能性は当然あります。民事事件は、具体的には自身が裁判の被告となり、以下のようなことを営業秘密を持ち出した企業等から求められることになります。
・営業秘密の侵害によって営業秘密の保有者(保有企業)に与えた損害の賠償
・持ち出した営業秘密の使用又は開示をしてはならないという差し止め
・持ち出した営業秘密の廃棄等

このうち、個人が現実に負うものは損害賠償でしょう。では、損害賠償はどのくらいになる場合があるのでしょうか?それはケースバイケースですが、中には相当高額になる場合もあります。その理由は、営業秘密が不正使用されたことにより、当該営業秘密の保有企業が受ける損害が莫大なものになる場合があるからです。

以下に、個人が負った損害額のいくつかを紹介します。

(1)500万円
アルミナ繊維事件 大阪地裁平成29年10月19日判決(平成27年(ワ)第4169号)

本事件は、原告企業の元従業員であった被告が原告企業の営業秘密であるアルミナ繊維に関する技術情報等を持ち出し、これを転職先の競業会社で開示又は使用するおそれがあるとして原告企業が訴訟を提起したものです。
本事件では、原告企業は営業秘密の使用等による損害を主張していませんが、弁護士費用等として1200万円を損害額として主張し、このうち500万円の損害が認められました。

(2)1815万円(被告会社と被告個人とでの連帯)
リフォーム事業情報流出事件 大阪地裁令和2年10月1日判決(平成28年(ワ)4029号)

本事件は、家電小売り業の原告の元従業員(被告個人)がリフォーム事業に係る営業秘密を転職先である被告会社へ持ち出したというものです。
損害額の内訳は、営業秘密の使用が1500万円、本事件に関する調査に関する外部委託費用が150万円、弁護士費用が165万円、合計で1815万円です。被告会社と被告個人との連帯で支払い義務がありますので、半額ずつ支払うのでしょうか。
なお、本事件は元従業員に対して刑事告訴もされており、この被告個人は上記一覧表のように有罪判決(懲役2年 執行猶予3年 罰金100万円)となっています。また、被告個人は刑事事件の起訴時において無職となっており、起訴時には既に被告会社には在籍していなかったようです。

(3)2239万6000円 
生産菌製造ノウハウ事件 東京地裁平成22年4月28日判決(平成18年(ワ)第29160号)

本事件は、原告が保有する営業秘密である本件生産菌(コエンザイムQ10)を被告が退職時に持ち出したというものです。なお、被告は、原告企業を退職後に、被告企業(被告が設立)の代表取締役となっています。
上記金額は、原告企業の就業規則に「会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行った場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。」と規定されていることを根拠としています。
すなわち、被告による営業秘密の持ち出し等が原告に対する背信行為であり、退職金の一部の返還義務があるとされました。
そして、原告は、被告に対して退職金として2495万1148円(原告拠出分2239万6000円及び被告の積立分255万5148円)を支給したことから、被告は、原告拠出分2239万6000円の返還義務が生じ、退職金のほとんどを失うことになりました。

(4)10億2300万円 新日鉄営業秘密流出事件
知財高裁令和2年1月31日判決(令和元年(ネ)10044号)

本事件は、新日鉄が保有する電磁鋼板の技術情報を韓国のPOSCOに不正に開示したとして、新日鉄の元従業員に対して新日鉄が民事訴訟を提起したものです。
本事件に関連して新日鉄とPOSCOとの間で和解が成立しており、和解金が300億円とも言われています。この和解金からして、新日鉄が負った損害は莫大な金額であったのでしょう。
当然、その責任は営業秘密を持ち出した個人にもあります。電磁鋼板の営業秘密を持ち出した元従業員は複数いたようであり、その多くは新日鉄との間で和解を成立させて判決にまで至っていなかったようですが、本事件では判決にまで至り、地裁でも10億円、高裁でも10億円の損害額を被告個人が負うことになりました。

5.自分が会社で作成したデータは自分のもの?

「自分で作成したデータなので自由に持ち出してもよいと思っていた。」

営業秘密侵害で逮捕や書類送検された人たちがこのような主張をすることがあります。
確かに、会社の業務と言えども、自分で作ったデータ(資料)等であれば、それを転職先に持ち出すことは自由ではないか、という考えもあるかと思います。

ここで、医薬品等の販売会社である原告企業を退職した被告ら3名(退職後に新たな企業を設立及び入社)が原告企業から顧客情報を持ち出したことに起因する民事訴訟があります(大阪地裁平成30年3月5日判決 平成28年(ワ)第648号)。この事件では、被告ら3名は自らが顧客情報を集積していたのであって、原告企業を退職するまで原告企業と共にに被告ら3名も顧客情報の保有者であったと主張しました。

この主張に対して、裁判所の判断は以下のようなものであり、当該顧客情報は被告らに帰属せず、原告企業に帰属していたと判断しています。

・被告ら3名は、原告企業の従業員として稼働していた者であり、原告企業の営業として顧客を開拓し、医薬品等の販売を行うことによって原告企業から給与を得ていた。被告ら3名が営業部員として集めた情報は、原告企業品に報告され、原告企業の事務員がデータ入力して一括管理していた。
・実際に顧客を開拓し、顧客情報を集積したのは被告ら3名であっても、それは、被告ら3名が原告企業の従業員としての立場で、原告企業の手足として行っていたものにすぎないから、被告ら3名が集積した顧客情報は、原告企業に帰属すべきといえる。

この裁判では、確かに顧客情報を被告3名が集積したことを認めているものの、従業員という立場で原告企業から給与を得て行っていたとして、当該顧客情報は原告企業のものであると判断しました。

このように、たとえ自身で作成した情報であっても、それが会社の業務として行ったものであれば、自身のものではなく、会社のものであるとされます。したがって「自分で作成したデータなので自由に持ち出してもよいと思っていた。」との主張は通用しないと考えられます。

6.営業秘密の不正取得のパターン

営業秘密侵害は様々なパターンがあります。複数人が関与する場合もあります。

例えば、刑事事件一覧表にある自動包装機械事件は、競合他社の元従業員(被告人)4人が被告会社に転職する際に前職企業の営業秘密を持ち出した事件ですが、被告会社も被告人が被害企業から持ち出した営業秘密を使用していることを知っていたとして1400万円の罰金刑となっています。このように、法人自体が営業秘密侵害罪を問われる場合が現実としてあります。

また、NEXCO中日本入札情報漏洩事件は、NEXCO中日本の業務委託先であるX社の社員がNEXCO中日本が発注した2件の工事の設計金額に関する情報を工事会社Yの役員に漏えいし、この工事会社Aが当該2件の工事を落札したというものです。業務委託先の社員と工事会社Aの役員は罰金100万円の略式命令となっただけでなく、NEXCO中日本は、業務委託先X社及び工事会社Y社に対して、それぞれ5か月間の資格登録停止措置を講じました。

さらに、競合他社に転職した上司や同僚が、転職前に勤めていた企業(元所属企業)の元部下や元同僚に対して、元所属企業の営業秘密を持ち出してほしいと依頼する場合もあります。この場合、依頼した本人も営業秘密侵害に問われることはもちろん、営業秘密を持ち出した元部下や同僚も営業秘密侵害に問われる可能性があります。すなわち、営業秘密の持ち出しを依頼した転職者は、元部下や元同僚の人生も狂わせることになりかねません。

なお、もし転職先企業から「現職企業の営業秘密を持ってきて欲しい」との依頼を受けても、絶対に引き受けてはいけません。この依頼は、犯罪行為の依頼であり、このような依頼を行う企業はどのような企業であるか想像に難くありません。このような企業への転職も辞めるべきでしょう。また、面接時に現職企業の従業員等でしか知り得ない情報を執拗に聞き出そうとする企業も要注意です。

7.まとめ

営業秘密の侵害は他人ごとではなく、営業秘密の理解が十分でないと自身が営業秘密の侵害行為を行う可能性があります。一方で、多くの人が営業秘密を理解しているとは言えません。その理由の一つに、営業秘密侵害に対する民事的保護の規定が設けられたのは平成2年であり、刑事罰の規定が設けられたのは、平成15年というように近年だからです。
このため、営業秘密侵害について十分に認識していなくても当然とも思えます。しかしながら、現実には営業秘密侵害で懲役刑となっている人もいます。そして、最近では積極的な報道もあります。

転職先への手土産、起業するために利用しよう、そのような安易な気持ちで営業秘密を持ち出すと、実際に逮捕されてメディアに名前や顔写真が掲載される可能性もあります。当然、職を失うことになり、再就職も厳しい状況に陥るでしょう。このように営業秘密侵害で得るリターンよりもリスクの方が大き過ぎます。

以上、営業秘密侵害について色々説明しましたが、転職に伴い自身が営業秘密侵害罪に問われないように覚えて欲しいことは下記の1点です。何も難しくはありません。

「転職時には元所属企業の情報を何一つ持ち出さない。」

営業秘密ラボ ーブログー


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