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窓の外に描く 第10話「餞別」


「ねぇ、ジニ。僕もうオーストラリアに戻るんだ。二学期に最初に友達になったのがジニでよかったな。」
「せっかく言葉も覚えたのにさ。寂しいよね!」
「バン先生も転勤して、隣町の学校に春から行くんだ。みんな離れ離れだね。」
歩きながらフィリックスはジニにずっと話しかけた。

ジニは「うん。」としか答えなかったが、内心寂しそうな表情だ。
15分ぐらいで学校に着いた。警備を解除して校内へ入った。

美術準備室の電気をつけて、ジニに絵を渡した。
「二学期の間、ずっとこの絵描いてたんだな。1人で。窓見ながら。コーラ飲んで。」

「ははっ。」
ジニは今日初めて笑った。
「中学の思い出これしかなくてさ。絵描いて、窓見て、コーラ飲んで。放課後はフィリックスと遊んで。何もすごいことはなかったけど、別に悪くはなかった。今思えば。」
ジニがポツリと言った。
「これ、完成させていい?」

ジニが思っても見ないことを言ったので、びっくりした。
「ああ、いいぞ。どこを描き足したい?」

「窓の外。」
「窓の外?」
「うん。窓の外から太陽がさしてるように描きたい。でも、どうすればいいか分からなくて。そのままにしてた。」

技法でわざとぼかしていると思った部分だ。
そうか。迷いがそのまま絵に表れていただけだったのか。と、思った。
フィリックスは私たち2人を見ながら黒板にチョークで落書きをして遊んでいた。
「フィリックス、時間あるか?少しジニの絵を仕上げたい。」
「いいよ!ゆっくり描いて!」

「ジニ、スパッタリングって技法知ってるか?ブラシに絵の具をつけて指ではじいてしぶきを作る方法だ。」
「やったことない。」
「今から手本を見せるから、見てて。こうやるんだ。」
不要な画用紙の裏面を使って、手本を見せた。
「ああ。水しぶきみたい。」
「そう。向きによっては雨みたいにも見えるし、白や黄色でやると光みたいだし、ピンクなら桜吹雪みたいにも見える。ブラシのはじく強さを加減しながらやって見て。」
「わかった。」

10分ほどでジニは、あっという間に絵を完成させた。
虹色の光がさす窓辺の絵が完成した。

「きれい!すごくきれい!」
フィリックスが感動して言った。
「先生、ジニは天才だね!画家だよ!」

「ああ。きれいだな。」
なぜだか目頭が熱くなって、ジニに言った。
「ジニ、この絵先生にくれないか?卒業の餞別にさ。」

「センベツって何か知らねーけど、泣くなよ。先生のくせに!あげるから!大人だろ!泣くなって!」

涙が溢れて止まらず、子供みたいに泣いた。
どっちが大人か本当に分からなかった。
ジニもフィリックスも笑っていた。

結局、ジニは手ぶらで帰ることになったので、
帰りに三人でラーメンを食べて家に帰った。

家の玄関まで着くと、ジニは急にこう言った。
「フィリックス、卒業式は一緒に登校しようぜ。」
「え?ジニからそんな言葉聞けるとは思わなかった!いいよ!行こう!」
「やっぱさ、卒業式は金髪じゃないとな。お前と2人、金髪で卒業する。」
「そんな理由!?もっと友情的なやつじゃないの?ばか??」
「殴るぞ」
「うそ、うそ!どんな理由でもいいから行こう!」
「ああ。じゃあな。卒業式で。」
「またね!」



結局、ジニは卒業式に来なかった。
バイクの修理工場でバイトを始めたと噂に聞いた。
離任式の日まで毎日電話したが、連絡は取れなかった。

3月31日になった。
美術準備室から全て荷物を運び出し、あの絵を最後にカバンにしまった。
ふと、窓の外に目をやった。道向かいの道路を二人乗りのバイクが走っていった。
フィリックスを空港まで送るのだろう。


それぞれの宝物を持って、私たちは新しい場所へ旅立った。

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