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私たちは、どのように切り捨てられているのか:『女帝 小池百合子』

私はこの本の執筆にかかった約三年半の歳月の中で、早川さん(※けそ注:小池百合子氏がエジプト留学中に同居していた方の仮名)だけでなく、多くの人に会った。百名を超えるだろう。何度も回を重ねて会って頂いた方もある。面会の約七割強には編集者が同道している。八割は録音をした。また録音が許されぬ場合はノートを取った。それも許されなかった場合は、面会後にメモを取っている。 録音のテープ起こしは、すべて私自身で行い、情報の管理を徹底した。

なぜなら、多くの人が小池について証言することに躊躇し、怯え、ためらっていたからだ。匿名を条件に話された時、私はその約束を今後も守り通す。
(『女帝 小池百合子』より引用)


現職都知事で再選を狙っている小池百合子氏の生涯やキャリアについて、丹念な調査を経て紡がれた本『女帝 小池百合子』を読みました。

丁寧に描かれた本の中身を一部だけ抜粋するのは何だかなあ、とは思うのですが、都知事選までに(都民でない人も含めて)もっとたくさんの人に読んでもらうべき本だと思ったので、いくつか気になった箇所を紹介します。

――

カイロ大学首席卒業は事実なのか?

まず、最近Twitterでたびたび目にした、この話題についてから。

この疑いがかけられ始めたのは今回の都知事選からではない、とのこと。
疑いの目が向けられるたびに小池氏は、卒業証書の写真を示したり、「カイロ大学に確認すればわかる、カイロ大学も認めています」と答えたりしています。

私は前職で外国の学校が発行する証明書をいろいろ見てきて、体裁があまり整ってなかったり(カラーコピーかな?と思うような印刷の薄いものとか)、うっかりサインが抜けていたりするものも結構あると知ったので、「日本の証明書を基準にしてカイロ大学の証明書の不備を指摘しても、あんまり意味がないんじゃないかな」と思っていました。

しかし今回、この本で書かれている話を読んで、「小池氏が学歴を詐称していることは、確かなのでは」と思うに至りました。

本書では、(勉強したことがないとその難易度がよくわからない)アラビア語の習得について、こう説明されています。

何よりも学生を苦しめるのは、大学で使われる言語である。 エジプトでは現在も、口語(アーンミーヤ)と文語(フスハー)が明確に分かれており、日常では口語が使われている。 一方、文語はコーランに典型的な四世紀頃から続く古語で、アラブ各国のインテリ層の間では、この文語が共通語として使用される。 ニュースや大統領の演説には、格調高いこの文語が用いられ、書物や新聞も当然、文語である。カイロ大学の教科書も、教授の講義も文語でなされる。

〔中略〕

日本人初のカイロ大学卒業生として知られる小笠原良治大東文化大東文化大学名誉教授は、アラビア語を日本で学んでからカイロに行き、ムスリムだけが入れる寮でアラブの学生たちと寝食をともにしながら二年間、一心不乱に勉強した後、カイロ大学に入学したという。日本人留学生の中では群を抜く語学力だったというが、その小笠原でもカイロ大学では留年を繰り返し、卒業までに七年を要したという。

(『女帝 小池百合子』より引用。太字はけそによるもの)

そんな難解なアラビア語にも関わらず、小池百合子氏は自著で「三週間で新聞が読めるようになった」「小説が読めるようになった」と書いていたとのこと。彼女はさらに、いろいろな場面で「カイロ大学を4年で、首席で卒業した。これは日本女性として初めてのこと」と語っているとのこと。

まあ、まだ、「ありえない!」と切り捨てるには早いかもしれません。
もしかしたら、小池氏はアラビア語の天才だった、という可能性もあるかもしれないので。

しかし、エジプト留学時代の小池氏の同居人・早川さんが語る小池氏の留学中の様子を読むと、その説も「ないだろうな」と考えざるを得ません。

以下に引用するのは、小池氏渡埃約1年後のエピソードです。

そんなある日、帰宅すると小池の姿がなく、ダイニングテーブルの上に、めずらしくノートが広げてあった。早川さんは何気なく覗き込み、その、あまりにも拙いアラビア語を見て驚く。アラビア語は書きなれていないと上にいったり、下にいったりと、ジグザグになってしまう。英語でいえば、「This is a pen.」にあたる文章が、ぎこちなく上下していた。
(『女帝 小池百合子』より引用。太字はけそによるもの)

さらにその3年後。

進級試験に向けて(けそ補足:小池氏が)必死に勉強しているように、最初は見えた。だが、その勉強内容を知って、早川さんは驚く。意味をまったく理解しようとせず、ただ、教科書に載っている文章を図形のように暗記しようとしていたからだ。小池は早川さんに言った。

テスト用紙が配られても、そこに書いてある問題も、どうせ読めないもの。だから、とにかく暗記した文章をひたすら大きな字で書くの。空白が少ないほどいいんだって。東洋人の女子留学生だから大目に見てくれると思う」
(『女帝 小池百合子』より引用。太字はけそによるもの)

な、なんだって…!とは思いつつ、早川さんお一人の話で判断するのは適切ではないかもしれない、その後、早川さんが知らない間に小池氏がめきめきとアラビア語の力を伸ばしたかもしれない、という仮説を、一応頭に浮かべてみることにします。

しかしこの説も、本の中でポキっと折られます。

小池のアラビア語は日本人の中東専門家によって、また、日本と利害のあるアラビア人によって、長く褒めたたえられてきた。 

そうした「専門家」に検証を頼んでも、正しい答えは得られない。 国際ジャーナリストの山田敏弘は、この点に気づき、小池の学歴詐称問題を二〇一七年、独自の方法で調査した。彼は日本人の中東関係者や日本語を話すアラビア人を避け、日本とは無関係なアズハル大学を卒業した、モハメッド・ショクバというエジプト人通訳(アラビア語と英語)に英語で取材を申し入れ、小池がアラビア語を話す動画を見せて、彼女の社会的地位などの情報は伏せた状態で、語学力の検証を頼んだところ、彼の答えは以下のようなものであったと山田は記している。 「留学していたのが40年前だとしても、信じられない。あまりにお粗末でカイロ大学を卒業して通訳をやっていたという話を疑ってしまうほどだ。話す文章は完結しておらず、普段私たちが使うことのない単語を使っている

(『女帝 小池百合子』より引用。太字はけそによるもの)

うーん…でもでも、(主席卒業が嘘だったとしても)アラビア語ができなくても卒業はできるかもしれないじゃんね?ぎりぎりの成績で大学卒業することもあるかもしれないじゃんね?と、もう1回、念のため小池氏サイドに立ってみます。

残念ながら、この試みも、打ち砕かれます。

このこと、本書の中で一番驚いた点かもしれません。
なんと、「カイロ大学が真実を語っているとは限らない」らしいのです。

前出のジャーナリスト・山田氏が2017年にカイロ大学を訪問して調査をしたところ、(なぜか小池氏が卒業しているはずの社会学科ではなく)日本語学科長が、いったん「席を外して」記録を観に行って戻り、小池氏の在籍記録や成績を「口頭で」教えてくれたそうです。この本の著者の石井さんがカイロ大学にメールで照会した際も、「小池氏は確かにカイロ大学を卒業している。私たちは何度も日本のメディアにそう答えてきた」という回答が、成績の情報とともに与えられたそうです。

こうしたことについて、ある「中東を専門とする政治学者」は、石井さんに「いくらこの問題でカイロ大学に問い合わせても無駄ですよ。カイロ大学と小池さんは利害が一致しているのだから」と話したと言います。

彼女が名もないテレビタレントであれば、カイロ大学も相手にはしなかったはずだ。だが、知名度を上げていくにつれ、カイロ大学にとっても小池は無視することのできない存在となっていったのであろう。

エジプトには日本から二〇一六年度までの累計で、一千五百六十八億円の無償資金協力を含む多額のODAが投入されている。カイロでは、それを原資にオペラハウス、道路、橋が作られ、カイロ大学にも一部が渡っている。

エジプトは軍事国家であり、現在のエルシーシー大統領も軍部の出身だ。一見、のどかな観光立国に見えるが、実際には徹底した独独裁政権の軍事国家であり、当然、国立のカイロ大学も軍部の管理下にある。小池はエルシーシー大統領とも、何度も面会している。

(『女帝 小池百合子』より引用。太字はけそによるもの)

(日本の)「国」のお金を都知事の小池さんが動かせるのかな?という疑問はありつつ…闇が深すぎてげっそりです…。

こうした学歴詐称疑惑についての意見を、石井さんは以下のように書かれています。

学歴など政治家の実力と関係がない、と語る人がいる。そのとおりだと思う。大学を出ていなくては政治家になれない、などと思ったことはない。学歴が教養や能力に比例するとも考えていない。そうではなくて、出てもいない大学を出たと語り、物語を作り上げ、それを利用してしまう、彼女の人間としての在りようを問題視している。彼女は学歴と中東での経歴を最大限に利用し、政治的源泉として今の地位を手にした。しかし、それらが虚偽であったなら、公職選挙法を持ち出すまでもなく、その罪は問われるべきであろう。

(『女帝 小池百合子』より引用。太字はけそによるもの)

仮に、せっかくエジプトに留学したのに小池氏がまったくアラビア語を勉強せず、遊び歩いていたとしてもそれはまあいいと思います。政治家は絶対に善人でないといけない、とも思いません(人格否定するのは、ただの個人への攻撃だよなーと思うので)。

しかし、有権者が投票の際の参考にするであろう「経歴」について躊躇なく嘘をつき続けられる政治家が、当選後の仕事に対しては「有権者に対して真摯に真実を語ってくれる」と考えることは、きわめて難しいと感じます。

(なお、本書の中では、小池氏の話していることと証明書の発行日とを照らした際にわかる不審点や、証明書に押されているカイロ大学のスタンプの不審点の指摘なども詳しくされています)

――

都知事としての働きはどうなのか?

もちろん、学歴詐称が事実だとしたら問題なのですが、それを事実だと確定するのは(もしカイロ大学も繋がっているとしたら)難しいかもしれません。少なくとも、都知事選の選挙日までにはっきりする可能性は低いかなと思います。

ということで、次に考えたいのは、「都知事としての小池氏が、きっちり仕事をしてきてくれてたのか?」です。これは、小池氏が引き続き都知事として働くのにふさわしい人物かどうかを判断する上で、一番参考にすべき材料だとも思うので。

公約で彼女が掲げたのは、七つのゼロだったはずだ。待機児童ゼロ、満員電車ゼロ、残業ゼロ、都道電柱ゼロ、多摩格差ゼロ、介護離職ゼロ、ペット殺処分ゼロ。それらは、ないがしろにされ、選挙前に語っていないことをしようとする。思い付きで口にした公約は、到底実現できないと悟ったからであろうか。

〔中略〕

公約とした七つのゼロの中で、唯一、彼女が達成したゼロは「ペット殺処分ゼロ」だけである。二〇一九年四月五日の定例記者会見では、わざわざ自ら「殺処分ゼロを一年早く(二〇一八年度に)達成した」と嬉しそうに報告した。動物を愛する人たちからは礼賛の声があがった。しかし、この「ゼロ」には、からくりがある。

百五十匹近い犬猫を殺処分した上での「ゼロ」なのだ。老齢、病気持ち、障害のある犬猫は殺処分しても、殺処分とは見なさない、と環境省が方針を変更したからだ。だが、それは伏せて、彼女は「ゼロ」を主張したのだった。
(『女帝 小池百合子』より引用。太字はけそによるもの)

本書の中では、小池氏が、巧みな話術で論点をずらしたり問題点を隠したり時には問いかけを無視したりして、有権者や報道陣を煙に巻く様子がたびたび描かれます。

築地で働く女性たちの「築地女将さん会」が小池氏に裏切られるところ(※)など、ショックなエピソードがてんこ盛りでした…。

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※内容を要約すると、以下のような感じです。

・豊洲市場への移転について、当初小池氏本人から直接「築地は守る、豊洲を活かす」「いったん、豊洲にうつった仲卸の方も、築地に戻るときには、そのお手伝いをさせて頂きます」「今日は直接、こうやって伺うことが、どんなに重要かわかりました。これからもっともっと築地の、この市場のほうにも私、足を運ばせて頂きます」という説明を受け、「女将さん会」は小池氏を支持するようになった。

・しかしその後、「築地を守る」点について小池氏は「言っていない」と主張、さらに自分の決断だとはされぬよう、「農水省や都の専門家会議が決めたことだ」としたうえで、豊洲移転が決定。

・土壌汚染がひどいから移転を中止したはずだ、汚染値も下がらないのになぜ移転を判断したのか理由を説明してほしい、と「女将さん会」が要望しても、都知事からは一切回答がない。築地への訪問も、結局その1回のみだった。
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税金は、住んでいる人の代理で公共サービスをまわしてもらうために預けているお金であって、政治家が私利私欲のままに使えるよう寄付したお金ではないですよね。だから、「公共サービスをちゃんと回してもらっているのか確認する権利」や「お金の使いみちについて疑問点があったら説明を受ける権利」が、私たちにはあると思います。

本書では、小池氏が防衛大臣時代に残した功績は「両面コピーの推奨、自衛隊ブランドのエコバッグのデザイン、大臣専用車のハイブリッドカーへの切り替え、記者会見時のバックスクリーンの発注」等だと、記してもいます。

小池氏が再選されたとして、今後の働きを期待することはできるでしょうか?

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…といったように、この本、「知るべきなのに知るすべがなかった」いろんなことを教えてくれる良著なのですが、気にならないところもないではないです。

渡辺ペコさんが書かれているように、本のかなりはじめから、いとこの咲子さん(美しく、英語堪能な人らしいです)との比較がやたら入れられるんですよね。この点については、女の争い醜い!!だから女って嫌!感情的!みたいな言論を強化しそうな気がして、できれば避けてほしかったな、と思いました。

…とは言えとにかく、今の日本について考える上で、読んだ方がいい本であることは間違いないと思います。「政治の本って堅そうでだるいー」という方、私も普段政治の本って読まないんですけど、人間ドラマとしても面白いんですよ…(小池さんのお父さんがまず破天荒な人だったり、小池さんの周りにいる謎の人物の話だったり)。1日で読み終わりました。面白がってちゃいけないのかもしれないですけど、何かを知ろうと思ったときに「野次馬根性」から入るのも悪くないと思います。

マスコミの前などの「目立つ」シーンでは美辞麗句を並べて、時が満ちたらあっさりスタンスを翻し様々な人を切り捨てていく小池氏…「性格の問題」で片付けられるものではないように思います。小池氏に投票する前に、彼女の数々の手のひら返す行いを、ぜひ読んでほしいと思います。

「切り捨てられている」有権者の、一人として。

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