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東北新幹線で起きた事故の教訓と純粋に称賛すべき行動

<はじめに>

2024年1月23日に発生した東北新幹線の架線故障について、メディアの報道に不正確な部分があったため、鉄道電気専門家として正しい情報をお伝えいたします。この記事では、架線故障の原因、作業員の感電事故、輸送障害への対応不足の3つの問題点を取り上げ、鉄道運行の安全管理と技術革新の重要性を発信します。また昨今インターネット上では、厳しいご意見がありますが、専門家だからこそ発信できる称賛すべき行動も掲載いたしました。ご一読いただけたら幸いです。

<3つの問題点について(一般の方向け)>

① 電車線故障の原因について

まず新幹線の電車線は、電気を輸送するための重要な架線です。新幹線が高速で運転されるためで、パンタグラフとトロリー線が常に接触を維持することが求められます。これを実現するためには、WTB(Wheel Tension Balancer)という装置が使用されます。WTBは重錘と滑車の特性を活用し、気温の変化に伴う電車線の張力変化を調整します。

図1 正常な状態のWTB全景(引用先:NNN YouTubeより)

今回の電車線故障は、新幹線開業以来一度も交換されていなかったWTBの重錘ロッドが故障の原因となった可能性が示唆されました。その結果、電車線の張力が失われ、電車線がたるみ、そこへ車両が侵入してしまい、パンタグラフの破損に繋がったと報告されました。JR東日本はこの事故の原因と推測される重錘ロッドの破断について、鉄道総合研究所に依頼しており、現在調査中です。

図2 破損した重錘ロッド(引用先:NNN YouTubeより)

1/30午後2時ごろ、JR東日本の記者会見が行われました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d834e2d7f714b785740c9337f47176bdd512aaa7

この会見では以下の事柄が報告されました。要点だけ記載します。

  • 新幹線全線のWTBについて490箇所近距離からの目視点検が行われ、WTBを構成する設備のひび割れは確認されなかった。1月30日早朝で確認完了。

  • 追加の点検として、393箇所を対象とした浸透探傷試験(通称、カラーチェック)が実施される。(車両センターを除いた新幹線本線部分のみ実施)

  • 東京・大宮間の今回修繕した場所を除いた7箇所の重錘ロッドについては、浸透探傷試験(カラーチェック)が施され、微細なクラックがないことを1月30日早朝に確認済。

  • 東京・大宮の区間のみ2024年3月末までに、重錘ロッドの取り替えが実施される予定。この間、同種事故が発生しないよう、電化柱と重錘をつるワイヤーを結びつける暫定対策を実施。

  • その他、394箇所の暫定対策は、2024年7月末までに実施する予定。

  • 恒久的な対策は、WTBからSTB(Spring Tension Balancer)への移行を検討中。

(MEMO)

STBはバネを用いた張力調整装置で、一定の張力を維持し、部品の破損や老朽化に対する耐性が高いことが特徴です。これにより電車線の安定性が向上し、メンテナンスの頻度とコストが削減される可能性があります。

現在、JR東日本管内では、2,100箇所程度のWTBからSTBへの交換が完了。今回の事故で点検対象となった490箇所のうち、440箇所がSTBへの交換を予定しています。残りの50箇所については、現場の状況を勘案し、引き続きWTBを使用し、健全な状態を維持する方針とのことです。


図3 恒久対策として使用されるSTB全景(引用先:三和テッキ株式会社様HPより)

② 電車線職人の感電事故

緊急時の指揮命令系統が複雑化したことが感電事故の原因の一つではないかと推測していますが、本日時点で詳細は明らかになっていません。

この電車線職人さんは、私が前職の頃から大変お世話になっている方で、素晴らしい電車線技術をお持ちの方です。そんな方が感電してしまったことについて、いまだに信じられません。しっかりと原因を解明されるとともに、1日も早い復帰を願っております。

こちらについては、もう少し状況がわかってから、感電事故について詳しく記載したいと思います。

③ 輸送障害への対応不足

多くのメディアで、今回の事故発生時、大宮駅での折り返し運転が不可能だったことを指摘しております。しかし今回は電気的に事故現場と大宮駅を分離することが難しかったため、実現することはできませんでした。

<具体的解説>

今回の事故発生現場は、新田端変電所から新大宮変電所の間です。両変電所の間には、新与野き電区分所が存在します。き電区分所は、2つの変電所の境界部分に設けられます。新幹線は交流なので、電気的な区分を作らなければなりません。今回は、不運にもこの境界の部分に車両が差し掛かった時に事故が発生してしまいました。そのため、新大宮変電所の電気を停電せざるを得ず、その範囲に大宮駅が含まれてしまったことが挙げられます。

図4 事故発生箇所の位置関係 及び 大宮駅を停電せざるを得なかった理由

<総論>

今回の事故は、複雑に絡み合う鉄道業界について深く考えさせられる内容でした。

  • 1本の重錘ロッドにより、ご利用されるお客さま(推定12万人)に影響が出てしまうことは、専門家である私も想定外

  • 発信するメディアについては、設備の正確な情報を発信できていない。

  • 専門家でない方の意見をそのまま地上波に乗せて放送してしまう。

そのために私ができることは、専門家として正確な記事を書くことだと考え、行動しました。全ての情報が開示されていない段階での更新に悩みましたが、現時点で判明していることと、私の推測を織り交ぜて、なるべく正確でわかりやすい記事にしております。

<編集後記>

電車線工事は通常深夜に行われるため、システムチェンジには長い工期と膨大なコストがかかります。予測不可能な事故に対する防止策は非常に難しいことだと考えています。しかし、鉄道会社は、弛まぬ努力で日々メンテナンスや改善していることをもっと皆さんに知っていただきたいです。

今回の事故で称賛されるべき事柄は

  • 事故翌日にほぼ通常ダイヤに戻した工事関係者や職人たちの緊急時対応力

  • およそ2,100箇所程度あったWTBを、日頃からコツコツと計画的にSTBへ変更していた施工実績

  • 事故が起きてから1週間で同種事故が発生しないよう点検できるマンパワー

これらのような努力が、社会に発信されるべきですし、もっと認められるべきだと考えています。

世界に誇れる鉄道は、皆さんの正しい理解によって形成されると筆者は思っております。より具体的な解説もできますので、いつでもお問合せください。鉄道電気の発展のためなら、喜んでお引き受けいたします。


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