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■ 我謝守護神 ■

階段とガジュマルが目印

我謝の大綱引きの後、周辺に拝所などがあることがわかり、撮影に行ってきました。今回は「我謝守護神」を紹介します。Googleマップを頼りに行ったところ、また裏側に連れていかれ、周辺を歩き回り何とか発見しました。

石碑

我謝守護神は、もともと別の場所にあったいくつかの拝所が合祀されています。かつては「ガージャモー(我謝森)」と呼ばれる丘で、字我謝の「トゥン(殿)」があったそうです。殿があるということは西原ハイツのあたりに「かつてはグスクがあった」可能性が十分にあります。

合祀された拝所

事前の発掘調査では、白磁・青磁や中国製の磁器、加えて貝・獣魚骨、炭化した米や麦などの自然遺物も出土しています。そこから沖縄グスク時代初期から17世紀ごろまで、この一帯が「生活の舞台」であったことがうかがえます。

ここには与那城(我謝遺跡)があったとされていますが、西原ハイツの造成工事で遺跡の大部分が消失してしまいました。

追記
他の拝所を探している時に見つけた名前がわからない拝所も紹介

多分、ガーの跡ではないかと思われます。

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