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老子と学ぶ人間学⑤老子的インキュベーター

1.老子的理想国家

国が中央集権体制を強くすればする程、
官庁や役人の数が増え、税負担は多くなる。
産業も首都圏に集中し、
人口は都市に片寄り、地方は過疎化する。
そんな過密になった都市に住む人々は、
高い住居費や物価や疫病に苦しみ、
更に生活は苦しくなるという悪循環…。

その全ての元凶は、
「為政者が余計な事をやりすぎるからだ。」と老子はいう。

道徳経 第七十五章
民の飢うるは、其上の税を食むことの多きを以てなり。是を以て飢う。
民の治め難きは、其上の為すこと有るを以てなり。是を以て治め難し。

老子の理想とする国家とは、
地方自治体を単位とするものであり、
国は小さく、住民は少ない方が望ましい。

道徳経 第八十章
小国寡民。
什伯の器有るも用いざら使む。
民をして死を重んじて遠く徙らざら使む。
舟轝有りと雖も、之に乗る所無く、
甲兵有りと雖も、之を陳る所無し。
民をして復た縄を結びて之を用い、
其食を甘しとし、其服を美しとし、其居に安んじ、其俗を楽しま使む。
隣国相望み、雞犬の声相聞こゆるも、民は老死に至るまで相往来せず。
どんなに文明の利器が発達しても、
なるべく使わせないようにさせること。

今の生活を大切に考えるように指導し、
舟や車があっても、
それに乗って出かける必要もなく、
武器があっても
使用する機会がないようにすればいい。

昔の人(老子より昔の人)は、
縄を結び、安心の契約のしるしとした。
安心の契約とは、
与えられた食事を美味しいと感じ、
手に入る衣服を立派なものだと思い、
自分の住居に居心地の良さを感じ、
独自のカルチャーを楽しむことだ。

そのように、「今の生活」に安心と楽しさを感じられれば、例え隣の自治体が、鶏や犬の鳴き声が聞こえる程の近い距離にあっても、年老いて死ぬまで、互いに行き来する必要すら感じない。

老子は、地方自治体こそ国家の原点だと述べている。

そうなると、中央政府の役割は何か。

中央政府は自治体に対し、
小魚を煮る時の要領で支配せよという。

大国を治むるは、小鮮を烹るが若し。
(道徳経 第六十章)

小魚を煮る時の要領、
つまり、
はらわたも頭も骨もとらず、
そのまま鍋に入れ、箸で突っつかずに煮る。

下手に突っつくと、
小魚はバラバラになってしまい、
箸でつまむことすらできなくなる。

地方自治を重んじ、干渉せず、
つっつかず、それでいて、
コトコトと丁寧に、時間をかけて、
同じ味で煮ていくことだ。

2.老子の政治 無為の政治の実践例

 中国の歴史上、このような老子の無為の政治が施行された時代はあったのだろうか。

たった一時だけ、60年間だけ実現したという。

劉邦による漢王朝(前漢)建国(紀元前202年)から、七代目の武帝までの約60年間は、この老子的無為の政治統治が行われていた。

約550年も続いた戦闘時代(春秋戦国時代)を経て、始皇帝が中国を統一したが、彼が行ったのは厳格な法律による圧制統治だった。

11年間という短期間だったが、始皇帝の死と共に各地で反乱の狼煙が上がり、結果、3年後に劉邦が秦王朝を倒し、漢王朝を建国した。

始皇帝の圧政的な法統治により、人々はお互いを信じることが出来ず、憎み合い、人口の半数もの餓死者をだすほど飢饉も深刻化、人肉まで食べるという悲惨な時代になったという。

漢王朝の建国に功労のあった曹参は、土地の長老や学者を集めて国を安定させる政策を問いたところ、老子を学ぶ者がいて、この無為の政治を進言した。

焚書坑儒といって、始皇帝が儒教の書を燃やし、儒者たちを生き埋めにするという徹底した儒学者粛清の直後ということもあり、この老子的政治は実現した。

そのため、漢王朝は建国にあたり、

賢い人物を役人から退け、
頭より腹のすわった人物を任命、
禁令(刑法)を減らし、
税金を軽くし、
地方のことは地方に任せ、
民間のことは民間に任せ、
中央政府は、新しい政策を一切行わず、
部下のちょっとした失敗は見て見ぬふりをして、役人たちは朝から晩まで酒を酌み交わしていたという。

この老子型統治法により、様々なイノベーションがおこり、60年後の武帝の始め頃は、街には食糧があふれる繁栄ぶりに一変したという。

だが、国の安定期に入ると、好き勝手を許すという無為の政治のマイナス面も強まり、若き皇帝武帝は、皇帝権力の強化を唱え、儒学者、董仲舒を登用、紀元前136年、儒教を中国史上始めて国教に指定し、強力な中央集権、厳格な階級制による儒学的官僚主義国家体制を樹立した。

この制度は、その後歴代の中国王朝に定着、周辺国家にも影響を及ぼし、儒教は東洋思想の官学理念として今に至る。

3.2030年問題×老子時代

我が国の未来予測、2030年問題は深刻だ。

人口の1/3が高齢者になり、生産年齢人口が減少、過疎地域が深刻化、GDPの低下により国際競争力は低下し、物価は上昇し、社会保障費も不足するという現実を、具体的な数字をあげながら政府は明確に示している。

今更人口を増やせない現実において、この問題の解決策は、テクノロジーを活用した新しい産業の創出(イノベーション)だという。
そのため、官民一体になってテクノロジー推進に躍起になっているのだ。

だが、テクノロジーは道具に過ぎない。
大切なことは、テクノロジーで創出する社会構造だ。

孔子型社会か、老子的社会か、
それとも韓非子的社会か。

今の若者は極めて老子的だと思う。
自然との共生、地域社会への貢献など、抽象的で漠然とした夢を語る。

シェアリングエコノミーという概念も老子的だし、
デジタル通貨なんて、非常に仙人的で老子的だ。

孔子教育を受けた年配者は、
「頼りない若者だ」というが、
そうではなく、これからは、
「老子的若者」だと言って欲しい。

今の時代に孔子がいたら、
リアルな出会いを実といい、
オンラインの出会いは虚というだろう。

そうなると、愛も、
人と触れ合うリアルな愛を実愛といい、
SNSで毎日交わす愛の言葉は、虚愛になる。

だが老子は、すべてひっくるめて愛と呼び、
リアルとバーチャルを組み合わせることで、
中極の世界、安定した愛が生まれるというだろう。

テクノロジーは、孔子より老子の方が上手に使うに違いない。

この時代に老子がいたら、日本人は不老不死を達成したと言うだろうし、スマホなど、仙人ツールと名付けるだろう。

テクノロジーでどのような社会を創りだすのか。
オンライン教育一つとってみても、孔子的教育か、老子的教育かで教育構造に作り方が全く違う。

その発想がないと、何を組み立てればよいのか分からなくなり、テクノロジーはあっても、コンテンツが曖昧という、日本特有の箱型ビジネスになりかねない。

4.自主性をもってイノベーションを興す

あなたの部下は、孔子的か、それとも老子的か。

ゲイツもザッカーバーグも19歳
ジョブズは21歳、
孫正義は24歳、
ラリーペイジは25歳、
ベゾスは31歳。

これは、GAFA創業者たちの起業年齢だ。

ちなみに、アインシュタインは
26歳で、その画期的な研究を行った。

年齢が若い程、
良いアイデアがひらめくのではなく、
年齢が若い程、リスク許容度が高いことが理由だという。

懸命なる経営者の多くは、
今、イノベーションを興さないと、
かなり厳しい状態になる事を知っている。

そのため、社員教育やワークショップなどを開催して、どうにかして社員からイノベーションを引き出そうと工夫をしているだろう。とっても孔子的な方法で。

だがイノベーションはおこらない。
会社組織そのものが、リスク許容度が低いからだ。

それではどうすれば良いのだろうか。

まず会社を、
現在の業務を維持保守する、
孔子チームと、
新しい事業を興す、
老子チームの2グループに分ける。

老子チームからは、頭の良い人間を外し、
頭や学歴より、
腹がすわった人間をリーダーにする。

給料は基本給だけの成果報酬。
基本給も安くて良い。
その代わり、
会社の規約、上司への報告義務を一切外し、
ちょっとした失敗は見てみぬようにして、
どこで何をやろうが、放っておく。

給料が安いと文句を言ってきたら、
そういう事をいう人物は孔子型なので
孔子チームに振り分ければよい。

何より重要なことは、老子チームに、
1~2年で結果を出せとは言わないこと。
毎月報告せよとも言わないこと。

彼らと飲みに行くのは良いが、
報連相(ほうれんそう)をせよなど、
絶対に言ってはいけない。

放っておく。ひたすら。すると、

3年目に事業の芽が生まれ、
5年目にカタチが作られ、
7年目に結果が見えるだろう。

2030年問題を考えると、ギリ間に合う。

めげそうになったら、
「小魚を煮る方式」を思い出そう。

頭やはらわたをとらず、
その人物をそのままを受け入れ、
上手に時間をかけて、弱火で味付ける。

焦って突っついてしまうと、
せっかくそこまで基本給を与えてきても、水の泡。

それでも、
世間一般のイノベーションを生み出す確率は、
1000分の3だという。

つまり、企業がインキュベーターになるには、
それ位の覚悟がない限り、

イノベーションは生まれない。

インキュベーターとは、
イノベーターを育てる孵化器。
卵は温かい環境で、そっと触らず、
見守らない限り、孵化しないのだから。


一般社団法人 数理暦学協会
代表 山脇史端



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