冬の読書感想文 『君の背中に見た夢は』外山薫 著

「あー、お受験か。なんか1冊目出した後にそんなこと言ってたな。ふーん、はいはい、小学校受験ねー。え?中学受験じゃなくて!?」読み始めてしばらく経ったところで引っかかりました。まさに序盤の主人公と同じ状態。自分自身が全く知らなければ、生まれてこのかた興味を持ったことさえない世界に入ろうとしていたのです。

私は高校までずっと公立、高校も卒業したら就職するのが当たり前みたいな学校に推薦入学しました。ちゃんとしたお受験の経験は大学受験しかありません。ありがたいことに社会人になっても学歴で困ることもなく、辛くはありつつもそれなりに順調にやってきました。そんな人間なので、子供を私塾に通わせる親の気持ちさえよくわからないところに小学校受験……一体どれだけ異様でグロテスクな世界が描かれるのだろう、と野次馬根性丸出しで読み進めました。

ところが主人公の新田茜、お教室のママ友メンバー、先生、それぞれが見せる子供に対する向き合い方、期待、本当に学んでほしいと思っているものはどれも理解可能、むしろわりと本質的なことまで考えているのだと感心すらしてしまいました。受験の経験はなくても、算盤だの習字だのスポーツ少年団だの、習い事をしたことがある人間なら違和感がないどころか、肯定したくなるような動機。私がもし人の親だったら、彼らと同じ結論に至る可能性も十分にあったでしょう。

きっと多くの読み手は「合否よりも受験に向けて経験してきたこと、学んできたことがきっと子供の将来を豊かにする」そんな彼らの想いに共感し、まるで我が子のように主人公の娘、結衣の成長を見守ってしまうのではないでしょうか。家庭とキャリア、自分の人生で一番大事にしたいものは何か?日々迷いながら生きる世代には強い手触り感のある作品になっています。

が、エピローグ、カバー裏まで読んだとき、自分と作品の距離感がまた変わりました。くすりと笑えるようなやり取りに和まされつつも、ラストの感動的な面接のシーンも含めて、結局ずっと大人の都合、大人の視点で物事を見ていたことに気づかされたのです。日本の美しい文化に触れ、生き物の名前を知り、折り紙を折る器用さを身につけること、刺激的で自由な世界に触れ、アニメのキャラクターの名前を知り、テレビゲームが上手くなること、そこに優劣はあったのでしょうか。

もうタワマン文学界隈などとカテゴライズする必要もないでしょう。前作で披露した著者の世界観を引き継ぎつつ、新たな切り口で楽しませてくれます。物語としての結末はしっかり描きつつも、大きな疑問を投げかける、そんな作品でした。


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