トースターを買い換える。
こんばんは。毎日暑いですね。
日曜日いかがお過ごしですか。
私は久しぶりにショッピングモールに出かけました。本当に久しぶりの外出です。
我が家のトースターが壊れてしまったもので。
そのトースターは結婚した年に買ったもので10年使っていたことになります。
当初、私は大きなオーブンレンジを新居に持ち込んだのでした。新しい生活にそれはもうはりきって。そのオーブンレンジは多機能でトースター機能もあったからこれ1台で生活は回るはずだと思っていたのですが、実際に暮らしてみるとトースター機能を使うには焼き網を付け替えたり電子レンジとの併用ができなかったりと色々めんどくさいことがわかりました。(私が多機能を使いこなせなかった)
そこで最低限の機能だけついたトースターを夫が2000円弱で買い足したのでした。
予想通りにいかなくて私は多少つまらなかったのですが、実際に使ってみるとそのトースターの方が多機能オーブンレンジよりも大活躍。餅もフライもグラタンもみんなそのトースターが焼いてくれました。
話は戻り、そのトースターが壊れたのが先週のことでした。突然、温まらなくなったのです。何の前触れもなく。あたたまらないトースターを見ながら、ある歌が浮かびました。
スキマスイッチの『ドーシタトースター』という曲。
この歌を聴いていた頃、私は実家で暮らしていたので誰かと暮らすことは想像でしかなかったのですが、別れの辛さや何かに縋る切なさは少なからず経験していたので、愛着があり繰り返し聴いていた曲です。
あたたまらないトースター。
10年共に過ごした物とお別れするのは、多少なりとも感傷的になります。トースターには「2010年製」と書かれていてそれを横目に見ながらもう10年かもう11年目かと思っていた。そういえば、結婚当初からずっと持ち続けているものって他に何が残っているのかしら。
炊飯器もオーブンレンジも冷蔵庫も洗濯機も壊れて買い替えた。テレビがあるな。あとは食器が少しかしら。
変わらない暮らしと思いきや、10年経つとはじめと全く違うものに囲まれて暮らしているのです。
人の髪の毛や皮膚、細胞が変わるまでの期間についてどこかで読んだことがあります。
10年前の自分と今の自分は細胞レベルでは別人になっているのだと。
私と夫の生活も子供ができ、引っ越し、物が壊れて買い換える時、私達はまるで別のものになっているのかもしれない。
私達は一緒にいるけれどドーシタトースターの二人のように過去のある時と今の私達は別のものになっているかもしれない。今一緒にいても、昔の日々とは毎日別れながら暮らしているのかもしれないと思います。
私が私であることに、私は信念も自信ももてません。そして環境にあっさり流されてしまうと思っています。だから結婚してから10年間、危なっかしい日々がどうにか続いていきました。
夫と私の日々のスタートに、私は力んで多機能オーブンレンジを準備したけれど結局使いこなせず、シンプルなトースターに支えられ、10年後にまた新しいトースターを迎えました。このトースターが壊れる頃も、私達が仲良く暮らせていると良いです。この頃は感染症のニュースのおかげで命について考えさせられるしこの先のことも憂えてしまうので、ますます考え込んでしまう。夕ご飯を作りながら、ドーシタトースターを聴きながら。
今日行った電気屋さんには、本当に色々な種類のトースターがありました。でも結局今回もパン焼き機能だけのトースターを買いました。
凝ったものでもなく高価でも一流のものでもない。単純で安価で使いやすい。このトースターは自分達の身の丈に合っている。そう思います。
明日の朝、パンを焼くのが楽しみです。