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『詫び石』【短編・掌編小説】

「…ております。繰り返しお知らせいたします。本日午前6時30分ごろに発生した架線における事故の影響で、当路線は20分程度遅延しております。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。現在確認の…」


この世に電車という移動手段がある限り、遅延などはあるだろう。
駅員さん方は私たちを運んでいただいてるのだし、全然謝らないでほしい。

遅延などが起きた時は駅で「遅延証明書」というものを配布している。これを学校などにもっていけば、遅刻の原因が説明できて、いわば免罪符になる。

だが、最近できたこの路線は従来の遅延証明書とは異なるものを配布している。
それが「詫び石」だ。
もともと詫び石という文化はソシャゲなどにおいて、メンテナンス明けや不具合の解消後に、運営からユーザーに向けて「ご迷惑をおかけしました」の意味で贈られるアイテムのことだ。
それを集めることによって、ソシャゲではガチャなどを引くことができる。

この路線は、運転見合わせや遅延などが起こった際に、その「詫び石」を配布している。駅のホーム内だけに流れるWi-Fiをつなぎ、一定時間内に専用アプリを開いて申請を行うことで入手できる。
よくできた仕組みだ。

この詫び石やログインボーナスを集めると、ソシャゲと同じくガチャを引くことができる。確率はそこまで高くないが、併設の駅ビル内の居酒屋で使える値引き券やホームの自動販売機で飲み物1本無料になる電子チケットが当たるらしい。駅ビルも展開し、その中の店ほとんどがグループ会社と聞くから、よほど潤っているのだろう。

せっかくだから受け取っておくか。イヤホンから流れる音楽を一度止め、画面をタップしてアプリを開く。Wi-Fiをつなぎ、メールボックスから詫び石を受け取る。

「20xx/5/3(日) 6:30ごろに発生した架線事故における遅延に関して、ユーザーの皆様には10個のストーンを配布します!」

申請を行うとアプリ内の通知にバッヂがついているのを発見する。

【お知らせ】「【ガチャパワーアップ!】次のストーン配布のタイミングより開始予定のガチャでは超低確率ですが、当選した1名の方に100万円分の商品券をプレゼントいたします!」

すご。いいのか?そんなことして。
法律には詳しくないが、なにかしらに引っ掛かりそう。
そんなことを思いながらアプリを閉じ、再び電車を待った。



次、遅延や運転見合わせが起こるのはいつだろうかなんて、待ってはいないが考えながら。






その日、その路線は再び動かなくなった。
アプリも、開くことができなくなっていた。






電車が止まる事故の原因は多様だ。
2017年と古い記事だが、「30分以上の遅延」の原因を順位づけたとき、3位が7.9%で車両故障など、2位が24.8%で火災や線路妨害

1位は50%近くで「人身事故」だという。

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