何かに没頭できる世界を目指す - 小野和俊「その仕事、全部やめてみよう」感想-
小野和俊「その仕事、全部やめてみよう」読了。
著者である小野和俊さんのブログはこちら。
アプレッソ(ITベンチャー)を経て現在はクレディセゾン(老舗金融企業)のCTOを務める著者による仕事本です。本書は小野さんがブログで書かれていた内容も含まれていますが、商品の差別化やキャリアの磨き方などトピックが多岐に分かれており、特にIT業界・それもエンタープライズ系の会社にいる人々にとっては刺さる内容が多いと思います。
以下、私が特に興味を持った点を記載します。
とにかく山をつくれ!
自分のキャリアを振り返ってみると、そのほとんどは上司と相談しながら
・ここが弱点だからここを改善しよう
・ここは改善点だから今度はここをカバーするように
と、とにかく谷を埋めることの繰り返しでした。上司から改善点に関する指摘があり、私自身も何の疑問もなくそれを受け入れていました。すでにできるところや得意なところは、「これ以上手当てしていなくても仕事ができるのだから、これ以上何もしなくて良い」ということで強さをさらに伸ばすという取り組みは行ってきませんでした。
結果、明らかに伸び悩んでいます。
いちおう谷は曲がりなりにも埋められているので直近で困ることはありませんが、「直近で困ることがないだけ」で、広がりがあるかと言われたら、返答に詰まってしまいます。
市場に勝てる商品を作るには「谷を埋めるな、山をつくれ」と書かれていますが、これは人材・キャリアについても同じでしょう。
※以降、特に注釈がない場合の引用は、小野和俊「その仕事、全部やめてみよう」(ダイヤモンド社)からの引用とします。
「谷」に引き寄せられる理由は、「社内で話を通しやすい」「自分がラクだ」など、自社または自分都合がほとんどだ。
しかし本当に重要なのは顧客視点で考えること。どれだけ「谷」を埋めても、「山」がなければ、その製品の特徴は見えない。(P.24)
最初にやらなければいけないのは「山」を明確にすること。「山」がはっきりしていないのに「谷」を埋めることばかり考えるのは、ラクだが無駄な仕事だ。(P.25)
最低限クリアしなければいけない点はあっても、それをクリアしたなら、あとは「山」を明確にして、山を作ること。これが勝てる商品だと著者は説きます。もちろん常勝ではありません。しかし、「戦う場所を間違えなければ勝てる商品」ができあがります。
まさにキャリア論と同じだと思います。
余談ですが、本書では「山」を作るプレゼンとして以下の3つが挙げられています。
・共感する事実から入る
・重要なつなぎは自分の言葉で語る
・決めゼリフを用意する
この3つを押さえたプレゼンを見られるテレビ番組があります。
テレビ朝日の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」です。
人生の途中でしくじっちゃった「しくじり先生」が教科書を片手にしくじらないための授業を行うのですが、授業は前述の三要素をすべて押さえています。強烈なエピソードが多いため見逃してしまいそうですが、さすが芸能人はプレゼンがうまいなあと感心することが多いです。プレゼンに悩む方は、一度観ることをオススメします。
**ラストマン戦略の落とし穴
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第三章の「ラストマン戦略で頭角をあらわせ -自分を磨く-」は、前述の通り、谷を埋めるばかりで山を作ってこなかった私には思いっきり刺さりました。ただ、一つ気になることがあります。それは、
「そのラストマンには、本当に需要があるか確認しないといけないのでは?」
ということです。
例えば、著者はサン・マイクロシステムズでXMLのラストマンになっています。
プログラミング全般で社内のラストマンになるのは難しそうだったので、大学時代から野村総合研究所のアルバイトで使い込んでいたXMLと言う分野でラストマンを目指すことにした。正式な使用が決まったばかりで、さらに詳しい人がほとんどいなかったからだ。
上司は環境に恵まれたこともあり、約半年後、私は白菜のスペシャリスト(XMLに詳しいエンジニア)として、シリコンバレーにある山本社で仕事をする機会を得ることができた。(P.109)
著者はXMLに詳しくなることでシリコンバレーにあるサン・マイクロシステムズの本社で働くことができました。
でも、もしXMLが日の目を見ない技術であったとしたら?
著者は肉屋(プログラミング)で白菜(XML)に詳しくなり、「白菜(XML)のことなら小野に聴け」と、白菜(XML)のラストマンになりました。しかし、これが結果につながったのは、XMLに需要があったからこそでしょう。例えばXMLではない別の技術が採用されたり、あるいはXMLに関する内容は外部に一括で委託など、社内で活躍できるチャンスが得られるとは限りません。
ラストマン戦略はキャリアを考える上で大変有用ですが、「そのラストマンは本当に需要があるのか?今後も活きる技術か?」という観点を持たないと落とし穴にハマってしまうのでは、と感じました。
自分の仕事を風林火山に例えてみる
著者はエンジニアを風林火山に例えています。
・風のエンジニア
迅速な設計/実装によってチームを加速させる。風のエンジニアがいない開発チームでは、他に先駆けて新製品やサービスを利用することが困難になる。
・林のエンジニア
突発的なトラブルが発生しても冷静に対処し、チームに「乱れぬペース」を提供する。林のエンジニアがいない開発チームでは、トラブル発生時に的確な判断を行えず、混乱に陥りやすい。
・火のエンジニア
新しい技術/方法/ツールの積極的な導入によって、チームやその成果物の競争力を高める。火のエンジニアがいないからチームでは、イノベーションが起こりにくい。
・山のエンジニア
厳密なエラーチェックと堅牢なプログラミングによって成果物の安定性を高める。山のエンジニアがいない開発チームでは、常に品質の低さに起因する不安にさいなまれる。
(P.127)
エンジニアなら「自分はどこに当てはまるだろうか」「あの人はどこに当てはまるだろうか」と想像しながら面白く読めると思います。また、この「風林火山」の話はエンジニアに限った話ではないと私は思います。例えば
風:実行推進者
林:トラブルシューター
火:企画
山:レビュアー
とみなせば、「企画を立案する火の営業マン」「企画を推進する風の営業マン」「見積やリーガルチェックなどを行う山の営業マン」「トラブル対応の早さに定評のある営業マン」と、他の職種でも分類できるんじゃないかと想像しています。
この4要素は、できること・できないことをざっくり把握できること、この4要素をカバーできるチームは強いチームになることを考えると、有用なツールだと思います。
私生活でも役に立つTo Stopリスト
「やるべきと思われているが、実は不要な仕事」であるTo Stopリスト。著者はこのリストを以下の3つのタイミングで作る・更新すべきと書いています。
・何かを新しく始める時
・忙しすぎて業務が回らなくなってきている時
・非効率な仕事が増えてきている時
仕事だけではなく私生活でもTo Stopリストは活躍する。なんとなくダラダラ続けて時間やお金を使ってしまっていることはないだろうか。試しに一度やめてみよう。大きな問題がなければ、やめることを習慣化していこう。(P.145)
To Stopリストは、特にサブスクリプションサービス全盛期の今こそ使える内容だと思います。月額サービスに申し込んだは良いものの、最近あまり使っていない、でも月々の支払いは大したこと無いので止め時を失っている。そういう場合、To Stopリストは効果を発揮します。
私の場合は、月に1度、クレジットカードの明細を見る時間を設け、サブスクリプションサービスの一覧表をチェックします。「3ヶ月連続で1度もサービスを利用していない」場合は退会しています。仮に退会してもアカウントが残っていればサービスに復帰できるので、あまり深く考えずに退会した方が良いと思います。事実、僕はNetflixを3回ぐらい退会しています。
なお、この第4章「「To Stopリスト」をいますぐ作る -生産性を上げる-」は、コラムも含めて1番共感できて面白かった章でした。原因の切り分け方やオフィスの遊び心、会社に炊飯器を持ってくる話など、本当にその通り、もっと遊び心を持っていいじゃん、など膝を打つことが大変多く、こういう環境で働いてみたいと思わせるようなエピソードばかりでした。
おわりに 山田先生の教え
ところで、本書の刺さった箇所などを書いてきましたが、この「おわりに」が一番刺さった箇所です。私は、これこそが本書の本体(核)だと信じています。
山田先生は勉強についても教えてくれたが、それ以上に、「勉強した先にある世界」の楽しさを教えてくれた。
面白さを体験し、自ら進んで学ぶようになれば、勉強は苦にならない。(P.220)
本書のタイトルは『その仕事、全部やめてみよう』だ。さまざまなことを述べてきたが、一番やめるべき仕事は、没頭できない仕事だ。没頭せずに何かにとり組む事は、普通以下の成果しか出せない非効率的な仕事の仕方だ。
山を作ろうとする時も、誰のどんな喜びに寄与する仕事なのかを考えていくときも、仕事の効率を上げていこうとするときも、仕事の中に面白さや楽しさ、やりがいを見出して夢中になって取り組むことこそが、仕事を力強く前に進めていく原動力となる。(P.221)
名文です。引用部分の「仕事」を「人生」に置き換えても違和感がありません。なぜ勉強をしなければいけないのかが余すところなく説明されています。
「勉強した先には、何かに没頭できる世界があるから」人は勉強をする必要があるのだと、思い至りました。
本書は平易な本で、2時間もあれば読み終わる本です。「当たり前」と思えることや「その視点は無かった」など、トピックによってさまざまな感想が出てくるでしょう。本を読んだ後、いろいろな話をしたくなる本でした。
ひとまず、To Stopリストを更新するところから始めます。
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