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5.子どもを犠牲にするマザコンの習性


5.子どもを犠牲にするマザコンの習性
 
相手方(子どもたちの父親)の名は小山田隆志。1972年(昭和47年)10月5日生まれで岩手県久慈市の出身。特に出身地などを誹謗したり蔑む意図はないが、相手方の性質と言うのを知るために欠かせないファクターである。私自身の戸籍名は婚姻時の小山田のままであるが、これは相手方に未練があるからなどと言うものでは断じてない。唯一あるとすれば会う事もかなわない子どもたちと同じ姓であると言う事でホンの僅かだけ感じる絆という程度に過ぎない。そもそも、地方集落特有の排他性にあるように離婚した者がその地域の姓を名乗るなという事で子どもと会えない、姓を変えれば必ず子ども会わせると言うのなら喜んで姓など捨てる。そもそも相手方の姓を今でも名乗るのは、私自身の出生名は母親が最初に結婚した実の父親の姓。その後、母の再婚にともない再婚相手の姓となっていた事で離婚後に「戻るべき姓」がなかったからと言う事に過ぎない。相手方には非常に偏狭な地元愛・故郷愛がある。食事をしていても「久慈のウニはもっとおいしい」だの「岩手のコメが一番」だのまあそれは良しとしよう。子どもの頃から食べ慣れたものに愛着を感じる事は悪いことではない。地方出身者でも、良いものは大消費地に出荷されるから「地元には余り物しかない」といった冷めた目で見る人も知っているが対極と言うより偏狭なのである。
 
地方集落特有の排他性として、本人が全く関係なくとも親族が凶悪な事件を起こすなどしていわゆる村八分などの目に遭い離村を余儀なくされたと言う話は聞かなくもないが、特に相手方にそのような事情が有ったと言う事は聞いてもいないし、母や長兄が今でも地元にいる。ところが私はその相手方の故郷に一度も行ったことはない。法的な婚姻期間は3年9か月だが、最後の11か月は別居しているし、妊娠していた期間もあるから頻繁にという事はなくても、それ以前の交際期間もあるのに、一度もないと言うのはおかしいと今では思うが、要は最初から私は小山田一族に家族扱いされていなかったのである。相手方の父は相手方の幼少期に亡くなっている。実際に何が原因で亡くなったのかさえ知らない。元夫からは「お前は地元の人間ではないからお前が知ることではない」とさえ言われていた。普通なら婚姻して子どもまで誕生すれば父の墓参りへ行こうとかいうのがごく自然な感情である。また誰しも事情と言うのがあって敷居が高いと言う事もあろう。先の本人に関係なくとも親族が凶悪事件を起こしてとか、親の反対を押し切って上京したが、事業に失敗して保証かぶりさせたとか、そういう話は一切聞いていない。と言うよりも相手方は「極度のマザコン」である。それこそ毎日毎日、岩手の老婆トキヱに電話し安否確認なのか何の話をしてるのか分からないが、まるで母親ストーカーなのだ。もちろん、「家族関係に支障をきたすようなマザコン」でなければ、親を大事にする気持ちは悪くはないだろう。岩手県久慈市夏井町という相手方の実家に対しては私自身は全く関心もないが、私の当事者の仲間がグーグルマップで調べた事がある。相手方の実家は久慈市と言っても中心街ではなく、元々は町村合併で編入された僻地とのことで、最寄り駅も2時間に1本程度しか列車のない閑散路線で駅舎もなく廃車になった貨車を代用しているような有様だ。実際に、「買物難民」と言うのは良くあることで、周囲も人跡稀な地域で日常生活にも事欠くのではないかと思う程である。
 
確かにそんな未開の土地(「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざがあるようにこのような表現は勘弁してほしい)のような場所の老親が気がかりと言うのは分からなくもないし、母トキヱとしても相手方の幼少期に自身の夫を亡くし、子育てに苦労したという思いも有ろうし、さらには相手方は男だけの3人兄弟の末っ子、溺愛する事も理解する。そして同じ母なら自分が産んだ子の大切さぐらい誰よりも分かるはずだ。
 
しかしながら、私が相手方の母トキヱを老婆呼ばわりするのには訳がある。実際に、小山田一族に家族扱いされていなかったと言うエピソードは掃いて捨てるほどあるのだ。相手方は毎日のように老婆トキヱに電話をするだけでなく金銭の仕送りもしていたようだし(家計は一切が相手方であり、消費財購入費などは別途渡されていたのでありどの程度の金額、頻度なのかは分からない)、母トキヱも偏狭な地元愛・郷土愛のある可愛い息子に食材などを送ってきていた。相手方は外で仕事をしているから、自宅で送られてきた荷物を受け取るのは専ら私の役割となるが、当然に到達の連絡と社会的儀礼としてもお礼を伝えるのであるが、するとトキヱは「あら、あなたにではなく隆志によ」と平気で言い放つ。そして一事が万事この調子なのだ。別に私が食べたいのではない。私自身、特に岩手の食材に特に思い入れがあるワケでもないし、相手方が「オレの好物だからお前は食うな」と言うのはまだ分かる。しかしどうしてその母親にイヤミを言われないとならないのか。そしてそれだけではない。その程度など可愛いものである。
 
もっとも酷かったのは私の第2子である長女の出産の時だ。出産時には、頼りにできるような身寄りのなかった私の身の回りを手伝うためと、元夫は相手方の母トキヱを呼び上京させた。確かにありがたいことではあるが(注:親権を騙し取られ子どもに会えなくされて裁判などで相手方の行為を「ありがたい」などと書くとその事でブラック弁護士は揚げ足を取って来るので迂闊に言ったり書いたりしてはならない)、陣痛が来た際にその相手方の母トキヱからハッキリ言われたのが
 
「そんなに痛いなら、もう子どもなんてつくらないでちょうだい。迷惑だから」という事である。
 
これから生まれてくる子ども、相手方の母トキヱにしてみたら自らが溺愛する末っ子・隆志の子でもある。それを「迷惑」とまで言うのは単に言葉の行き違いなどではない。さらには、これから出産する病院を見るなり「こんな立派な病院をあなたなんかに隆志もバカだね」と吐き捨てるように言ったのである。要は「お金がもったいない」とでも言うのだろうか。
 
確かに私自身は臆病で出産に際しても費用がかかる無痛分娩を選択した。お金の事は相手方に任せっきりだったので、どの程度通常分娩より割高になるのかまでは分からないが、周囲から聞いたところでは5万円から10万円くらい高くなる。しかしハイリスク出産などの帝王切開など、費用がかかる出産はいくらでもある。それに郊外とは言え東京都内である。設備の整った病院で何が悪いのだろうか。地方では産科医不足から分娩難民と言われる現象が起きていると聞く。相手方の母トキヱの居住する岩手県久慈市に設備の整った産科はない。唯一分娩設備があるのは岩手県立久慈病院のみ。それも産科医師不足で常勤産科医は1名だけ。そんな病院を二次保健医療圏基幹病院にしなければならないほどの過疎地である。そんなところと比較しての事だろうか。
 
長女の出産に際して、私は出血が酷く意識を失ってしまった。さいわい医師や看護師より適切な治療を受けられたため大事には至らず、後遺症もない。岩手県立久慈病院及び岩手県が公式に表明しているような、ハイリスク出産には対応できないので2時間に1本程度しかないバスに1時間以上乗車して別の病院へ行って下さい、とする医療過疎エリアの久慈市だったら私は死んでいたかも知れないのである。意識が戻った後、その時の主治医から聞いたのが「あなたが死にそうなのに、お母さん(トキヱ)はどうして帰ってしまったのか」と言う事である。医師としてもこれから生まれてくる子の祖母が、母親が万全でもない状況にも関わらず、何も告げないで帰ってしまうと言うのは前代未聞という事らしい。主治医にこれまでの経緯を話したが「だからあの状況でさっさと帰ってしまったんだね」、「大変だったね」と優しい言葉をかけて頂いた。主治医や看護師からは在院中、心のケアまで含めて大変に良くして頂いた。感謝は尽きないが、翻って小山田一族からは散々な仕打ちを受けてきた。
 
元々相手方は高校卒業後、先に上京し就職していた次兄=英明(実子誘拐のサブ実行犯)を頼り同じ職場(企業)で働いていたと言う。後に独立して会社を設立するが、次兄も退職して相手方の設立した会社で働いていた。その居宅は近く、というか元夫がわざわざこの英明夫妻の近くに住みたいとのことで居を構えていたが、第二子の長女誕生後などに2,3回交流も兼ねて育児を手伝ってもらう事などがあった。そんな折、次兄宅で飼っていた犬の糞を長男が誤って口に入れると言う事があった。私自身、動物好きで犬も飼っていたが糞の始末は飼い主の責務だと思っているというか当たり前のことである。確かに小さな子は何でも口に入れてしまうが悪いのは長男ではない。犬の糞を放置した飼い主である。その際に相手方に対して「犬の糞くらいちゃんと始末するように言って」と言う事を伝えたが、返ってきた答えは「オレの親戚の悪口言うな」である。相手方は出産時にも仕事が忙しかったのかどうかまでは分からないが、病院に寄り付く事もなかった。さすがに退院時は車で迎えに来てくれて、帰りの車内で母トキヱが帰ってしまった事や陣痛時に「迷惑だから」とまで言われた事を伝えているが「オレのおふくろの悪口を言うな」である。
 
実はこれはかなりマズイ兆候なのである。と言うのも「マザコン」や「母親の悪口」というものに相手方は非常に過敏に反応する。手が付けられないのだ。時期は前後するが、相手方がその母親トキヱから送られてきた「防寒着」(綿入れ・ちゃんちゃんこのようなもの)を後生大事に使っていたが、その様子を見た私が「マザコン」と軽く揶揄ったところ、急に激怒し私の頬をひっぱたき、自ら着用していた防寒着をビリビリに破いて破棄してしまったほどである。その後の裁判では、自らカッとなって破ったのにも関わらず、余程悔しかったのか「私がやった事」として言い出す始末である。そもそも裁判なんてウソを言い続けて「どれだけ上手くできたか」を競う採点競技・猿芝居に過ぎない一つの例でもある。日本の家庭裁判所を通して学んだことだ。どれだけうまく嘘をつくか、ということを。
 
これほどまでに小山田一族から排除される理由。それは相手方との婚姻に際して私自身は初婚だったが、相手方には前婚家庭があり、前妻との間に2人の子もいた。婚姻前の交際時には元夫は当初その事実を私に隠し、アプローチをしてきた。しかし、その時は前妻との離婚も成立していなかったのである。相手方と青梅の前妻は次兄の紹介というか、次兄の妻・豊美がその前妻と仲の良い友人であり、その関係で知り合ったと言う。なので「前妻の事は好きでもなかったけど仕方なく結婚した」としばしば言っていた。さらに「前妻がおふくろの悪口を言うから離婚する(この辺は撃鉄を起こすようなものである)」と聞かされていた。
 
このような極度のマザコン且つ女グセの悪い男になぜコロッと騙されてしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。相手方は前妻に愛想を尽かされ、中絶した私の元へ戻ってくるようなどうしようもない男だったが、それでも結婚するまでは細やかな気遣いや社交性があり本当に優しかった。というより優しいフリをしていた。私自身も幼少期からの体験もあり愛情というものに飢えていた。そのスキに元夫が入り込んできたわけだ。元夫は結婚すると途端に家には帰ってこなくなり、優しさもなくなった。私が「結婚する前は優しかったのに!」と言ったら元夫からは「結婚したら男が変わるのは当たり前だろ」とよく返されたものだ。酷い男と出会ってしまった。しかしながら、矛盾するようだが相手方がいたからこそ、我が子が誕生してくれたのもまた事実だ。子どもたちには罪はない。子どもたちは紛れもなく、元夫と私の間に生まれてきてくれた大切な存在である。その我が子を、親権を悪用して「報復感情の充足」を果たすために利用するようなことがあっては絶対にならないのだ。

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