「仕立て屋伯爵」第6話
第6話
それから間もなく、母上とメルシエ侯爵は結婚した。
母上は再婚ということで周囲から少々不満の声は出たけれども、母上は父上の死後ずっと慎ましやかにしていたのだから、再婚をしても貞淑でいるだろうと、メルシエ侯爵が言いくるめていたようだ。
そうなると、今度は侯爵家を誰が継ぐのかという話になる。
真っ先に候補に挙がったのは俺だ。今は伯爵だけれども、いずれメルシエ侯爵が退くときは、俺が侯爵位も継ぐことになるだろうとのことだった。
思わず気が重くなる。伯爵の仕事も満足にできていたかわからないのに、侯爵まで……
それこそ兄さんの手を借りたいくらいだけれども、兄さんは俺が屋敷に帰るなり、そそくさと修道院へと戻ってしまった。なんでも、大切な友人たちを待たせているとのことだった。まあ、兄さんには修道院での生活が合っているようだし、無理に俗世に引き留めることもないだろう。
でも、いずれは俺が侯爵……
そのことを考えて憂鬱になっていると、今では俺の父になったメルシエ侯爵がこう訊ねてきた。
「ソンメルソ君は、仕立て屋で修行したそうだね」
「はい。その、ドレスを仕立てるために……」
メルシエ侯爵には、母上のドレスを仕立てたのが俺だという話をしてある。もちろん、仕立てを手伝ってくれたカミーユたち一家の話もした。
俺の返事を聞いて、メルシエ侯爵はにっこりと笑ってこんなことを言う。
「その仕立て屋を紹介してくれないかな」
「はい、もちろんです。腕の良い仕立て屋ですので」
「そうかそうか。
それは弟子入りのしがいがある」
「……え?」
このとき俺は、メルシエ侯爵がなにを考えているのかわからなかった。
その考えを知るのは、それから少し後のことだ。
母上とメルシエ侯爵が結婚して一年。街の片隅ではかわいらしい花が咲き、穏やかな光の下で子供たちが駆け回っている。
仕立て屋が建ち並ぶ職人街を、俺とメルシエ侯爵……いや、いまはもう侯爵ではなくなり、デュークと名乗るひとりの男が、反物を抱えて歩いている。この反物をカミーユの店へと運ぶお使いを頼まれているのだ。
母上と結婚してひと月ほど経った頃だろうか、メルシエ侯爵ことデュークは、侯爵位を返上し平民になると言った。
その言葉に俺も母上もおどろいたけれども、理由を訊いて納得するほかなかった。
このところ、反貴族の活動家の動きが活発になってきているので、下手に貴族でいるよりも、平民になった方が生き延びやすいだろうということだったからだ。
それに。
「ソンメルソ君には、侯爵など重荷だろう」
という、図星を指されることを言われたら、彼のことを止めようはずもない。そもそも俺自身、伯爵位が重荷だったのだ。それなら、家族みんなで貴族の身分を捨てようという話になったのだ。
カミーユの店の近くにあった空き家を買い、今は俺と母上と、父上になったデュークの三人でそこに住んでいる。
毎日の食事を作るのは、意外にも父上だ。
なんでも、戦に出るときは料理ができないと兵士達に示しがつかないので、作れるように練習したのだという。元々が兵糧用の料理だからか、父上の作る料理は大味だけれど、あたたかくておいしい。
そして仕事は、カミーユの元に弟子入りして、父上は今修行中、俺がカミーユの手伝いだ。なので、今のところ主な稼ぎ頭は俺となっている。
そう、母上も時々、リザやアンナにクロッシェレースの編み方を習っていて、簡単なモチーフなら編めるようになった。そのモチーフを、ちょっと金持ちな平民に売ったりして小金を稼いだりもしている。
風の噂では、メルシエ侯爵が姿を消して貴族たちの間でいろいろな憶測が飛んでいるらしい。
でも、そんなことはもう俺たちには関係ない。
カミーユの店のドアを開けて声をかける。中に入って作業場に行くと、明るい窓辺でカミーユがドレスを縫っている。
反物を置いた俺と父上に気づいたカミーユが、顔を上げてにこりと笑う。
「おつかれさま。
ちょっと一息入れようか」
そう言って杖を持って立ち上がり居間に向かうので、俺と父上もついていく。テーブルに着くと、アルフォンスがクッキーとミルクを用意してくれた。
ほんのり甘いミルクとクッキー。それを口にして、ああ、しあわせだな。と思った。
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