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第24回「小説でもどうぞ」応募作品:偶然で織られた必然

第24回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「偶然」です。
選考の方もおっしゃっていましたが、今回は全体的にあまりふるわなかったみたいです。私も例に漏れず。
苦手なテーマでもがんばりたいものです。

偶然で織られた必然

 彼女と出会ったのは偶然だった。
 趣味の集まりでたくさん人がいる中で、僕と彼女はたまたまお互いに目を留めたのだ。
 その偶然をきっかけに、趣味の集まりで何度も会うたびに、僕たちは仲良くなっていった。
 あの日も、趣味の集まりで彼女と楽しく過ごした。時間が遅くなる前に帰ろうと彼女に声をかけて集まりから抜け出したあと、僕と彼女は同じ帰路をたどった。
 どういうことだろうと思って彼女に訊ねたら、彼女も驚いた顔をして、僕が住んでいるアパートの前で、ここに住んでいると言ったっけ。なんていう偶然だろう。
 同じアパートに住んでいるなら、休みの日さえ合えば気軽に会える。そうして、ふたりで会う時間が増えて、僕と彼女の仲はますます親密になっていった。
 当時服飾科の学生だった僕は、卒業制作でこんな課題を出された。
『ウエディングドレスを作りなさい』
 はじめは戸惑った。まさか僕がウエディングドレスを着るわけにもいかないし、学校の中の友達が少ない僕に、採寸のモデルを頼める女の子のあてなんてなかった。
 けれどもはたと思い出す。学校の中ではないけれど、僕には偶然、モデルを頼めそうな相手がいる。それは、あの彼女だ。
 彼女に、卒業制作で作るウエディングドレスを着てくれないかと頼んだ。
 そう、その時に思いきってこう言ったんだ。僕との結婚式の時にも着てくれって。
 彼女は顔を真っ赤にして、泣きそうな顔をしながら頷いてくれた。
 卒業制作で偶然出された課題がきっかけで、僕たちは恋人同士になった。

 卒業制作のウエディングドレスも仕上げて卒業して、これから僕たちはふたりでしあわせになるんだと思った。
 就職した会社でひどいいじめに遭って辞めることになったし、それ以来病院に通う生活をしていたけれども、彼女といられるのなら不幸ではない。
 そんなある日のこと、僕の元に偶然届いたスパムメールを見て、気が動転した僕は手持ちの薬を全部飲んで自殺を図った。
 そのスパムメールは、偶然にも僕が受けたいじめをありありと思い出させるような内容だったのだ。
 彼女は長期出張中だ。僕はこのまま死ねるんだ。意識がなくなるまでの間、そう考えていた。

 そして、僕は病院のベッドの上で目を覚ました。
 どうして生きているんだろう。部屋の合鍵を持っている両親は電車でも車でも二時間は離れているところに住んでいるし、彼女も側にはいなかったのに。
 不思議に思っていると、彼女が僕のことを発見してくれたと医者が言った。
 あの日、彼女の仕事が早く終わって、僕を驚かせようと部屋に来たところで、僕が死にかけているのを偶然発見したのだという。
 死ねなかったことをすこし残念に思いながら、僕は一週間ほどの入院生活のあと、アパートに戻った。
 彼女に挨拶に行くと、彼女はひどく怒っていた。警察への対応も面倒だったらしいし、両親へ連絡した時になだめるのもたいへんだったらしい。
 こんなに迷惑をかけたのなら、僕はこのまま嫌われるのだろうなと思った。
 けれども彼女はこう言った。
「もう勝手に、どこかに行ったりしないで」
 その言葉に涙がこぼれた。
 死にたい気持ちが消えたわけではないけれど、まだ死ねないと思った。
 ふたりでさんざん泣いて、疲れて、それから、いつものようにあたたかいお茶を飲んで、もうあんなことはしないと約束した。
 僕のことをこんなに心配してくれる彼女を裏切ろうとした僕のそばに、彼女はいてくれようとしている。
 そんな彼女にこう訊ねる。
「ねえ、あの約束覚えてる?」
「どの約束?」
「ウエディングドレスのこと」
 すると、彼女は照れたようにはにかんで、もちろんと答えた。
 彼女との出会いから今まで、あまりにもたくさんの偶然があった。
 このたくさんの偶然を、もう自分で投げ捨てたりはしたくない。
 だって、この偶然は全部必然だったのだから。

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