第25回「小説でもどうぞ」応募作品:胸の痣
第25回「小説でもどうぞ」の応募作品です。
テーマは「幽霊」です。
あまり書くテーマではないのでいろいろ悩んだのですが、なんとか産んだ感じですね。
もう少し尺があればもっと描写できたのでしょうが、良くも悪くも実力が出てしまった感じです。
胸の痣
ここは山奥にある貧しい農村。秋の収穫期を迎え家の働き手が収穫作業をする。その中に、やつれた私の弟も含まれていた。
私は本家であるこの家の長男だから、万が一のことがないようにと働きには出されない。ただ、次男である弟、それに分家の従姉妹達といった働き手達に指示を出すだけだ。
一緒に見ている父は、働き手達を飲まず食わずで働かせ続ける。それを見かねて、私は喉が渇いたと父に言い、沢で水を汲んでくるようにと弟に言う。ついでに、こっそり休んでこいとも。
沢の近くには熊も出るので危険は危険だけれども、それを言ったらこの畑にだって熊は降りてくる。たいした差はないだろう。
この村では、家長とその長男以外は尊ばれない。長男の長男以外は使い捨ての労働力だ。どこか良い家との縁談に使う三女を除けば。
それがわかっているのに、私は弟を気にかけずにいられない。それはきっと、私自身も一歩間違えればあの立場だったからだろう。
私が生まれる前に、兄がふたりいた。けれども、どちらもすぐに死んでしまい、繰り上がりで私が長男になった。兄のうち誰かひとりでも生き残っていたのなら、私は弟と同じ過酷な働き手だったのだ。
私は生きているだけで尊ばれる。
なんておかしな話だろう。私と弟に、どんな差があるというのだ。
仕事が終わり食事時、まともな飯を食べられるのは父と私だけ。他の者は良くて余り物を食べ、悪ければ食べる物はない。それこそ、その辺に生えている野草や茸を食べるほかない。
まともに飯も食べられず、なにも言葉を知らないかのように働く弟を見て思う。
私が死ねば弟が長男だ。
そうなることもあるだろう。いや、あってほしいと思った。
食べ物が乏しい冬が来れば、弟が長男になることもあるかもしれない。私はその日を待ち望んでいた。
冬が来て、元々乏しい食料はますます乏しくなり、村一帯はのしかかるような雪で閉ざされた。
寒い中、まともに食べることも、暖まることもできないまま弟は働き続けた。
そしてある日の朝、弟は冷たくなって目を覚まさなくなった。
わかっていたはずだ。冬が来て、より死に近いのは弟の方だということを。
食べることと暖まることができる私と、食べることも暖まることもできない弟。どちらが生き残るかなんて考える間もなく明白だ。
それでも、私は弟よりも自分の死を願っていた。
弟の亡骸を見て、どうしたら良いのかがわからない。涙も悲しみも、この厳しい山村の中ですべて削り取られてしまった。
父が従姉妹に命令する。弟を肉にしろと。
従姉妹はうつろな目で弟の亡骸を引きずっていく。行き先は台所だろう。
その日の晩、鍋の中に久しぶりに肉が入っていた。
あれは弟だ。
私は長男だから、これを食べることが許されている。いや、食べなくてはならなかった。
父は酒を飲みながら満足そうに肉を食べている。
私は鍋の中を執拗にかき回して、弟の心臓を探した。
その日の晩、夜中に目を覚ますと枕元に誰かが座っていた。
誰かと思って目をこらすと、そこにぼんやりと浮かび上がったのは弟の姿だった。
いつものように、他の働き手と同じようにうつろな顔をしている弟をじっと見る。
きっと幽霊だろう。それでも良かった。弟がここにいてうれしかった。
弟が手を伸ばして私の心臓の上に手を乗せる。氷のように冷たい。
冷たさがなぜか心地よくて。私はまた眠ってしまった。
翌朝目覚めると、弟の幽霊に触れられた部分、胸の真ん中に痣ができていた。
その痣はどれだけ経っても消えることはなかった。
痣ができてからというもの、常にすぐ側に弟の気配を感じるようになった。
弟は私の側に居るのだろうか。私を祟って殺すつもりなのだろうか。
それとも、この体を奪い取るつもりなのだろうか。
もしこの体がほしいのなら、いつでも奪って良いのに。
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