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酒弱い短歌

僕と初めて飲みに行く人は、僕がこう言うのを必ず聞く羽目になる。

「一切誇張無しに言うけど、俺は世界一酒弱い」

本当に少しも誇張はない。僕は少しも酒が飲めないのだ。少しでも飲んだら風邪と同じ症状が出てグロッキーになってしまう。

だから僕は居酒屋でも宅飲みでも飲み放題だろうが割り勘だろうがお構い無しにひたすらオレンジジュースを飲む。酒を楽しむ場で酒を楽しめない男はひたすら飲食をするだけである。

だからこそ見えるものはあると思う。この空間でシラフの人間は僕だけという状況にも慣れた。酩酊していないから視界や思考は鮮明だし記憶や理性を失うこともない。逆に酒に呑まれるという状況は僕にとってファンタジーだ。酒を飲むのが当たり前の世界で酔わずに居続ける僕が書く短歌を、異世界に迷い込んだ住人を見るかのような目でどうか見て欲しい。

①「好きだ」って言ったの忘れちゃいないよな
そんなに酔ってなかったろ君

僕は短歌を含め芸術作品の解釈には正解があると考える派だ。まぁ別に全然違う解釈して勝手にエモくなってもいいんだろうけど。ただ作者の意図が正解とかじゃなくて「一番根拠が強くてそれっぽい解釈」が正解だと思うし、だから作者よりそれっぽく読み解いてる奴がいたらそいつがきっと正解だ。そんでもってこの歌を作った僕でさえこの歌に2種類の解釈を持っている。「好きだ」と言ったのは語り手説と“君”説だ。どっちにしろ語り手が“君”に対して縋ってるような問い出してるような態度を見せてるのが楽しみどころだと思うょ〜。

②飲み過ぎた 君と一緒の卓なのに
酔いは回って呂律回らず

何度も言うが僕にとって「酔い」はファンタジーなので、SFを書くつもりで僕はこの歌を詠んだ。僕は酔いが回ることもなければ呂律も生まれつきの滑舌の悪さを除けば正常に稼働し続けるからだ。ただ、うっかり酒を飲んでしまったために居酒屋の机に項垂れてしまうという事はないわけはない。そんな時、意中の相手が他の人と盛り上がっていたりするのを見ると「俺も混ざりてぇ〜」と悔しい気持ちになったりする。

③How did I end up /waking up here with someone /I can’t remember. /Can see bleeding from my anus, /better not to remember.

わかりづらいがちゃんと5・7・5・7・7の音節で区切れている。わかりやすいように/を挿れておいた。”anus”だけ1音節なのか2音節なのかわからなかったけども。意味は、「なぜだか知らないが目覚めたら隣に覚えのない人がいる。俺の尻から血出てんじゃん、覚えのないままでいいなこれ」みたいな感じだ。僕は酒を飲んで記憶を失うことがないのでこういう事態が実際に起きるのかどうかも知らない。

④未成年なのにカシオレ飲んでんの?
俺はカフェオレすらも飲めない

僕の舌は子供の時から成長していないので、苦いものを受け付けない。僕の舌が許す苦いものの最高点がブラックチョコレートだ。一個段階上がってコーヒー牛乳になると厳しい。もちろんカフェオレのような類のものも飲めないが、世の中にはカフェオレどころか法で禁止されている年齢なのにカシスオレンジを楽しむ人間で溢れている。知らんけど日本の法曹たちも未成年飲酒禁止法を守ってこなかったと思う。ノンアルコール、及びノンコーヒー飲料で生きる僕の肩身は狭い。

⑤アルコールへの耐性さえ持ってれば
落ちるとこまで落ちてやるのに

僕は何に置いてもかなりの依存体質だ。ニコチン・カフェイン・ギャンブル・女などちょっと依存性のあるものに手を出したら最後、それを断ち切る事は難しい。ただ、酒だけにはどうしても溺れることができない。飲んでも不快で苦痛なだけなのだ。もし僕の体が酒を楽しめるだけのキャパシティを持ってさえいれば、僕の人生で分泌されるドーパミンの総量はもっと違っていたはずだ。嫌なことがあっても酒に逃げることだけはできない。「百薬の長」と呼ばれる万能薬にだけは頼ることができない。僕をこの体に仕立て上げた神様は意地悪だ。もっと僕に堕落させてほしい。

⑥「肩組んだのが今日イチの女への
接近だったな」と終電にて

シラフのまま居酒屋の時間を過ごしてから帰宅する終電の中で、「あいつらはもっと楽しそうだったな」とか思うのは僕だけ?男女のボディタッチは飲み会でよく見かけるものだが、僕の体は理性を保ち続けるので大胆なボディタッチはできない。酒が入ってればもっと躊躇なく異性と絡めるのかもしれない。ついでに、僕はキモいので女子と触れたことを忘れることはない。もっとみんな何気なくやってるかもしれないが、僕の脳裏には焼きつくような事態なのである。そんで結局、「あーあの時肩組んだのが女子に一番近かったシーンだなあ」「あいつらがっつりくっついてたなぁ」とか思ったりして帰る羽目になる。飲み会に何を求めてるんだという話にもなるけど。

⑦忘れてるフリをしているあの夜の
記憶も徐々に薄れつつある

何度も言うが僕は酒で記憶を失ったことはない。ワンナイトの過ちを相手が極度の酔いのために覚えてなかったとしても、僕は絶対に覚えてるしぜっっっっっったいに忘れることはない。でも相手に合わせて何もなかったフリを続けるのが関係を壊さないためにも楽な手段だ。ただ、自分が忘れたくない大事な思い出であればあるほど、その記憶が徐々に薄くなっていっていることに敏感になる。思い出したい情景も思い出せなくなる。忘れてるフリをしていたら、本当に忘れてきてしまう。何があったか知っているのは僕だけなのに!

⑧「この後は何する?」俺に言わせるな
シラフだぞ 君鏡月空けたろ

鏡月空けたってことは場所はカラオケか自宅なんだろうな。夜が深まっている時間帯で「この後は何する?」なんて聞くのは愚問に近い。まぁ僕に言わせるっていうのも別にいいんだけどさ、酔ってる君の方がサラッと言えるでしょ。こんな会話をしてる時も、僕はずっとシラフのままだ。


以上が酒を飲めない僕の視点だ。酒を飲んで見る世界はどんなものなんだろう。僕の体がこのハンディキャップを抱えている限り、知る由もない。

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