宇津保物語を読む4 吹上 上#4
仲頼の出立のために、忠保費用を工面する
こうして、仲頼は妻の家である宮内卿殿に帰って、
「明後日から、ちょっと旅に出ようと思うのだが、その間、おまえのことが心配だなあ。」
娘「どちらにいらっしゃるのですか。」
仲頼「近くだよ。藤侍従(仲忠)良佐(行政)たちと一緒だ。」
などという。
娘は両親に
「明後日から、仲頼様が旅にお出かけになるようですが、道中の随身たちをどうしましょう。」
などというと、両親は
「問題ないよ。何を心配することがあろう。お出かけになるというなら、この前の節会で仲頼様が身につけなさった御佩刀を質に入れればよい。」
娘「そうしたら、今度の正月の節会はどうしますの。すぐに受け戻すことができなかったら困るでしょう?」
「心配ないよ。荘園の稲が多くとれればすぐにでも受け戻すことができよう。だから恥をかくことなんてないよ。」
そして、御佩刀を蔵から取り出し、大蔵史生の家に銭15貫の質として置きにやって、お供の人々の道中の食費などとした。
母「お食事は見苦しくないようになさいよ。貧しいからといって粗末なものにしては、恥ずかしいですからね。」
忠保「世間は同じこと。我が婿君さえ我が娘のことに心を留めてくださればよいのだ。財を尽くして、お世話する家の娘の所には行かずに、我が家のような貧しいところにいらしてくださるのだから、名誉なことだ。」
などという。
仲頼は才能豊かな貴公子で、多くの貴族たちから婿にと望まれていた。それがどういう訳か貧しい宮内卿の娘の元に通うようになる。当時、婿の経済的支援をするのは女の親であった。女の家が経済的に困窮すると男は別に女を作ることもあったことは、「伊勢物語」23段の筒井筒の例にもある。宮内卿はだから無理をしてでも仲頼を大切にしようとする。仲頼が通ってきてくれることがなによりの誇りなのだ。
忠こその継母、故左大臣の北の方は、千蔭を引き留めるために財を尽くしたが、かなわなかったことと対象的である。(忠こそ#3参照)
仲頼、仲忠、行政、松方、吹上を訪問する
こうして、みな旅の準備を整え、狩衣を着て直衣は持たせて、少将(仲頼)は良佐(行政)と一緒に藤侍従(仲忠)の住む桂に迎えに行く。そこからそのまま藤侍従も一緒にお出かけになる。
さて、仲忠は都の土産としてどんな立派なものを贈ろうかと考えるが、あの吹上の宮には、ないものなどないのだろう。それならば、昔、所々に差し上げた琴の残りの“やどもり風”という琴が、京極の屋敷の庭に埋めてあるという話を母から聞き、夜こっそりと童ひとりを連れて取りに行き、掘り出させて、それを土産として持って行こうとする。
仲忠の父左大将は旅立つ方々に食事を振る舞いなさる。3人の方々の前に蘇枋の机を4つずつ立てて、随身たちにもそれぞれに応じて振る舞いなさる。
こうして、みな出立なさる。紀伊国に到着なさって、まず松方が吹上の宮に入り、源氏の君の御前に参上する。
君「おや、めずらしい。たいそう物足りないままにお帰りになられたのに、うれしくもまた再会できましたね。」
松方「おそれおおいいことで。もっとこちらに滞在したいと思っておりましたが、賭弓の手番のことなどがございましたので、そんな差し支えがあって急いで上京しました。今日は、近衛府の源少将仲頼殿が、粉河寺に参詣なさったお供として参上しました。」
源氏の君「それはうれしいことですね。このあたりについでがあれば、どうぞお立ち寄りください。馬なども休ませて差し上げましょう。」
松方「源少将殿もそうお考えのようです。」
源氏の君「承知いたしましたとお伝えください。」
などとおっしゃる。源氏の君は内に入り、装束を整えなさって、南の階から庭に下りて、客人たちを迎え、寝殿の南の廂の間に4人はお着きになりお座りになる。
「やどもり風」は配らずに、俊蔭が手元にスペアとしてとっておいた琴。(俊蔭12参照)
このことによって、あて宮、忠こそにつづく琴の奏者として物語の中心に位置づけられる。
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