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宇津保物語を読む2 藤原の君#2

さて、藤原の君を読むと決めたからには、この試練を乗り越えねばなるまい。
正頼一家の紹介である。読者諸兄も御覚悟を。

正頼の子女たちの紹介一族の繁栄ぶり


 御母后の宮、三条大宮のほどに、四町にていかめしき宮あり。おほやけ、しきに仰せたまひて、左大弁を督して、四町のところを四つに分かちて、町一つに、はだのおとど、らうわた殿どのくら、板屋など、いと多く建てたる、四つが中にあたりおもしろきを、本家の御れうに造らせたまふ。それはおとど町なれば、板屋なく、ある限り檜皮なり。ここに移りたまひて、ひとかたにはおほ殿どのの御娘、おとど町には宮住みたまふほどに、御子ども生みたまふこと、数あまたになりぬ。大い殿の、男ところ、女いつところ、宮の御腹に、十五歳より生みたまふ。男ところ、女九ところ。まづ宮、大い君、太郎、二郎、三郎、四郎、とり続き生みたまふ。大い殿の御方、五郎、六郎と生みたまふ。宮、七郎、八郎と生みたまふ。大い殿に九郎、宮に十郎、大い殿に十一郎、中の君、三の君、四の君。宮、五、六、七、八、九、十、さし並びに生みたまへり。また大い殿に、十ー、十二の君。宮、十三、十四の君、またさし続き同じ歳の男君二ところながら生みたまふ。かたみにかう生みおはしましなどすれど、御仲うるはしく、清らなること限りなし。
 かくて、この君たち、男はつかさかうぶり賜はり、女は、髪上げ、男につき、宮仕へし、整ひたまふほどに、父君、大将かけたる正三位の大納言になむおはしましける。いづれもいづれも、かたち清らに、心よく、おしなべて生ひ出でたまへるを、世界の人、「なほこの御ぞうは、ただ人におはしまさず、へんのものなり。天女のくだりて生みたまへるなり」と聞こえたまふ。
 かくて、太郎の君、左大弁ただずみ、年三十。二郎、兵衛督もろずみ、年二十九。これ二人ながら宰相なり。三郎、右近中将、蔵人の頭すけずみ、年二十八。四郎、左衛門佐つらずみ、年二十七。これは宮の御腹。大い殿の御腹は、五郎、兵衛佐あきずみ、年二十六。六郎、兵部少輔かねずみ、年二十五。宮の御腹、七郎、侍従仲澄、同じ年。八郎、大后宮の大夫基澄、年二十三。大い殿の九郎、式部ぜう、殿上人きよずみ、年二十二。宮の御腹の十郎、兵衛尉の蔵人よりずみ、二十。大い殿の御腹、十一郎、ちかずみ。御をんな、宮の御腹の大い君は、御せうとの今の帝に仕うまつらせたまひけり。男四人、女三人、七人の宮たちの御母にて、ーの女御、年三十一。大い殿の御腹に、せんだいの御はらからの中務の宮の北の方、年二十一。同じ腹の三の君、右のおほい殿どのの藤宰相の北の方、年十九。四の君、左大臣殿の二郎、左近中将源のさねよりの北の方、年十八。宮の腹の五の君、式部卿の宮の北の方、年十七。六の君、右大臣藤原忠雅のおとどの北の方、年十六。七の君、左大臣殿の太郎、民部卿源の実正の北の方、年十五。八の君、右大臣殿の太郎、衛門督藤原忠俊の北の方、十四。いまだ御男なき、九の君、あて宮と聞こゆる、十二。十の君、ちご宮、十ー。大い殿の御腹、十一は十、十二は九つ。こなたの御腹の十三の君、そで宮、八つ。十四の君、けす宮、七つ。その御弟の男君、六つになむおはしましける
 かくて、ここばくの男、女、男も具したまへる、さらにほか住みせさせたてまつりたまはず、(正頼)「大きなる家なり。わが世の限りは、かく住みたまへ。ほかへおはせむは、わが子にあらず」と聞こえたまひて、四町の殿を、殿一つをば町一つに住ませたてまつりたまふ。いつのおとど一つ、十一間のなが一つづつ奉りたまひて、あなたの御腹の三ところ、宮の御腹の四ところ、町々に住ませたてまつりたまふ。おほんをとこなき御方も、みな設けたまへり。
 かくて、父母住みたまふ町には、寝殿にはあて宮よりはじめたてまつりて、こなたの御腹の若君たち、内裏うちの女御の御腹の女宮たちなど。みな、おもとびと乳母めのと、うなゐ、下仕へなんど、かたち、心、ある中にまさりたるを選りさぶらはせたまふ。西のおとどは、女御の君の御方、東のおとどは、宮たち住みたまふ。父母、北の御方になむ住みたまひける。男君たちは、ある限り、らうを御さうにしたまひて、板屋をさぶらひにしてなむありける。女房の曹司には、廊のめぐりにしたるをなむ、割りつつ賜へりける。太郎宰相の御方には、殿のあたりなりけるところどころをびつつ、まやにし、くらまちどころにし、ところどころさし放ちつつなむしたりける。

(小学館新編日本古典文学全集)

 正頼の母にあたる后の宮は、三条の大宮のあたりに、4町に渡るたいそう壮大な宮を持っていらっしゃった。朝廷は修理職にご命令なさり、左大弁に監督させて、4町を4つに分割し、町1つづつに、檜皮葺の御殿、廊、渡殿、蔵、板屋など、たいそう多くの建物を建てた。四つの中で、とくに趣深い場所を、本家の使うものとしてお建てになる。それは、本宅の町にあたるので、板葺きはなく、全ての建物が檜皮葺であった。ここにお住まいになって、一つの御殿には大臣の娘、本宅には女一宮がお住まいになり、それぞれ、多くのお子を産みなさる。

 大殿の御方(大臣の娘)が男4人、女5人を産み、女一宮は15歳から産み始め、男8人、女9人お産みになった。

まずは女一宮が、長女、長男、次男、三男、四男と続けてお産みになる。

大殿御方が五男、六男とお産みになる。

宮、七男、八男とお産みになる。

大殿に九男、

宮に十男、

大殿に十一男、次女、三女、四女。

宮、五女、六女、七女、八女、九女、十女と、続けてお産みになる。

また大殿に、十一女、十二女、

宮、十三女、十四女。

そして続けて、同い年の男君をお二人それぞれがお産みになる。

 互いにこのように産みなさったけれど、奥方お二人の仲は睦まじく、清々しいことこの上ない。

 やがて、多くのお子達は、男は元服して官位をいただき、女は裳着髪上げをして婿を取り、宮仕えをし、お立場も落ち着いていくうちに、父君は大将を兼務する正三位の大納言とおなりになった。
 いずれのお子もかたち清らかで、気だてもよく、揃って成長なさるので、世の人々は
「やはり、このご一族はただ人ではいらっしゃらない。変化の者であろう。天女が天から下ってお産みになったのだ。」
とお噂申し上げなさる。

 こうして、太郎の君は左大弁忠澄、30歳。二郎兵衛の督師澄、29歳。この二人はともに宰相(参議)である。
三郎、右近の中将兼蔵人頭すけずみ、28歳。四郎、左衛門佐つらずみ、27歳。彼らはみな女一宮のお産みになった方である。

大殿のお産みになった方は、五郎、兵衛佐あきずみ、26歳。六郎、兵部少輔かねずみ、25歳。

宮の御腹、七郎、侍従仲澄、同じ年25歳。八郎、大后宮の大夫基澄、23歳。
大殿の九郎、式部ぜう、殿上人きよずみ、22歳。

宮の御腹の十郎、兵衛尉の蔵人よりずみ、20歳。

大い殿の御腹、十一郎、ちかずみ

姫君たちは、
まず、宮の御腹の大い君は、宮の兄の今上の帝にお仕えしている。男4人、女3人という7人の宮たちの御母であり、ーの女御でいらっしゃる。31歳。

大い殿の御腹には、せんだいのご兄弟の中務の宮の北の方がおり、21歳。
同じく三の君は、右大臣のご子息藤宰相の北の方である。19歳。
四の君は左大臣殿の二郎、左近中将源のさねよりの北の方である。18歳。

宮の腹の五の君は式部卿の宮の北の方である。17歳。
六の君、右大臣藤原忠雅の北の方、16歳。
七の君、左大臣殿の太郎、民部卿源の実正の北の方、15歳。
八の君、右大臣殿の太郎、衛門督藤原忠俊の北の方、14歳。
いまだご結婚なさらない九の君は、あて宮と申し上げる。12歳。
十の君、ちご宮、11歳。

大い殿の御腹、十一の君は10歳。十二の君は9歳。

宮の御腹の十三の君、そで宮、8歳。十四の君、けす宮、7歳。
その弟の男君は6歳におなりになる。

 こうして、左大将家には多くの男君や女君が生まれ育ったが、大将は妻を娶った男君であっても、けっして外住みをお許しにならなかった。
「大きな家があるのだ。私が生きている限りは、皆ここに住みなさい。他で暮らすようなやつは、うちの子ではない。」
とおっしゃって、四町の屋敷に、御殿一つを町一つにそれぞれ建てて差し上げ、ご子息たちを住まわせる。五間の御殿が一つ、11間の長屋をひとつずつ差し上げて、大殿の御方腹の3人と、女一宮腹の4人をそれぞれの町に住ませなさる。未婚の姫君もみなそれぞれに御殿を用意なさる。

 正頼夫妻が住みなさる町には、寝殿にはあて宮をはじめとして宮腹の若君たちや、帝の女御である長女がお産みになった女宮たちなどを住まわせる。みな、女房や乳母、うない、下仕えなど、容姿気だての優れたものを選んで仕えさせる。
 西の御殿には長女である女御の君の御方、東の御殿には、そのお子の男宮たちがお住まいになる。
 正頼夫妻は北の御殿にお住まいになる。
 男君たちはみな、廊をそれぞれの部屋になさり、板屋を供人たちの控えとしてお住まいになる。
 女房の部屋としては廊の周囲にしつらえたものを割り当ててお与えになる。

 ご長男の宰相忠澄のお住まいには、両親の御殿付近のいくつかの建物を与え、それらを厩にしたり、御蔵町や政所として使う。それぞれの建物は、離して建ててある。


1町は一辺120mなので、4町は通りを入れると、一辺250mほど。
内裏が、約200m×300mなので、ほぼ同じくらいの広さである。

子だくさんに恵まれているのはよくわかったが、ここまで詳しく書く必要があるのだろうか。建物の様子や、どこに誰が住んでいるかまで設定するのは、それだけでも大変だろうに。
でも、こういう細かい設定が、リアルで面白いんだろうなあ。
設定ノートなんかも作っていたのかなあ。

と、いうわけで、左大将一家の紹介を終えます。

つぎからは、いよいよあて宮の物語が始まります。

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