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宇津保物語を読む2 藤原の君#11

高基、あて宮を望み、宮内の君を語らう

 かくて、あり経たまふに、このあて宮、御かたち、よろづの人聞き過ぐしたまはぬを、このおとど、かかる御心に、いかでと思しけれども、聞こえたまふ便りもなし。思ほしけるおり、かの殿の聞きたまふに、かかる住まひはせじ、と思して、四条わたりに、大きなる殿買はれて、たからを尽くして造る。家の内の調度、あるべき限り調じ、よき人の娘、品々あまた使ひ、あやがさね着せ使ひ、みづからも綾織りならぬもの着ず、の台、かねつきならぬもの食はず。
 かく、いかでと思ほすに、あて宮の御方のないの君といふを、殿に召してのたまふ、(高基)「かしこきとなれど、中のおとどの姫君に、年月聞こえさせむと思ふを、かしこまりてなむ、えかくとも聞こえぬ。かく独り住みしはべるを、かたじけなくとも、渡りおはしましなむや。御身一つ、さぶらひたまはむかみしもの人は、心もとなきことあらせじ。つかさ返したてまつりて籠りはべれども、家の内になきものはなし。ときの上達部も貧しきものなり」。ないの君、「げに一ところものしたまふを、殿の君だちのあまたおはしますを、さてものしたまはばよからめど、さやうに大人しき住まひしたまふベきなむおはしまさぬ。ここのところにあたりたまふは、たれもたれも聞こえたまへど、思し召し定めずなむ。さはありとも、かくなむと聞こえて、御返りごとは」といふ。おとど、(高基)「かしこまりも喜びも、ひとたびに聞こえむ」とて、大きなる衣箱二つに、うるはしき絹、たたみ綿など入れて、(高基)「これは、賜はれる国のものなり。さきざきの国のものもいと多くさぶらふ」といひて帰しつ。
〔絵指示〕省略

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、日々をお過ごしになるうちに、このあて宮の美しい姿を、すべての公達が放って置かないという噂を聞きつけ、お心の内で、何とかして妻に、とお思いになるけれども、気持ちを伝えなさる手立てもない。そんなことを考えているうちに、あの豪奢な左大将がお知りになったら、今の生活ぶりをどう思うだろうか、こんな生活はしていられない、とお思いになって、四条のあたりに大きな御殿をお買いになって、財を尽くして改築なさる。家の中の調度品はできる限り豪華にしつらえ、良家の娘を女房として集め、綾襲の美しい服を着せて使い、ご自身も綾織りでないものは着ず、朱塗りの台に金の食器でなければ食事もしないほどの贅沢な暮らしを始めた。
 こうして、何とかしてあて宮を得たいとお思いになるうちに、あて宮のおそばに仕える“宮内の君”という女房を四条の御殿にお召しになっておっしゃる、
「畏れ多いことではあるが、中の御殿にお住まいの姫君に、前々からお手紙を差し上げたいと思っていたのですが、遠慮してしまい、申し上げることができないでおりました。このような独身生活をしておりますので、畏れ多いことではありますが、私の所においでいただけないでしょうか。ご本人一人でいらしてくだされば。仕えていらっしゃいます、上下の人々に、不安な思いは決してさせません。私は官職を返上いたして籠もってはおりますが、我が家には、全てが揃っております。我が家に比べれば、今をときめく上達部であろうとも、貧しく思われるくらいですよ。」
宮内の君「たしかに、お一人でいらっしゃるのですから、左大将家にはたくさんの方がいらっしゃいますので、さて、どなたか、こちらにいらっしゃればよいのでしょうが、そのような結婚生活なさるのにふさわしい方はいらっしゃいませんねえ。九番目の姫は多くの方から妻にとお声が掛かっていらっしゃいますが、どなたの所にともお決めなさいません。無理でしょうけど、まあ、そうはいっても、これこれと申し上げて、お返事などいただきましょう。」
という。
「ありがたい。仲介のお礼も、成功報酬のお礼も、今一緒にお渡しいたそう。」
といって、大きな衣箱2つに美しい絹やたたみ綿などを入れて、
「これは、任国、美濃国の産物です。前任の国の産物も多く入っております。」
といって、与えて帰した。


ケチの高基が、あて宮に恋をしてがらりと生活が変わり贅沢三昧をする。
徳町が説得しても変わらなかった高基が、あて宮の美しさでコロッと変わってしまう。
今までの徹底的な吝嗇生活の描写はこの落差を印象づけるものだが、ちょっと不十分で残念。
今までの価値観が根こそぎ変わるのだから、もっと劇的にここは描いてほしかった。あて宮に恋するきっかけを、ただ噂で聞いて、ではなく例えば一目見て衝撃を受けたなどと書いたならば説得力も増しただろう。もしくは、返事をもらうためにエスカレートしていったとか。これでは、とってつけたようである。
以前左大将の贅沢な暮らしぶりを批判していたのに、今は負い目を感じているのも不自然だ。
宮内の君に頼み込んでいる姿など冴えないオヤジそのものだ。

魅力的なドケチ人間三春高基も、あて宮の前ではただの男となってしまう。なんとも罪な女性である。

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