宇津保物語を読む2 藤原の君#5
実忠、兵衛の君を介してあて宮に歌を贈る
さて、源宰相(実忠)は、やはり諦めきれず、あの兵衛の君に思いのほどを話しては、
「ほんの少しでも、お返事をお見せ下さい。」
とおっしゃる。
桜のたいそう趣深い花びらに
「思うことを知らせてほしい。
この美しい桜の花を、風でさえあなたに見せないことがあるでしょうか。
せめてこれだけでも。」
と書いて兵衛に
「これをお見せ下さい。」
と言って持たせると、
「とても恐ろしいこと。こんなことが知られてしまったら、私の身は塵や泥のようになてしまいます。」
と申し上げると、
「何の問題もないよ。特別なことを申し上げるのならば、そうなるかもしれないが、これは、花をご覧に入れようというだけなのだ。下心があってとは思われますまい。素知らぬふりをして、何気なくお渡し下さい。」
兵衛「それならば、お受けしますけど。いつものことですが、あてになりませんよ。」
といって、受け取り、あて宮の御前で返事を書く、
かすかに風の便りに見たけれど、どの枝の花ともわかりませんわ。
と書いて、
「こんな風に答えたらどうでしょう」
などとあて宮に申し上げると、
「だれなの、あなたにこんな風に言うのは。」
などおっしゃる。
兵衛はその文を持ってきて、
「姫にお見せして、私の所に送られたのだと申し上げると、言い紛らわして、お笑いになるので、姫の御前に控える女房の誰それがお返事申し上げました。」
と申し上げると
「だからだな。おまえの筆跡ではないか。」
「ご返事のないのは珍しくもございませんが、『降る雪』とも申し上げるべきでしょうか。」
と申し上げる。
兵衛「本当に、こんな不謹慎なことはお受けできません。ご冗談でも不誠実なお手紙などにお返事なさるはずがございません。」
などと申し上げる。
「でも、このご返事をちょっとでいいから申し上げて、お見せ下さい。もう今後二度と申し上げませんから。“思う人に自分の気持ちが届いてほしい”とは、思いを相手がご存じない時にいうことでした。」
などとおっしゃる。
降る雪=「かきたれて降る白雪の君ならば
あなめづらしといはましものを」(古今六帖・一)
ほかに「山近みめづらしげなく降る雪の
白くやならむ年積もりなば」(後撰・冬読人しらず)
諦め悪いぞ、実忠。兵衛も嫌がってるじゃないか。
実忠、なおも兵衛の君に仲介を頼む
こうして、実忠は、銀の火取りに、銀の籠を作って覆い、沈香を粉にして振りかけ、灰を入れて胸に秘めた思いを黒方にこめて練り合わせ、それに、
「ただひとり思う心の苦しさで、煙もはっきりと見えることでしょう。
(ひとり=火取り・一人) (火取り・煙=縁語)
きっと雲となって空を覆うことでしょう。」
と書いて、
「兵衛の君の御もとに」と書いてあるので、例によってあて宮にお見せすると、
あて宮は「風流ですこと。」
と人ごとのようにおっしゃるので、
兵衛「どうでしょう、このご返事をいただけませんか。たまにはご返事なさいませ。」
あて宮「いやよ、なんて答えていいかわからないもの。今度教えて。」
とおっしゃる。
宰相の君が「いつものはっきりとご返事なさらない癖はまだやみませんか。」
というと、
「ご覧下さい。と冗談めかしていってお笑いになったので、もうそれ以上申し上げられませんでした。」
と申し上げると、宰相は今度は、風流な蒔絵の箱に絹、綾などを詰めて、お与えになり、さらに取り次ぎをお頼みになる。
兵衛は「そうはおっしゃいますが、試しに、これこれですと申し上げよう、としてほのめかすのですけど、色々と言い紛らわしなさってとりとめがないので、はっきりと申し上げられずにいるのです。」
宰相「なんで姫は、そんな態度を取るのだろう。同じ兄弟でも民部卿(実正)や中将(実頼)などは左大将家の婿として住まわせているではありませんか。どうして私だけを見下しなさるのでしょう。「後生い」(後から生まれたものの方が優っている)とも言うではありませんか。寿命のほどは知りませんけど。」
兵衛「あなたが悪いというわけではございません。私の仕えている姫君はどうお考えなのかしら。このままでいつづけなさるつもりのようです。ですから、あて宮のことは諦めて、下の姫君たちのご成長をお待ちなさいな。」
などと申し上げる。
黒方=薫物の一つで、沈香・丁子香・甲香・麝香・薫陸香などを練り合せて作る
贈り物作戦も成功せず。のらりくらりといなされてしまう。
とある。なるほど。兵衛の言うとおり相手が悪かったね。あて宮でなければ簡単に話は進んだことだろうに。あて宮がほしいのか左大将家の娘がほしいのか。そこが曖昧なままでは勝てないよ。
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