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宇津保物語を読む6 嵯峨院(仲頼抄)#2


賭弓の饗宴に、仲頼あて宮を見て思い悩む

 かくてあり経るほどに、正月十八日ののりゆみせちに、左勝ちにければ、左大将殿に、つかさの次将すけたち、上達部、親王たち、左、右と遊びおはしたり。設けはになくせられたれば、座に着きたまふ。御机参り、かはらけ始まり、御箸くだりぬ。仲頼のぬし、なき手出だして遊ぶ。には行政、がくには仲頼、そこらの遊び人どもにます人なく遊ぶ。うちの御息所より始めたてまつりて、あまたの君だち、宮々、数を尽くして並みおはしまして御覧ずるに、こともなき人どもなり。寝殿の南のひさしに、四尺の御屏風きたに立てて、それに添ひて中将着く。柱に並びて上達部、親王たち着きたまふ。
 かくて、いとおもしろく遊びののしる。仲頼、屏風二つがはざまより、御簾の内を見入るれば、母屋のひんがしおもてに、こなたかなたの君たち、数を尽くしておはしまさふ。いづれとなく、あたりさへ輝くやうに見ゆるに、魂も消え惑ひてもの覚えず、あやしく清らなる顔かたちかなと、心地そらなり。なほ見れば、あるよりもいみじくめでたく、あたり光り輝くやうなる中に、天女くだりたるやうなる人あり。仲頼、これはこの世の中に名立たる九の君なるべし、と思ひ寄りて見るに、せむ方なし。限りなくめでたく見えし君たち、この今見ゆるに合はすれば、こよなく見ゆ。仲頼、いかにせむと思ひ惑ふに、今宮ともろともに母宮の御方へおはする御うし、姿つき、たとへむ方なし。かげにさへこれはかく見ゆるぞ。少将思ふにねたきこと限りなし。われ何せむにこの御簾の内を見つらむ。かかる人を見て、ただにてやみなむや。いかさまにせむ。生けるにも死ぬるにもあらぬ心地して、例の遊び、はたまして心に入れてし居たり。夜更けて、上達部、親王たちもものかづきたまひて、いちの舎人とねりまでものかづき、禄なんどしてみな立ちたまひぬ。
 あけぼのに、少将、この殿を出でむままに死ぬる身にてこそはあらめ。わがするわざとて、今日し尽くしてむ。わが思ふ人も聞こし召せと思ひて、なき手を出だし遊びせめて出づ。こと人々も出でぬ。仲頼出ではてで立てるを知らで、出づる人を見るとて、御方々の御達四十人ばかり出でたり。曙にいとをかし。これを見て、仲頼歩み返りて、(仲頼)「よそにて見たまふよりは、近くてやは御覧ぜぬ」といへば、(御達)「それは目馴れたまひにたれば」といふ。の君といふが近く立てるを引きとどめて、(仲頼)「うれしきついでにも聞こゆるかな。仲頼と知ろし召したりや」。木工の君、「たれをかさは聞こゆらむ。えなむ聞こえぬ」。少将、「今から知りたまへかし。聞こえさすべきこともありや」などいふに、兵部卿の親王みこ出でたまひければ、(仲頼)「よし、今のちに」とてふと出でぬ。
〔絵指示〕大将殿。親王たち、上達部、あるじのおとど。人々みな立ちたまひぬ。これは御達。親王みこ出でたまへば、少将立ちぬ。

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして過ごすうちに、正月18日の賭弓の節会の時に、左方が勝利したので、左大将邸には近衛府の次将たちや上達部、親王たち、さらには左右の近衛府の人たちもが三々五々と訪れた。饗宴の準備は他に類を見ないほどに十分に整えられており、招かれた人々は、席にお着きになった。食膳が運ばれ、盃が交わされ、宴が始まる。
 仲頼は、技の限りを尽くして演奏をした。には行政、楽所には仲頼が控え、多くの楽人たちも、とうていかなわないほどの演奏をする。仁寿殿の女御を始めとして、多くの女君や、宮たちが、並んでその演奏をご覧になっているが、みな素晴らしい容姿の方々である。
寝殿の南廂には、4尺の屏風が北に立てられ、それに沿って中将は座っている。柱に並んで上達部や親王たちがお座りになる。そして、風情のある演奏が始まった。
 仲頼は、二つの屏風の隙間から、御簾の中を覗くと、母屋の東面に、大宮腹や大殿腹の姫君たちが多数座っている。どの姫君もまるで周囲を照らすほどの美しさで、仲頼は茫然自失になり、「不思議なほど美しいお顔立ちだなあ」と心が奪われてしまった。
 さらに視線を移すと、ほかの姫君よりもいっそう美しく、周囲が光り輝いているかのような姫君がおり、それはまるで天女が降りてきたような人であった。
 仲頼は「おそらくこれが世間で評判の高い九の君(あて宮)であろう」と気づいて見ているうちに、もうどうしようもなくなってしまった。
 この上なく美しく見えた女君たちも、あて宮を見た後では、まったく比べものにならない。仲頼は、どうしたものかと戸惑ううちに、あて宮は、女一宮と一緒に母宮のほうへと移っていく。その後ろ姿もたとえようがない。灯火に照らされた姿でさえこれほどなのだから、そばで見られたのならばと、仲頼は妬ましい気持ちで一杯である。
「わたしはなぜ御簾の中を覗いてしまったのだろう。こんな美しい人を見て、そのまま済まされるはずもない。どうしたらいいのだろう」
と生死もわからないような気分になって、いつもの演奏も、さらにいっそう心を込めて演奏する。
 夜が更けて、上達部、親王たちもご祝儀を受け、舎人たちも褒美を手にし、みな席をお立ちになった
 明け方、仲頼は「この邸を退出したならばすぐに、私は死ぬにちがいない。私の演奏は、今日で最後となるだろう。どうか久の君よ私の演奏をお聞きください」と思って、奥義を惜しみなく込めて演奏したのち、退出していった。
 仲頼がまだそこに残っている時、それを知らずに、退出する人々を見るために、姫君付きの女房たち40人ほどが御簾の外へと出てきたが、その姿はあけぼのの明かりに照らされてたいそう美しい。仲頼はそっと歩み寄り、
「遠くからご覧になるよりも、なぜ近くからご覧にならないのですか」
というと、
「それに馴れていらっしゃるでしょうから」という。見れば木工の君という女房が近くに立っている。仲頼はそれを引き留めて、
「うれしいくもお声を聞くことができました。私を仲頼であるとご存じですか」
木工の君「だれのことでしょう。聞いたこともございませんわ」
仲頼「ならば今からお見知りおきくだされ。申し上げたいこともございますから」
などといっていると、兵部卿の親王が通りかかったので、
「では、またあとで」
といって、さっと出て行った。


 仲頼もついにあて宮の求婚者の一人となった。「宇津保物語」的には、これで仲頼も一人前である。
 仲頼よ、宮内卿の娘はどうするつもりだ?

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