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宇津保物語を読む4 吹上 上#5

仲頼、涼の籠居を惜しんで上京を勧める

 かくて、まづおほみあるじ仕まつる。かはらけなど度々になりて、思ひしごと、ものの音などかき合はせつつ遊びたまふに、少将、良佐など、いとあはれにめでたき人の、かく籠りものしたまひけるに、げに仲忠の等しきかたちなるを見るままに、めでたしと見ること限りなし。少将、あるじの君に聞こゆ、(仲頼)「仲頼、多くはここにと参りしなり。松方ことのついでに語り申ししをうけたまはりしに、こと心なくて、夜を昼になしてなむ、急ぎまうで来し。げにかひありて、思うたまへしごと対面賜はりぬるがうれしきこと。あが君や、などかかくては籠りおはしますらむ。東宮の、『ただ今、もののめづらかに出ださむ、いかで得む』とのたまふを、いかに喜び聞こえたまはむ。京におはしまして、さやうの御宮仕へなどをもせさせたまへかし」。あるじの君、(涼)「はなはだかしこし。げにかくむつかしき所にのみ籠りはべれば、いとどつたなき心地するを、京にのぼりて、宮仕へをも仕うまつらまほしう侍れど、かく籠りはべりたる人の、にはかに交じらひなどせば、見苦しきこと多く、るゐだいのたとひにもやならむとて、年ごろをかくて過ぐしはべりつるを、たよりにこのわたりに、などうけたまはりて、かしこまり申しつるを、ましてことさらにうけたまはれば、取り申す限りにあらず、かしこまり申し侍る」。少将、(仲頼)「はなはだかしこし。あやしうものたまふかな。都に侍る人は、などか侍る。田舎におはしませども、わが君をこそ世のためしには聞こえめ。東宮、かくておはしますと聞こし召して、『いかで対面賜はらむ。いみなき身なりせば、そのわたりにこそはものせめ。しかえさあるまじきを、上りやはしたまはぬ』など、聞こえたまひき」などいふ。

 そうして、まずは饗宴が開かれた。杯などが幾度となく酌み交わされて、思い通りに楽の音などを合奏しなさるなかで、少将(仲頼)、良佐(行政)などは、このようにたいそう優れた源氏の君(涼)が、田舎に引きこもりっているのをご覧になり、うわさどおり仲忠と等しいほどに優れた容貌であることを見るにつけても、すばらしいことだと思うことこの上ない。
少将(仲頼)はあるじの君(涼)に申し上げる
「私、じつはこちらに来ることが目的でやって参ったのです。松方が、話のついでにあなたのことを語ったのを聞きまして、こちらに来たい思いの一心で、夜を昼になして急いで参上しました。その甲斐もあり、思い通りにあなたと対面がかないましたことのうれしさよ。我が君よ。どうしてこのように田舎に引きこもっていらっしゃるのですか。東宮が『当代において、楽をすばらしく演奏する者のを、何とかして見いだしたい。』とおっしゃっていますので、あなたのことをお聞きになったならば、どれほどお喜びになるでしょう。上京なさって、そのような宮仕えをなさいませんか。」
涼「たいそうおそれおおいことで。ほんとうにこんなむさくるしい所にばかり籠もっておりましたので、たいそうみすぼらしく気がいたしますので、上京して宮仕えをしたいとは思いますけれども、このように引きこもっていた者が、急に外に出たりなどしたならば、さぞかし見苦しいことも多く、子孫代々の笑いものになってしまうのではと、ここ数年は過ごしておりました。しかしまあ、皆様が参詣のついでにお立ち寄りくださったとお聞きして、お礼を申し上げたのですが、じつはわざわざいらっしゃったのだとお聞きするにつけても、返す言葉もなく、ただ恐縮するばかりです。」
仲頼「恐縮いたします。しかし、異なことをおっしゃいますね。都人だからといって、たいしたことはありません。田舎にいらっしゃっても、あなたこそ、世の評判ともなるでしょう。東宮も、あなたのお噂をお聞きになり、『なんとかして対面したいものだ。煩わしい身分でなかったならば、あちらにぜひ行きたいのに。それがかなわぬので、ぜひ先方から上京していただきたいなあ。』などとおっしゃっていましたよ。」
などという。

種松、客人たちを饗応する。人々歌を詠む 

 種松、三月三日のなんど、かばかり仕うまつれり。あるじの君、客人三ところの御前に、白銀のしき、金の台据ゑて、れうに薄物重ねて、表、おりあやかとりに薄物重ねて打敷にし、蓮の白銀のたうはん、ふさに据ゑて参り、からくだものの花、いとことなり。梅、紅梅、柳、桜、一折敷、藤、擲躅つつじ、山吹、一折敷、さては緑の松、五葉、すみひろ、一折敷、その花の色、春の枝に咲きたるに劣らず。から物、果物、もちひなど調じたるさま、めづらかなり。山、海、川、天の下にあるものなきなし。ぢんの台盤二つ、いと綿に薄物重ねて表、沈を一尺二寸ばかりのからわに、ろくにひきて、さまざまにいろどりて、もの参る。納め、たんの御折敷四つづつして参る。おほみき参る。机二つ、いしきさかづきなど、いとめづらしく殊なり。
 客人たちの御供の人は、少将の供の人に、まつりごとびと松方、将曹かすがのむらかげしやうしまのやすのり、番長おほやまとのさだまつしやうやまべのかずなり舎人とねり八人、ふし舎人ども同じ数なり。これらは物の師、舞人、声あり、かたちある者選びたり。むまぞひ、小舎人、さぶらいの人、かたちを選び、装束を整へて多かり。それらが前ことに、机ども立てて、いかめしきあるじをしたまふ。
 かくて、御かはらけはじまり、はしくだりぬ。人々の御前の折敷どもを見たまひて、仲忠の侍従、花園の胡蝶に書きて、
(仲忠)花園に朝夕分かずゐる蝶を
   松の林はねたく見るらむ
少将、林のうぐひすに書きつく。
(仲頼)常磐ときはなる林に移る鶯を
   とぐらの花もつらく聞くらむ
あるじの君、水の下の魚に、
 (涼)底清く流るる水に住む魚の
   たまれる沼をいかが見るらむ
良佐、山の鳥どもに、
(行政)葦繁る島より巣立つ鳥どもの
   花の林に遊ぶ春かな

(小学館新編日本古典文学全集)

 種松は、3月3日の節供の催しなどをこのように差し上げる。
 あるじの君(涼)と客人3人の御前に、銀の折敷(角形の盆)と金の台を据えて、花文綾(花の模様を織りなした絹)に薄物を重ねて、表は、織綾縑(模様を浮き出すように固く織った絹)に薄物を重ねて、打敷(布の敷物)にし、蓮華型の銀のたうはん(足のついた鍋)を多く据え、花形の唐菓子をあしらえてあるのは、たいそう美しい。
梅、紅梅、柳、桜を一つの折敷に盛り、
藤、ツツジ、山吹、をもう一つに、
そして緑の松、五葉松、すみひろ(松の一種か?)をもう一つに。
その花の色は、春の枝に咲いている様子に少しも劣らない。
乾物や果物、餅などを盛り付けている様子はたいそうめずらしい。
山、海、川、天の下にあるもの全てが揃っている。
沈(香木の一種)で作った台盤が二つ。
それには糸木綿に薄物を重ねて表とし、沈を1尺2寸ほどの唐輪の形に作りロクロで削って、さまざまの形に細工をして、クロでひいて儀式用の威儀の御膳を用意する。
納めの御膳には紫檀(香木の一種)の折敷を4つずつ用意する。
ご酒が酌み交わされる。
机が2つ、美しい杯など、珍しくすばらしい。

 客人たちのお供の人は、少将のお供として、右近将監松方、将曹春日むらかげしやうしまのやすのり、番長おほやまとのさだまつしやうやまべのかずなり、そして舎人とねりが八人、ふし舎人たちも同数である。
彼らは、楽の師、舞人、など、声や容貌の優れたものを選んで連れてきている。
馬副や小舎人、侍などは、体格の良いものを選び、装束を整えて多く引き連れている。
それぞれの者たちの前に、机を立てて、豪華な食事を用意する。

 さあ、こうして酒宴が開かれ、人々は食事に箸をつける。人々の前に用意された折敷をご覧になって、仲忠の侍従は、飾り細工の花園の胡蝶に歌を書きつける。

  こんな美しい花園のような吹上の宮で過ごす蝶のようなあなたを、
  松の林(都)に住む私たちは、うらやましいことだと思います。

少将(仲頼)は林のウグイスの細工に書きつける。

  色変わりもしない松のような都に移り住もうとするウグイス(涼)を
  今までねぐらとしていた梅の花は、恨めしいことだと思うことでしょう。

あるじの君(涼)は、水の下の魚の細工に

  水底清く流れる水(のような都)に住む魚(都人)は、
  淀み濁った沼の水(のような吹上のような田舎)をどう思うでしょう。

良佐(行政)は、山鳥の細工に

  葦が繁る島(都)から巣立つ鳥たちは
  花の林(吹上)で遊んで過ごす。そんなのどかな春であるなあ。


さて、都を出発したのが、2月29日。吹上までは3日の行程であるので、到着した翌日あたり、ということになろうか、折よく3月3日の節供となった。

種松は財を尽くして都からの客人をもてなす。その豪華な酒宴の様子が詳細に描かれる。
地上の春を全てそこに盛り付けたかのような食膳。こういう所を省略しないのがうつほ物語である。

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