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宇津保物語を読む4 吹上 上#8

人々、上巳の祓に渚の院に出て歌を詠む

 かくて、三月十二日に、初めのの日出で来たり。君だち、御はらへしに、なぎさの院に出でたまひて、海人あまかづき召し集へて、よきものかづかせ、漁父むらぎみ召して、大網引かせなど。その日の折敷、白銀の折敷二十はたち、打敷、唐の薄物、綾かとりの重ねしたり。金の御つきどもして、御前ごとに参りたり。将監ぞうどもに、はうの机ども二つづつ賜へり。
 かくて、例の君だちは琴を弾き、しもべ、童、笛吹き交はす。遊び暮らして、夕暮れに、大きなる釣舟に、海人あまたくなはを、一舟くり置きて漕ぎ渡るを、少将見て、(仲頼)「これ、かく見ゆとも、仲頼が心ざしよりは短からむかし」などいふを、あるじの君、うち笑ひて、
  (涼)くる人の心の内は知らねども頼まるるかな海人の栲縄
侍従、(仲忠)「ここまで参り来るも、劣らじかし」とて、
  (仲忠)道遠き都よりくる心にはまさりしもせじ海人の栲縄
少将、
  (仲頼)ここにくる長き心に比ぶれば名にや立つらむ沖の栲縄
といふほどに日傾きぬ。
 あるじの君、かくおもしろき所に勢ひある住まひはしたまへど、よき友達に会ひたまふこと、この度なれば、かくてのみおはしまさなむ、と思ほせど、さてものしたまふべき人々、にもあらぬを思ほすほどに、渚よりみやこどり連ねて立つをりに、浜千鳥の声々鳴くを聞きて、あるじの君、
  (涼)都鳥友を連ねて帰りなば千鳥は浜に鳴く鳴くや経む
侍従、(仲忠)「わが君をばまさに」などて、
  (仲忠)雲路をば連ねてかむさまざまに遊ぶ千鳥の友にあらずや
少将、
   (仲頼)都鳥千鳥を羽に据ゑてこそ浜のつととて君に取らせめ
行政、
  君問はばいかに答へむ浜に住む千鳥誘ひにし都鳥
などて、夜一夜遊び明かす。
〔絵指示〕渚の院。大きに高きおとど、潮のみつかたに立てり。巡りはをかしき島どもあまたあり。かしら包みたる女ども、藻かき集めて、しほ汲みかけたり。塩釜にうしほ汲み入れ、遥かなる海人あまの、いをどもあまたかけてす。はつきて藻干したり。

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、3月12日に、月初めの巳の日となった。君達は御祓をしに渚の院においでになり、海人や潜水女を呼び集めて上等な魚を潜り取らせ、漁師の長老を呼び大網を引かせなどした。
その日の折敷は、銀の折敷が20,打敷には唐の薄物、綾縑を重ねなどしている。金の御坏などを用意して君達の御前それぞれに差し上げる。
将監たちには蘇枋の机を2つずつお与えになる。
 こうして、いつものように君達は琴を弾き、下部や童は笛を吹き交わす。
一日中遊び暮らして、夕暮に、大きなつり舟に海人が栲縄(コウゾなどで作った縄)を舟一杯に積んで漕いで行くのを少将(仲頼)は見て、
「あれは、あんなに長く見えるけれども、私の志よりはきっと短いだろうよ。」
などというのを聞いて、あるじの君(涼)は微笑まれて、

  舟の上で手繰り寄せる心のうちは計り知れないけれども、
  潜女にとってはそれだけが頼りなのです、海人の栲縄は
   (そう言ってくださるあなたたちが頼もしい)

侍従(仲忠)は
「ここまでやって来たわれわれの心も、栲縄に劣らないでしょう。」といって、

  道遠き都から来た私たちの心には、
  優ることもあるまい、海人の栲縄

少将(仲頼)

  ここまで来た私たちの長き心に比べるのですから、
  長いという評判も立つでしょう、あの程度の沖の栲縄でも

といううちに日は傾く。

 あるじの君(涼)は、このように風流な場所に豪勢なお住まいをなさっているけれども、よき友だちにお会いさるのはこれが初めてであるので、「こうしてばかりいたいものだなあ」とお思いになるけれども、ずっとこうしていることもできない、やがては帰らねばならない人々であることを思うにつけ、渚から都鳥が連ねて飛び立つおり、浜千鳥が鳴くのを聞きいて、

(涼)都鳥よ、友を連れて帰るのならば、
   残された千鳥は鳴きながら過ごすのだよ。
   (皆が帰れば私はまたひとりだ)

侍従(仲忠)「あなたを置いてなんて」

  雲路を一緒に飛んでいこうではありませんか。
  一緒に遊んだ千鳥だって仲間ではありませんか
   (あなたもご一緒に都へ)

少将(仲頼)

  都鳥は千鳥をその羽に乗せてこそ
  吹上の土産として、東宮にお渡しできるのです
   (あなたもぜひ東宮の下に)

行政

  東宮に尋ねられたら何と答えればよいのでしょう
  吹上の浜に住む千鳥を誘いに来た私たち都鳥は

などと、夜一夜遊び明かした。

(絵指示・訳省略)


(語釈)
上巳の祓=中国の故事にならって三月の最初の巳の日に行なった祓。人形(ひとがた)に、身についた罪・けがれ・わざわいなどを移して川や海に流し捨てたもの。(コトバンク精選版 日本国語大辞典)

都鳥=ゆりかもめ。伊勢物語第9段の東下りが有名。都へのあこがれの気持ちは、ここにも通じるか。


前回に引き続き、豪勢な宴の描写が続く。今回は海の幸が中心のようである。

そんな中、仲頼は栲縄になぞらえて、自分たちの涼への思いを語る。
一方の涼は、都鳥を見ては、残される自分の境遇を思う。
何も知らずに吹上で大切にされているうちは、気付かなかった寂しさを、仲頼たちとの交流を経験することによって強く感じ、都へのあこがれを強くいだく。

山から下りてきた仲忠が、仲澄と義兄弟の契りを交わして喜んだように、友との結びつきの大切さを、この作者はよく知っているようだ。

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