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宇津保物語を読む2 藤原の君#7
上野の宮、あて宮を望み、入手を画策する
かくて、また、上野の宮とて、古親王おはしましけり。その親王は、ものひがみたまへる親王にておはしける。(上野の宮)「ほんに、ただ今世にある上達部、親王たち、この殿の婿になるを、今さぞわれをもせむ」とて、妻をも追ひ払ひて、(上野の宮)「今、左大将の家に行きて、わが住めらむに、妻据ゑたらば、思ひ疎みなむ」とのたまひて、待ちおはしますに、生ひ出でたまふままに、みな異人々に奉りたまひつ。この親王、さりとも、われを婿数に入れたまはざらむやは、と思ほすに、八の君、今し生ひ出でたまふと聞きて、これならむと待ちたまへば、左衛門督に奉りたまふと聞こし召し、おどろきてのたまふやう、(上野の宮)「あやしく、この大将の、わが思ふことをまだなさぬかな」とのたまひて、あまたたび御消息あれど、殿内に笑ひののしりて御返りなし。(上野の宮)「おほかたは、九にあたるあんなり。それをさしはへていはむ」とて、あて宮に御文あり。されど、あやしきものに思ほし、聞こえたまはず。
さて、また上野の宮という世間から忘れ去られた親王がいらっしゃった。その親王はひねくれた性格の親王でいらっしゃる。
「ほんとうに今世に栄えている上達部や親王たちはこの左大将殿の婿になっているのだから、今に私も婿にするだろう。」
と思って、妻をも追い払い、
「今左大将の家に行って、私が住むようになるのに、妻を持っていたら、疎まれるであろう。」
とおっしゃって、待っていらっしゃるが、姫君たちは成長するままにみな他の人たちの妻となってしまった。この親王はそうはいっても、私を婿の数に入れないことはないだろうとお思いになっていると、八の君が成人なさったと聞いて、この方が私の妻になるのであろうとお待ちになっていると、左衛門の督に差し上げなさったとお聞きになり、驚いておっしゃることには
「おかしいことだ、この大将は私の願い通りにはまだしないのだな。」
とおっしゃり、何度も何度もお手紙を送るけれど、左大将家では、大笑いするばかりで返事がない。
「たぶん、九番目にあたる方がいたようだ。その方を妻にとお願いしよう。」といって、あて宮に手紙を差し上げる。しかし、あて宮の方でも、変な手紙が来たと思うばかりで、返事をなさらない。
さて、新しい登場人物上野の宮の登場。「古親王」は、全集の注では「世間から忘れられた親王」との注があり、初っぱなから「ものひがみたまへる親王」と断定されている。
自分は親王であるから、それ相応の処遇を世間から受けるはずだと思い込んでいるが、実はまったく相手にされていない。左大将家の婿になるのが当然だと思っているが、そう思っているのは自分だけで、左大将家からは笑いものになっている。
妻を追い出して着々と準備をしているところがなんとも切ない。
この親王、よろづに思ほし騒ぎて、陰陽師、巫、博打、京童べ、嫗、翁召し集めてのたまふ。(上野の宮)「ほに、われ、この世に生まれてのち、妻とすべき人を、六十余国、唐土、新羅、高麗、天竺まで尋ね求むれど、さらになし。この左大将源正頼のぬしの女子ども、十余人にかかりてあなり。一人にあたるをば、帝に奉りつ。その次々、ことごとくに整へたなり。残れる九にあたるなむ、四方の国聞きしに、かくばかりの人聞こえず。この女なむ、耳につく心につく。しかあるに、父大将に請ひ、正身に請ふに、女も大将も、今に承け引かず。いかなる仏神に大願を立て、なでふことのたばかりをしてか、女の赴くべき」とのたまふときに、比叡の山に、総持院の十禅師なる大徳のいふやう、「難きを得むずるやうは、比叡の中堂に常灯を奉りたまへ。また、奈良、長谷の大悲者、人の願ひ満てたまふ龍門、坂本、壺坂、東大寺、かくのごとく、すべて仏と申すもの、土をまろがして、これを仏といはば、御灯明奉り、神と見むには、天竺なりとも、御幣帛奉らせたまへ。百万の神、七万三千の仏に、御灯明、御幣帛奉りたまはば、仏神おのおの与力したまはむ。天女と申すとも、下りましなむ。いはむや、娑婆の人は、国王と聞こゆとも、赴きたまひなむをや。また、山々、寺々に、食なくものなき行ひ人を供養したまへ」と聞こゆ。親王の君、「いと尊きことなり。御灯明は、いくらばかり奉らむ」。大徳、「ー寺にー合奉りたまふとも、比叡の四十九院に、一月にー石四斗七升なり。大小も同じごと、おのおの奉りたまふばかりなり。非常として思すならめど、仏に奉るものはいたづらにならず。来世、未来の功徳なり」と聞こゆれば、いといたう喜び、立ち居七度拝みたまふ。(上野の宮)「わが聖の、ことなしたまへらば」。大徳宗慶、「何か思す。このこと御心に染みためり。いとよく叶へたてまつりなむ。もし、さらむ宿世なくば、少し心もとなくなむあらむ。男女の御仲は、昔縁のままなりき」と聞こゆ。この君、(上野の宮)「しかありとも、わが大事の聖の君、このこと赴けしめたまへ」とて、この御灯明の料、御幣帛の料、みな取らせたまひつ。
また、迫りしれたる大学の衆のいふやう、「あはれ、書にいへるやうは、得難き女を得むとせむやうは、世界に、不屑整はず、家かまどなくして、便りなからむ人、道のことにおきては、職事にも入り、登省し、及第し、学問料賜はり、かくかへすがへす、ものはついでを越さず出で立つべきものなり。しかあるを、才ある者は沈め、無才の男は先に立つ、かくのごとき人の嘆きを除きたまはば、人の嘆き、願ひ満つベしとなむ、文書にいへる。まことに、しかあるものなり」。親王の君、「まことに、しかあるべきものなり。あまたの人の喜びをなさむに、わが一つの願ひ満たじやは」とのたまひて、道の人の沈める才をば、朝廷にも申し、博士どもに仰せ、家所なく、食ひものなき人のためにとて、銭、衣、米、車に積みて出だし立てたまふ。官得べき人の沈みたるを求めさせたまひて、わが御荘はみな賜ふ。
この親王は、いろいろと大騒ぎをして、陰陽師や占いをする巫女、博打や京童、嫗、翁を呼び集めておっしゃる、
「まことに、私は生まれてこの方、妻とすべき人を日本全国はもとより、唐土、新羅高麗、天竺まで探し求めたが、いっこうに見つからなかった。この左大将源正頼の娘たちは十数人いるようだが、一人は帝に差し上げた。その次の姫たちもことごとく婿を迎えたようである。のこる九番目にあたる姫は、周囲の国々を聞いて回ってもこれほど美しい人は見当たらない。この姫を私は好ましく思う。それなのに、父左大将に願い、本人にも願ったが、姫君も父大将も今に到るまで承知しない。どのような神仏に大願を立て、どのようなことをしたならば、女を手に入れることができるだろうか。」
とおっしゃると、比叡山、総持院の十禅師である大徳のいうには、
「手に入れがたいものを手に入れようとするならば、比叡山の中堂に常灯を献上なさいませ。また、奈良や長谷の観音、人の願いを聞き届けるという龍門、坂本、壺坂、東大寺、このようにすべて仏と申すもの、土を丸めただけでも、それを仏だというのであれば、すべてに灯明を献上し、神とみるならば、例えそれが天竺にあるものであったとしても、御幣を献上なさい。百万の神、七万三千の仏に灯明、御幣を献上したならば、神仏はそれぞれ力をお与えになるでしょう。さすれば、例え天女であったとしても下りて来るに違いありません。まして現世の人ならば、国王であっても聞き届けなさることでしょう。また、山々寺々で、食もなく物もなく苦行している人を供養なさい。」
と申し上げる。親王の君
「とても尊いことだ。御灯明はどれほど献上したらよいだろうか。」
大徳「一つの寺に一合献上したとしても、比叡山の49院で、一月に1石4斗7升である。大きい寺も小さい寺も同じように、それぞれ献上なさるべきでしょう。尋常ではないとお思いになるかも知れませんが、仏に献上するものはおろそかにしてはいけません。来世未来への功徳となるのですから。」
と申し上げると、たいそう喜んで、立ったり座ったりして、七回拝みなさる。
「わが聖がそうおっしゃるならば、」
大徳宗慶「ご心配には及びません。このことは、あなたのお心にしみたようです。よくかなえて差し上げましょう。もし、お望みのような宿縁がないようであれば、少々心配ではありますが。男女の仲は昔からの宿縁によるものですから。」と申し上げる。
「そうであったとしても、わたしのたいせつな聖の君よ。このことをお聞き届け下さい。」
といって、御灯明の料、御幣の料をみな与えた。
また、困窮している大学寮の学生がいうには、
「ああ、漢籍には得難い女性を手に入れようとすることは、ちょうど、世間に生活が貧しく、食糧も乏しくて、頼りとするものもない人が、学問の道に際し、一定の職務にも就き、省試をうけ、それに合格し、学問料をいただくように、かえすがえすも、物事は順序を追って達成されていくものなのです。それを、才能がある人が身を沈め、才能がない男が先に立つ、このような人の嘆きを除きなさったならば、人の嘆きや願いは満たされるであろうと、文書には書いてあります。ほんとうにそういうものなのです。」
親王の君「ほんとうに、そうあるべきだなあ。多くの人の喜ぶことをすれば、私の願いも満たされるであろう。」
とおっしゃって、学問の道で身を沈めている有能な人を、朝廷に推挙し、博士たちにも登用するように話しをする。また、住む家もなく、食べるものもない人のために、銭や衣、米を車に積んで、放出する。官職に就くべきであるのに身を沈めている人を捜し求めて、自分の荘園を皆お与えになる。
坊主のいいなりに、寄進をする。冗談で高くふっかけたら、その通りに払うので、いい気になってどんどんふっかける。恋は盲目というけれど、世間知らずにもほどがあろう。
そういいつつ、大徳は「男女の仲は縁ですので」などと、逃げ道もちゃっかり作っている。
学者は学者で、屁理屈こねて、報われない自分の不平をぶちまける。
恵まれない学者の処遇と婿入りとが何の関係があるのかわからん。
いい金づるぐらいにしか見ていないのだろうなあ。
騙す方も騙す方だが、騙される方も騙される方である。
京童ベの聞こゆるほどに、「これはやすくしつべきことなり。おのがゆかり、西、東合はせて六百人ばかり、またこの双六のぬしたち、さばかりいますらむ。それら走り集まりて戦はば、あやうからじ」。博打どもの、「いで、あるまじきこといふくそたちかな。四面四町の殿に、面ごとに御門を立てて、いろこのごとくに造り重ねたるおとどに、庭の木のごと、上達部、親王たち住みたまふところには、天下のいらなき軍なりとも、打ち勝ちなむや。さて、かくはしてむかし。この東山なる寺の堂の会したまふべしといふ聞こえをなして、条ごとに政所をしつつ、集まりて内馴らしをしののしり、また、かくばかりの見物はなかるべしといひ流さむ。かの殿は、物見好みしたまふところなり。出でたまへらむを、集まりて奪ひ取るばかりぞ」。親王の君、「おもしろきことのたまふくそたちかな。ただかうなり、このことは。京くそたちのしたまはむことは、このとうりう寺の堂の会にまさるものはなかるべしとのたうび広げよ。内馴らしの料に」とて、銭、米、車に積みて出だし立つ。
〔絵指示〕省略
京童が申し上げるには、
「こんなのは簡単なことだぜ。俺たちの仲間は西東合わせれば600人ほど、またこの博打たちだって、それくらいいるだろう。そいつらが、集まって戦えば危ういことなんかあるもんか。」
博打「ばか、とんでもねえこと言うやつだな。左大将のお屋敷は四面四町の大きな屋敷で、その面ごとに門を建てて、うろこのように造り重ねた御殿に庭の木のようにあちこちに上達部や親王たちが住んでいらっしゃるんだ。そんなところに、天下無敵の軍隊でも打ち勝つことなんかできるもんか。ですから親王、こうなさっちゃあいかがでしょう。この東山にある寺のお堂で法会があるという知らせをして、坊条ごとに事務所を作り、集まって下稽古を盛大に行い、またこれほどの見物はないだろうという噂を流すんでさあ。あの左大将家の方々は見物が好きでらっしゃるので、お出ましになったところを、あとは集まって奪い取るだけでさあ。」
親王の君「面白いことを言う者たちだなあ。おまえたちの言うとおりにしようか、このことについては。おまえたちは、この道隆寺の堂の法会に勝る見物はないと言い広めよ。それからこれは下稽古の費用だ。」
といって、銭や米を車に積んでひきだした。
京童は今で言えば「チーマー」といったところか。(え、古い?)
大徳や学者の言うことよりは、現実的だが、手段が極端だ。
大徳や学者に恋の相談をするのも場違いであるが、ヤクザや博徒を集めるところにこの親王のコネクションの異常さがある。他の公達のような、力になってくれる女房や貴族がいないのだろう。
チーマーは威勢がいいので、力ずくで何とかなると思っている。それを博徒がたしなめるが、代案が誘拐計画ではたいして差がない。まあ、智慧を使っている分だけ小賢しいか。そしてそれに同意する親王。
だいたい、あて宮がほしいというよりは左大将家の婿になりたいのだろう?
こんな方法でいいの?
浅はかを通り越している。
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