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宇津保物語を読む4 吹上 上#2

松方、仲頼に吹上の涼訪問を勧める

 かかるほどに、右近将監ぞう清原まつかた、琴の師、つかさの少将仲頼に、陣にていふほどに、(松方)「松方は、いとけうある人に見たまへつきて、つゆちりも参りはべらざりつる」。少将、(仲頼)「いづこなる人ぞ」。松方、「紀伊のまつりごとびと神南備種松と申す、いひ知らぬたからの王侍り。それがむまごにものしたまふ君なり。それ、かれよりしばしば召ししかども、宮仕へ忙しきうちに、何かは、とてまかり下らざりしを、種松まうのぼり来て、せちに恨み申ししかば、あからさまに、とてまかり下りしかば、いとこそめでたくはべりしか。かの君の住みたまふ所は、吹上の浜のほとりなり。宮より東は海なり。その海づらに、岸に沿ひて大いなる松に藤かかりて、二十町ばかりみ立ちたり。それに次ぎて、樺桜ひとなみ並み立ちたり。それに沿ひて紅梅並み立ちたり。それに沿ひて、躑躅つつじの木ども北に並み立ちて、春の色を尽くして並みたり。秋の紅葉もみぢ西にしおもて、大いなる河づらに、からのごと波を染め、色を尽くし、町を定めて植ゑ渡し、北、南、時を分けつつ同じやうにしたり。宮の内にはさらにもいはず、あさましく見るかひある所になむ侍る。かの御かたち、身のざえなどぞ、じうの君と等しき人になむものしたまひし」。仲頼、「いと興あることかな。かの侍従と等しき人のまたあるよ。神南備の蔵人の腹に生まれたまふと聞きし君ぞかし。ただ今の中に、めづらしき人ひ出でたまふなんど、紀伊きのかみの院に奏せし君にこそあれ。いかでさは生ひ出でたまふらむ。忍びてこれかれ行かばや。藤侍従はいとまぞなかめる。らうすけぬしなどしてものせむ」。松方、「いとおもしろきことかな。御さい賜はらむ。しか、つかさの次将すけの君、藤侍従の君、良佐ぬしの御遊びなどのかしこきこと語り申ししかば、『いかならむ世に対面賜はりて、御遊びどもうけたまはらむ』など申さるなりき。わいて一日も下りたまひなば、とみにやえ帰りたまはざらむ。かしこ見たまふるには、つたなき松方らだに、都のこと思ひ出でられずなむ侍る。まして、君だちのものの音かき合はせつつおはしまさむは、故郷は思ほしかけてむや。あやしく、見たまふるにかひある君になむものしたまふ」。仲頼、「忍びて必ずものせむ。侍従いかにたばかりて具して下らむ」。松方、「忍びて誘ひ聞こえたまへかし。かの君ばかりぞ、源氏の君の御琴には向かひものしたまふらむ。聞こし召し比べばや」。仲頼、「まさにせむやは。仰せごとをだにうけたまはらぬ心は。さても騒がれなむ。今東宮にはきんの御こと、若宮には琵琶仕うまつりたまふめれば、御いとまぞなかめる。われこそ安けれ、唐土もろこしに渡るとも、制したまふ親もなく、許したまはぬ君もおはせねば」。松方、「それも苦しげにものしたまふ時もあめりき」などいふ。

(小学館新編日本古典文学全集)

 さて都では、右近将監清原松方が、琴の師の近衛府少将仲頼に、このようなことを話した。
「私松方は、とても興味深い人を見つけまして、宮中にはまったく参内もいたしませんでした。」
少将「どちらの方かな。」
松方「紀伊の掾(三等官)神南備種松と申すたいへんな富豪がおりますが、その孫にあたる君です。先方からしばしば楽の師として呼ばれておりましたが、宮仕えの忙しさに、「なんともまあ‥」とあちらに下ることを渋っておりましたが、種松のほうからやって参りまして、切々と恨み言を申しましたので、「まあちょっとのあいだならば、」と思って下りましたところ、たいそうすばらしい所でした。その君がお住まいの所は吹上の浜のほとりなのですが、宮殿から東は海でして。その海岸に沿って大きな松に藤がかかっておりますのが、20町ほど並び立っておりました。それについで、樺桜が一並び並び立っておりまして、それに沿って紅梅も並び立っていました。それに沿ってツツジの木が北に並び立って、春の色を尽くして並んでおりました。秋の紅葉は西面に、大きな川沿いに唐織物のように波を赤く染め、色を尽くして区域を区切って植えておりました。北と南も季節を分けて同じように季節折々の草木を植えております。宮殿の中は言うまでもありません。すばらしく、見る甲斐のある場所でございます。またその君のご容貌や才覚などは侍従の君(仲忠)と同じくらいの人でございました。」
仲頼「それは興味深い。あの侍従と同等の人がまだいるのか。それはきっと、神南備の女蔵人がお産みになったと言われている方だ。今の時代に珍しい人が出現したと紀伊守が嵯峨院にご報告なさった君であろう。なんとすばらしく成長なさったことか。こっそりと何人かで訪問したいなあ。藤侍従(仲忠)は忙しいであろうが、良佐(行政)などを連れていこうかなあ。」
松方「とてもおもしろそうですね。私がご案内いたしますよ。そうそう、その時、右近少将(仲頼)の君、藤侍従(仲忠)の君、良佐(行政)殿の演奏の素晴らしさを語りましたところ、「いつかきっとお会いして、その演奏をお聴きしたい。」と申しておりました。まあ、下ることになれば、一日というわけにはまいりませんが、しかしあちらの景色をご覧になれば,無粋な私でさえ、都のことなど忘れてしまいます。まして、皆様方が合奏をなさりながら滞在なさったならば、都を恋しく思う気持ちなんてけっしておきるものですか。不思議にも一見の価値のある方でいらっしゃいます。
仲頼「こっそりと忍んで必ず訪問しよう。侍従を何とか都合つけて連れて行きたいなあ。」
松方「こっそりと誘い出してくださいませ。あの方だけが、かの源氏の君(涼)の琴に対抗できるのです。何とかして聞き比べたいですなあ。」
仲頼「でもどうかなあ。帝のご命令でも琴をお弾きにならない固い決心があるようだし。それにしてもきっと騒ぎになるだろうなあ。今は東宮にはきん、若宮には琵琶をお教えしているのだから、暇はないのではないかなあ。私は気楽なもんで、唐土に渡ったとしても、それを止める親もなく,許してくださらないご婦人もいない。」
松方「そんなこといって、以前は思い通りにならずに、ずいぶん苦しんだ時もあったでしょうに。」
などという。


吹上宮について(前段つづき)

 吹上は紀伊半島の西岸(和歌山市 紀ノ川河口南岸)のため、東に海はない。にもかかわらずここでは東に海があり、西には川が流れていることになっている。
 当時の人の地理感覚はそんなものかもしれないが、なぜ東に海があるとしたのだろうか。そこに必然性はあるのだろうか。
 結論を先に言うと、必然性は私には見つからなかった。
 まず、平安京を彼の地に定めた理由ともなっている「四神相応」について考える。
四神相応では、「北に山、南に湖や海、東に河川、西に大道」となっており、やはりこれもあてはまらない。
 東の海の彼方に蓬莱山があるというが、この吹上を蓬莱山となぞらえるには、むしろ西が海のほうがふさわしいだろう。
 桜や藤が海岸に咲く必然も思い浮かばない。

 結局の所、思い当たるのは、作者には「海は東にある」という強い思い込みがあったのではないか、ということだ。漢籍を学ぶ知識人であれば、中国の地理感覚にむしろ馴染んでいるはずだ。平安京から出たことがなければ、むしろ日本の地理よりもなじみ深かったのだろう。中国においては、川は西から東に流れ、流れ着く海は東。そしてその海の彼方に仙境がある。その発想が作者に染みついていたのかもしれない。

病み上がりの仲頼

 吹上訪問の中心人物となる仲頼は、あて宮の求婚者のひとり。
音楽の名士で「俊蔭」の巻では仲忠に琴以外の音楽を行政とともに教えている。(俊蔭s5#1)

 帝や東宮にも笛を教えている。「吹上上」の前巻にあたる「嵯峨の院」の巻に(p.355)には、「ただ今の殿上人に、仲頼、行政、仲忠、仲澄にまさる人なし」と紹介されている。世俗の女性には一切興味を示さなかったが、どういうわけか貧しい宮内卿の娘と結婚することとなった。相思相愛、父宮内卿も大切にしていたが、ある日あて宮の姿をみてしまい、恋いわずらうようになる。「嵯峨の院」は恋のために本当に病気となってしまった仲頼の姿が描かれて巻が終わっている。

清原松方は俊蔭の親戚?

 清原松方は涼の「ものの師(音楽の師)」として招かれたようである。仲頼を師としているようだが、それなりの力量はあったのであろう。
 後巻「内侍のかみ」には次のようなやりとりが、仲忠と朱雀帝の間でなされる

(朱雀)「さらば、朝臣は絶えて仕うまつらじとやかくみづからはえものすまじかなるを、少し朝臣の手に思ほえたる、弾く人はありなむや」。
仲忠、「こぞらの族の手は、松方のみなむ仕うまつらむ。この一つ筋になむ侍る」。
上、(朱雀)「それは時々聞く。今少しめづらしからむをこそ」と仰せらる。仲忠、「一つ族の手は、松方を放ちて仕うまつる人侍らず」。
上、(朱雀)「なほ思ひ出でられよや。さてなしや」。
仲忠、「おぼえず侍り」。
上、(朱雀)「女の中に思ひ出でよや。誰ありなむ」。
仲忠、「思ほえずなむ侍る」など、のたまふ気色あれば、わづらはしう思ひながら、
(仲忠)「仲忠、内戚にも外戚にも、女といふ者なむ乏しく侍る。そが中にも、母方なるは、さらに松方を放ちて、心早き方侍らずなむ。~」

(内侍のかみ p.230)

これによれば、松方は俊蔭の一族で、俊蔭の琴の技を受け継いでいることになる。しかし、「俊蔭」の巻を見る限り、俊蔭が娘以外に琴の技を伝授するはずはないので、この仲忠の言葉の信憑性は低い。朱雀帝の言葉を適当にはぐらかすために、母方の親戚であり、そこそこ琴の弾ける松方について、適当なことを言った可能性が高い。

仲忠はきんを弾かない。

 仲頼の言葉の中で、仲忠がきんを東宮に教えているとあるが、これはありえない。仲忠にとってのきんは特別なものであり、以前東宮に琴を伝受するようにと言われても固辞している。
涼はきんの名手であり、仲忠のライバルとして登場する。はたして、仲忠は涼と琴の競演をするのだろうか。そしてその時奇跡は起こるのか。期待は高まるばかりだ。

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