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宇津保物語を読む4 吹上 上#11

人々鷹狩を楽しみ、花を惜しんで歌を詠む

 かくて、吹上の宮には、御鷹ども試みたまうて人々に奉りたまはむと思して、忍びて野に出でたまふ。きんだち四ところは、赤きしらつるばみの地摺りの、摺り草の色に糸を染めて、かたもんを織りつけたる狩のおん、折鶴の文の指貫、あやかいねりの袿、袷の袴、豹の皮のざやある佩刀はかし奉りて、丈ほどどもばかりある赤き馬に、赤きしりがいかけて乗りたまふ。はいたか据ゑて、御供の人は青き白橡、葦毛の馬に乗りて、御鷹据ゑたり。御設けはあるじの君、わりども清げに持たせたまへり。
 かくて、御前の野に、ないとり合はせなどするほどに、その野、花の木こきまぜに、ざふの鳥ども立ち騒ぎて、君だちえうち過ぎたまはで、あるじの君、
  (涼)入りぬればかりの心も忘られて花のみ惜しく見ゆる春かな
少将、
  (仲頼)春の野の花に心は移りつつこまの歩みに身をぞ任する
侍従、
  (仲忠)今日はなほ野辺に暮らさむ花を見て心をやるも行くにはあらずや
良佐、
  (行政)花散らす風も心あり駒めてわが見る野辺にしばしきなむ
とて、御破子参り、鳥少し取らせて、たましまにものしたまふほど、所々御設けしたる人多かり。
 玉津島に入りたまひて、そこに遊び逍遥したまひて、帰りたまふとて、少将、
  (仲頼)あかず見てかくのみ帰る今日のみやたまつ島てふ名をば知らまし
あるじの君、
  (涼)年を経て波のよるてふ玉の緒にきとどめなむたま出づる島
侍従、
  (仲忠)おぼつかな立ち寄る波のなかりせば玉出づる島といかで知らまし
良佐、
  (行政)玉出づる島にしあらばわたつ海の波立ち寄せよ見る人ある時
などてみな帰りぬ。


 こうして、吹上の宮では、鷹狩りをして客人をもてなそうとし、静かに野にお出ましになる。君達4人は、赤い白橡の地摺りの、摺り草の色に糸を染めて、版木で摺った模様に似せて織った狩衣に、折り鶴の模様の指貫、綾掻い練りの袿、合わせの袴、ヒョウの皮の尻鞘のある御佩刀をつけて、4尺4寸ほどもある赤馬に赤い鞦をつけてお乗りになる。
ハイタカを据えてお供の者たちは青い白橡に葦毛の馬に乗って、鷹を据えている。
鷹狩りの準備はあるじの君(涼)がなさる。檜破子をきれいにしつらえて持たせている。

 こうして、御前の野で、鳥の鳴き声を合わせなどするうちに、その野は様々な花の木に鳥たちが飛び交い、君達はそのまま行き過ぎることもできずに、歌を詠む。

あるじの君(涼)
  野に分け入れば、狩りをする心も忘れてしまう。
  花ばかりが惜しく思われる春であることよ。
   (かり=狩り・仮)

少将(仲頼)
  春の野の花に心を奪われて、
  馬の歩みに身を任せるばかりだ。

侍従(仲忠)
  今日はやはり野辺で一日を過ごしましょう。
  花を見て心ゆくまで慰めるのも、「ゆく」のと同じことですから。
  (ゆく=行く・心ゆく)

良佐(行政)
  花を散らす風にも心があるならば、
  馬を並べて私たちが見る野辺にしばらくの間避けて吹いてほしい。

などと詠いながら。破子を召し上がり、鳥を少し捕らせて、玉津島にいらっしゃると、あちらこちらで宴の用をしている人が多くいた。

 玉津島にお入りになって、そこで散策なさり、帰ろうということになって、

少将(仲頼)
  飽きることなく見て回り、こうして帰ることになった今日、
  魂の島という、名の由来を知ることだ。
  (たま=玉・魂)

あるじの君(涼)
  何年も何年も波が打ち寄せて縒りあげるという玉の緒に、
  魂を貫き留めたいものだ、玉出づる島。
  (よる=寄る・縒る)

侍従(仲忠)
  おぼつかないことだ。打ち寄せる波がなかったならば
  こんなに美しい玉出ずる島には、きっと気がつかなかったでしょう。

良佐(行政)
  その名のとおり、玉出ずる島であったならば、
  海の波よ打ち寄せて美しい玉を運んでほしい
  われわれが見ているこの時に。

などと詠んでみな帰って行く。

三月晦日、人々春を惜しみ歌を詠む

三月つごもりの日になりて、君だち、吹上の宮にて春惜しみたまふ。桜色の直衣、躑躅つつじ色の下襲など着たまへり。その日のあるじ、例のごとしたり。折敷など先々のにあらず。かはらけ始まりて遊び暮らす。水の上に花散りて浮きたる洲浜に、「春を惜しむ」といふ題を書きて奉りたまふ。少将、
  (仲頼)水の上の花の錦のこぼるるは春の形見に人むすべとか
侍従、
  (仲忠)色々の花の影のみ宿り来るみなそこよりぞ春は別るる
あるじの君、
  (涼)いつかまた会ふべき君にたぐへてぞ春の別れも惜しまるるかな
良佐、
  (行政)時の間にたび会ふべき人よりは春の別れをまづは惜しまむ
松方、
  行く春をとむべき方もなかりけり今宵ながらに千世は過ぎなむ
近正、
  春ながら年は暮れつつよろづ世を君とまとゐばものも思はじ
時蔭、
  いづ方に行くとも見えぬ春ゆゑに惜しむ心の空にもあるかな
種松、
  まとゐして惜しむ春だにあるものを一人嘆かむ君はいかにぞ
なんとて、今日のかづけ物は、黄色の小袿重ねたる女の装ひ一具、御供の人に同じ色の綾の小袿、袴一具添へて、遊び明かす。

(小学館新編日本古典文学全集)


 三月末日になって、君達は吹上の宮で惜春の宴をなさる。
桜色の直衣、ツツジ色の下襲などをお召しになる。
その日の饗宴は例のごとく盛大に行う。
折敷などは新調されたものである。酒宴がはじまり、日がな器楽が奏でられる。
水の上に花が散って浮いている趣向の州浜に「春を惜しむ」という題を書いて涼は君達に差し上げる。

少将(仲頼)
  水の上に花の錦がこぼれ落ちているのは、
  春の形見として、私たちに掬えということか。
   (むすぶ=掬う・結ぶ)

侍従(仲忠)
  色様々な花の影ばかりを映してきた水底から
  いよいよ春は別れていくのですね。

あるじの君(涼)
  いつかまた会うことができるでしょうか。
  あなたがたと一緒に春の別れが惜しまれることです。

良佐(行政)
  あなたとはこれから1000回だって会うことのできるのです。
  それよりもゆく春をまずは惜しみましょうよ。

松方
  ゆく春を止めることができる人はいないのです。
  ならば今宵、このまま1000年が過ぎてほしい。

近正
  春のまま年が暮れ、そのまま何年もあなたと過ごすことができたなら
  何の辛さもないでしょうに。

時蔭
  どこへ行ってしまうのか目に見えない春だからこそ、
  惜しむ心はうわの空になってしまうのですね。

種松
  こうしてみなさんで惜しむ春さえあるのに、
  一人後に残され嘆くわが君の心はいかばかりか。

などと詠んで、今日のご祝儀は、黄色の小袿を重ねた女装束一具、お供の人には同じ色の綾の小袿と袴一具を添えて賜る。
一夜遊び明かす。


鷹狩り、惜春の宴、雅な日々は続くが、いよいよ別れの時が近づいてくる。3月も終わり、月が変われば夏である。


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